第31話 ヴァーリーバレー 3
「やッ、やだ、何なのッ、こいつら急に!」
慌てるエヴァを、やむなく加勢しに向かう。
「ルカ、セイランッ、被弾にも気を付けろ!」
「だったら先に手を打っておくかッ、カニの数も多いしな!」
ルカートがエレメントを唱える。
「火の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ! イグニ・レーヴァ・コンペトラ!」
火の精霊イグニの加護が俺の全身を包んだ。
デグラブのハサミは俺に触れる前に燃え上がり、飛んできた弾も熱で溶けて落ちる。
ルカートは続けてセイランと自分にも同じエレメントを唱えて守りを強化する。
「援護は僕らに任せろエリーッ!」
「頼む、ルカッ、セイラン!」
「ええ!」
動揺しているのか、更に銃を乱射するエヴァの元へ飛び込む!
俺を見上げたエヴァは「何しに来たのよ!」と目を剥いた。
「嘘吐き、浮気者ッ」
「俺は仕事をしに来ただけだ」
浮気者の部分も訂正しようかと思ったが、くだらないことに構っていられる状況じゃない。
適当にエヴァを守りつつ、辺りを見渡して竜の遺体を探す。
―――あれか、食い荒らされたうえ更に焼け焦げている、焼けたのはこいつの仕業だな、余計な真似をしてくれたものだ。
「きゃあああああッ」
銃を撃つエヴァの腕にデグラブのハサミが食い込んでいる。
「痛いッ、助けてエリアス!」
「貸しだぞ」
そのハサミを斧で叩き落す。
潰しても潰しても湧いてキリがない、不本意だが仕方ないな、やるしかないか。
「セイラン!」
呼ぶと、俺の考えを正確に読み取ったセイランが水の精霊アクエを呼んだ。
事前の計画はエヴァのせいで完全に狂ったが、始末は予定通りつけよう。もっとも、この手は竜の遺体を調査した後に使う予定だったが。
「きゃッ、ちょっと何するのッ、離してよエリアス!」
どうッと押し流されてくるデグラブたち、アクエが起こした水と、自身たちが散々吐いた泡のせいで濁流のように押し寄せる。
そのデグラブを足場に、脇にエヴァを抱えながら飛んでいく。
しかし並の術師にこれほどの規模のエレメントは唱えられない、流石妖精、といったところか。
「ねえ、まさかこれってあの人がやったの? 彼女は何者?」
「舌を噛むぞ」
「な、何よもうッ、エリアスのバカッ」
大きな岩の上で「こっちだエリーッ」と手招くルカートを目指す。
近付くと、腕を伸ばして俺をエヴァごと引き上げてくれた。
「ふうッ、やれやれ、ああエヴァ、怪我しているじゃないか、今治そう」
「有難うルカート」
俺はセイランの姿を探し、向こうで次の合図を待っている彼女へ「いいぞ、やれ!」と叫ぶ。
直後、谷全体がバチっと爆ぜるように光った!
「きゃあッ」
俺の腰にエヴァがしがみついてくる。
―――ほぼ全滅だな。
エレメントで呼び出された雷の精霊トートスの強烈な電流にやられ、焼け焦げたデグラブたちの香ばしい匂いが辺りに漂う。
そういえば腹が減った。
「無事成功だな、美味そうな匂いだ」
「ああ」
ルカートが岩から飛び降り、俺もエヴァの腕を解いて後を追う。
まず何を置いても先に竜の遺体の状態を確認しなければ。
「それにしてもエリー、この大量の死骸ってやっぱり僕らが片付けるのか?」
「ああ、まとめて燃やす」
「そうだよな、仕方ない、食えそうなのを何匹か見繕うとするか、もう昼過ぎだ」
「食べるつもりか」
「カニの相手は当分したくないが、それとこいつらの肉が美味いのは別だからな」
デグラブたちは殺し合って死んだわけじゃない。
だから恐らくは特殊な魔力結晶も発生しないだろう。
だが依頼は達成した、報酬も支払われる、そして俺達の目的は魔力結晶ではない。
―――竜の遺体。
傍に立って見上げると、改めて大きい。
これが竜か、初めて見―――初めて? ふと引っ掛かりを覚えた。
俺は本当に竜を見るのは初めてなのか?
この竜は誰だ。
まあいい、とにかくあの魔人に繋がりそうな痕跡を探そう。酷い状態だがやらないわけにはいかない。
「エリアス、ルカート」
「マダム!」
「セイラン、さっきは助かった」
傍へ来たセイランに礼を言う。
セイランは「いいのよ、役に立てて何よりだわ」とこともなげに微笑んだ。
「すごいんだな、その、妖精の力って」
「あら、ダメよルカート、その話外ではしない約束でしょ?」
「す、すまないッ、だが改めて驚嘆したよ、貴方は強く美しい、マダム、その魅力にますます溺れそうだ」
「うふふ、有難う」
さて、まず一通り調べてから、先にデグラブの遺体を片付けよう。
このまま放置していたら他の魔獣が寄ってくる、退治に追われるのも面倒だ。
ルカートが俺の傷を治癒魔法で癒してくれた。
「エリアス!」
呼ばれて振り返ると、さっきの岩の上でエヴァがふんぞり返って立っている。
傷こそ癒えているが見事にボロボロだな、元気だけは有り余っていそうだ。
「さっきはその、有難う、だけど貸し借りはナシよ!」
「エヴァ! 傷は癒したが体力は回復していないぞ、無理しない方がいい!」
「お気遣いありがとうルカート、でも私、そんなにヤワじゃなくってよ!」
エヴァはルカートからセイランへ視線を移し、何か気に入らない様子で鼻を鳴らす。
軽く睨んでから、今度は俺を見て「このヤマは貴方に譲ってあげる!」と指先を突きつけられた。
「それでチャラよ、いいわね!」
「これは俺が請け負った仕事だ」
「ふふん、そんなの関係ない、狩りは早い者勝ちよ、常識じゃない!」
「だったら常識的に仕事の邪魔をしないでくれ」
「邪魔じゃないわよッ、もうッ、まあいいわ、それじゃね、エリアスッ」
「また会いましょう!」と取り出した射出機で谷の壁にアンカーを打ち付け、自動で巻き上がるリールと共にエヴァの姿は上へ飛んでいく。
もう片方の手にも射出機を持ち、交互に使用してあっという間に谷からいなくなった。
隣で眺めていたルカートが「相変わらず元気だなあ」と感心したように呟く。
「それにしても、どこかでまた僕らのことを聞きつけたのか、仕方ないなあ」
「あの子っていつも『ああ』なの?」
「んー、実力はあるんだけどね、狩人としての評判はいいよ」
「意外ね」
「だけど同業者には煙たがられているらしい、そしてエリーが絡むと大抵こんな感じだ」
「困った子ね」
他愛ない話に興じる二人に声をかけて、竜の遺体の調査に取り掛かる。
その後デグラブの死骸を数か所に集めて燃やし、食事を取れたのは陽が落ちてからだった。
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