第30話 ヴァーリーバレー 2
突如爆発音が響き渡り、谷底から濛々と煙が上がる。
「うわッ、なんだ!」
続く爆発音に、デグラブたちは一斉に谷底へ向かう。
何が起きた?
興奮してより攻撃になったデグラブを片っ端から潰しつつ、他より少し高くなっている場所を選んで谷底を見下ろす。
ここで爆発物を使うなんて正気の沙汰じゃない。
衝撃で谷の壁が崩れ落ちてきたらどうするつもりだ。
誰だ、考えなしのバカは。
―――まさか魔人?
脳裏をよぎった考えを、俺は即座に撤回した。
谷底で誰か、火器をぶっ放している奴がいる。
濛々と立ち上る煙の中、ちらと覗いた赤毛に覚えがあった。
「おいエリー、あれって!」
「ああ」
傍に来たルカートが「あちゃあ」と額を押さえる。
セイランも来て「どうしたの? 彼女、お知り合い?」と尋ねるから「知り合いじゃない」と首を振った。
「違うだろエリー、君こそちゃんと現実を見ろ、あの子はその、商売敵みたいなものさ」
「まあ」
「一方的に絡んでくるんだ、でも、可愛い子だよ」
「随分大胆なのねえ」
「魔獣狩りのエヴァだ」
魔獣狩り、という職業がある。
もっとも職種として確立されているわけではなく、世に多くいる狩人の中でも特に魔獣専門で狩りを行う者たちを示す言葉だ。
彼らは魔獣を狩り、その血肉を売り払い、時に依頼を受け報酬を得ることで、日々の糧としている。
だから卸専門の魔獣骨肉店とは懇意にしているが、俺のように仕入れも自力で行う店は目の敵にされる。
それでも大抵の魔獣狩りは線引きを心得ているものだ。
だが、あいつはそうじゃない。
「なんだか苦戦しているようだな」
「どうするの?」
「そりゃあ、うーん、エリー、どうしようか?」
「これは俺が受けた仕事だ」
「なら助けに行くか?」
「助けはしない」
セイランに援護を頼み、谷の壁沿いに降下を始める。
そこらじゅうにいるデグラブが足場だ、ついでに駆除できて効率がいい。
「奴を追っ払う」
「女の子には優しくだぞ、エリーッ」
「ルカ、手を抜いたら承知しないからな!」
「そんなことしないさ! でも君も無茶してくれるなよッ」
後からルカートもついてくる。
大分谷底へ近づいた辺りで、火炎放射器から放たれた炎が俺の脇の辺りをかすめた。
「あらッ、エリアスじゃない!」
ようやく気付いた赤毛が目を丸くする。
「やっと来たわね、遅いわよ! こんな美味しい山を独り占めするなんて、ズルいじゃない!」
「エヴァ!」
「ルカートも一緒なのね、それと」
俺達の後ろ、まだ離れた場所から軽い身のこなしでついてくるセイランを目にすると、エヴァはあからさまに怪訝な様子を見せる。
「そちら、どなた様?」
「彼女はセイランさ、エヴァ」
「へぇ、ご紹介どうも、ルカート」
火炎放射器の炎でデグラブを焼きつつ、俺の傍に寄ってきたセイランを無遠慮にじろじろと見る。
外見的にはたおやかな女性だ、こんな荒場に似つかわしくないと疑問を抱いたのか?
「初めまして、エヴァさん」
「ええ初めまして! ところでエリアスのご同業者? 今日は仕入れについて来られたのかしら?」
「いいえ、私は彼の愛人よ」
「あッ!?」
「えッ」
ルカートまで驚いた様子で俺を振り返る。
軽口に呆れた俺に、セイランは涼しい顔でデグラブを踏みつけつつ、コロコロと笑う。
「あッ、ああッ? あッ愛人? 愛人ですってッ?」
「彼、可愛らしい黒猫の恋人がいるようだから、私は愛人なの」
「はああああーッ? ちょっとエリアス! 貴方やっぱり!」
何がどう『やっぱり』なんだ。
―――お前までそんな目を向けるなルカート、この斧で脳天をかち割ってやろうか。
だがこれでセイランの素性を追及されることはなくなった。
もう愛人でも何でもいい、さっさと仕事を片付けよう
「あんな子供に手を出すなんて! そういう趣味なの? おまけに愛人? 酷いッ、サイテーねッ!」
頭に血が上った様子のエヴァは、出が悪くなってきた火炎放射器のトリガーをガチャガチャと鳴らし、舌打ちして投げ捨てると、今度は両手に銃を構えた。
銃火器の扱いは免許制で、誰でも手軽に持てるものではない。
加えて、商業連合外での使用は禁止されている。
確かに便利な道具だが、値が張ること、弾の入手にも金がかかり、更にはマメな手入れが必要と、何かと扱いが面倒なため使用者の殆どは金持ちか物好きの類だ。
エヴァは資産家の娘だとかで、魔獣狩りも道楽でやっているらしいと噂に聞いた。
潜んで獲物を駆る狩人らしからぬ派手な姿勢も、そういう理由があるんだろう。
バンッ、バンッ、と破裂音を響かせデグラブを撃つエヴァをけん制しつつ、俺達もデグラブを駆除していく。
「エリアス! 貴方がそんなだらしない人だなんて思わなかった!」
「あらエヴァさん、彼のことをそんな風に言うの、やめてくださる?」
「あッ、貴方も貴方よ! なによ愛人って! 恥ずかしいと思わないのッ!」
「思わないわ、彼にはいつも満足させてもらっているの、フフッ」
「う、ウソでしょ、そんな羨ま、じゃないッ、ふしだらよ! 最低! エリアスのバカぁッ!」
ルカートもさっきから二人に口を挟もうとしない。
うるさいのは放っておくに限る。
周りには大量のデグラブ、あちこち破壊された谷底、この状況で竜の遺体がまだ原形を留めているかさえ既に怪しい―――ッチ!
舌打ちして飛びあがった俺にエヴァが叫ぶ。
「嘘吐きッ、あの子はただの居候だって、そう言ったのに!」
「仕方ないわ、ミアちゃんはとても可愛らしいもの」
「私だって可愛いわよッ!」
「彼のことが気になるの?」
「違ッ、そんなわけないでしょ! 何よもうッ、知らないんだからぁッ、バカぁーッ!」
エヴァの銃から撃ち出された弾がセイランをかすめた。
狙ったのかと一瞬疑ったが、セイランは意に介さず妖艶に微笑む。
「貴方のそういう所が、彼に相手にされない理由よ」
いよいよ真っ赤になりエヴァは銃を乱射する。
このままじゃ俺たちまで流れ弾に被弾しかねない、そう思ったが、辺りのデグラブたちが一斉にエヴァを狙いだした。
連発して鳴り響く発砲音を威嚇と思ったのか、奴らは好戦的な性質だから売られた喧嘩は必ず買う。
それがたとえ勘違いだったとしても。
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