第28話 ゲン担ぎの鍋

「まず、状況を整理しよう」

「エリー、デグラブはどうして沸くんだ?」

「不明だ、魔物の発生経緯自体今も解明されていない、デグラブもこの時期に唐突に増える、それだけだ」

「恋の季節ってことか?」

「いや、デグラブは生殖行為を行わない種の魔獣だ、普段は砂漠にいる」

「それなら谷底に卵がうじゃうじゃ、なんてことは無さそうね」

「うう、マダム、想像させないでくれ」


だが俺はその異常にこそ何かあるのではないかと見ている。

例えば―――蒐集癖のある魔人の関心を引くような『何か』とか。


「デグラブはあの谷で縄張りを主張し合って殺し合うんだよな?」

「そうだ」

「縄張りを持つ目的は生存だ、例えば餌場の確保、居住域の安全、生殖行為」

「だけどデグラブは生殖行為を行わない」

「なら殺し合う理由は餌と安全か」

「自身の生存のために邪魔者を排除するってことね」

「つまり―――」


それぞれに意見を出し合う。


例えば、縄張り内での獲物の奪い合いを回避するため。

そして同域に同種個体が多数存在することによる、慢性的な食糧不足を防ぐため。


だがデグラブたちは現状争っていない。

時間を置いて観察を続けたが、時たま小競り合い程度はあっても、大規模な殺し合いに至る気配はない。

そして一つ気付いた。デグラブはあまり谷から出ようとしない。

増えすぎたせいで谷から押し出されはしても、また谷の中へ戻ろうとする。


明らかに妙だ。

やはりあの谷の中に原因があるのか?


「ひとまず今夜はここで休みましょう、もうすぐ陽が暮れる」


見上げた空の陽はかなり西へ傾いている。

茜色に染まりかけた雲に、またあの時間が来るのかと知らずため息が漏れた。


「なら僕は近辺の偵察ついでにデグラブを何匹か獲ってくるよ、明日の駆除に先駆けて、今夜はカニ鍋で英気を養おう」

「素敵ね」

「だったら俺は火を起こしておく、セイランは水を頼む」

「いいわ」


それぞれに分かれて野営の準備に取り掛かる。

地平線の彼方へ陽が沈む前に、ルカートはデグラブを五匹も獲って戻ってきた。


「多くないか?」

「僕が食べるから問題ない」


間もなくもだえ苦しみながら魔獣へ変化したルカートは、俺が煮込むカニ鍋を見て舌なめずりをする。

呆れた胆力だ、まあ元より図太い奴ではあるが。

そのルカートの腹に長椅子よろしくしなだれかかったセイランは「そうよねぇ、貴方達若いんだし、食べ盛りですものね」なんてのんびりと言う。


「マダムはカニ好きかい?」

「ええ、魚介類はなんでも好物よ」

「僕もさ、気が合うな」

「そうね」


デグラブの甲羅を開いて身とミソをより分け、甲羅は砕いてダシを取る。

足は関節で切り分け、火で炙り、殻を割り湯気を立てる身に軽く塩を振った。

甲羅でダシを取った鍋で身と乾燥野菜を煮込み、ミソはバターと混ぜて塩気を足し、鍋のつけダレにする。


「う、美味いッ」

「本当、さっぱりしているのに濃厚で、食べやすくて幾らでも入るわね」

「五匹じゃ足りなかったかな」

「充分だ、食い過ぎて動けなくなっても困る」


腹が膨れたところで、改めて谷の様子を窺っていると、ルカートが立ち上がり翼を広げる。


「さて、それじゃ改めて僕が偵察してこよう」

「待て、まさか飛ぶ気か」

「何となくやれそうな気がするんだ、せっかく生えているんだし、感覚を掴むためにも試してみたい」

「だが」

「マダム、空を飛ぶのもよくないかな?」


セイランは少し考えて「そうね」とため息交じりに呟く。


「でも、その翼は使えた方がいいわ、空を飛べるようになれば出来ることが増える」

「よし!」

「ルカ」

「大丈夫、危ない真似はしないよ、すぐ戻る!」


猛禽の大きな翼を羽ばたかせ、暫く具合を伺い、ルカートは躊躇いなく谷へ向かって飛び降りる。

その姿は一気に下降したが、次の瞬間には力強く上昇し、夜空を優雅に飛んでいく。


「まあ、器用ね、すぐ飛べるようになるなんて、ルカートは才能があるのかもしれないわ」


腰を上げたセイランも両腕を翼に変えて空へ舞い上がる。


「彼だけじゃ気掛かりだから私も行くわ、何かあれば連れ戻すから安心して」

「頼む」

「ええ、それじゃ、後でね」


飛び去る二人を見送った俺は、深呼吸して、コクコの力を発現させた。

尻からするりと縞模様の尻尾が伸びる。

頭にも触れると耳が生えていた。

急に夜目が利くようになり、さっきまで聞こえなかった様々な音まで耳に入ってくる。

―――まさしく、猛獣のトラだな。

感覚が研ぎ澄まされる。

こちらの様子を窺っていた沢山の気配たちが逃げ出していく。

ピオスが魔獣化したルカートを恐れるかもしれないと、鞍を外して離れた場所に緩く繋いでおいた。正解だったな。

荷物をまとめて、荒らされないよう簡易結界を施しておく。

そして俺は、谷がもっとよく見える場所まで移動する。

崖の際だ、人の姿のままではこんな場所までは危険で来られない。だが、今の俺は身軽で、もし落下したとしても恐らく無事だろう。


谷の上を飛び回る二つの影を眺めていると、こちらへ向かってきた。

俺が見えたのか、あいつらも随分夜目が利くんだな。


「エリー!」


近くに降りたルカートが「こんな場所で何してる、危ないだろ!」と文句をつけてくる。


「それより谷はどうだった?」

「君なあ!」

「デグラブまみれだったわよ、でも、谷底が見えたわ」


ルカートに服の裾を咥えて引っ張られ、仕方なく際から離れた。

見た目は獅子なんだが、どうにも仕草が犬だな。


「何かあったのか?」

「そうね」


セイランはルカートと顔を見合わせる。


「―――谷底に竜の死骸があったわ」

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