第23話 手向け

「おはよう、今朝もいい天気よ」

「おはようマダム! ほら見てくれ、元の僕だ!」

「そうね」

「だが―――ずっとこうはいかないんだよな、いずれ僕はこの姿を失い、完全に魔獣になってしまう」

「今のままならそうでしょうね」

「エリー」


決めたぞ、と、ルカートは改めて俺をまっすぐ見つめる。


「僕はこの呪いを解く」

「ああ」

「協力してくれ」

「元よりそのつもりだ」

「だが相手は魔人だ、勝てる見込みは薄い、だからいざとなったら君が僕を」

「それは俺が決めることだ」


ルカートを押しのけて立ち上がる。


「お前がお前の意志でそう願うように、俺も俺の意志で行動する、お前の指図は受けない」

「エリー」

「後悔も贖罪もお前のものだ、俺には関係ない、俺がどうするかもお前に関係ない」

「そんな言い方するなよ、僕はただ」

「余計な気遣いはやめてくれ」


呟く俺に、勝手に何かしら察したらしいルカートは黙り込む。

そんな俺達をセイランは愉快そうに眺めている。

―――癪だ。

早朝の空気はまだ冷たい。

辺りに魔物の気配がなくて、ふと疑問に思った俺を見透かしたようにセイランが理由を語る。


「昨日、貴方達が取っ組み合いの大ゲンカをしたせいよ」

「何故?」

「決まってるじゃない、怖がって逃げ出したの、今も遠巻きに様子を窺っている」


確かに、よくよく探ってみれば、かなり離れた辺りに幾つか気配を覚える。


「ここにはもう貴方たちを襲う魔物はいないでしょうね」

「そうか、都合がいいな」

「僕は複雑だよ」

「その調子で貴方達の騎獣まで怖がらせないようにしてね」


騎獣?

ルカートも驚いた様子で「ヘレとラリーがいるのか? あいつら無事だったのか!」とセイランに尋ねる。


「ええ」

「そうか!」

「貴方たちをここへ運ぶ時も遠巻きについてきていたわ、今は森の外で貴方たちを待っているわよ」

「なんて利口な騎獣だ、エリー、改めて君のところの騎獣は主人に尽くすいい騎獣だな」

「ヨルのものだ」

「だとしてもさ」


森を出て、ルカートが「ヘレ! ラリー!」と呼ぶと、離れた場所から二羽のドーが翼をバサバサと羽ばたかせながら駆け寄ってきた。

両腕を広げて待つルカートに、殆ど体当たりのように体を摺り寄せてうるさく騒ぐ。


「あッはは、ヘレ! ラリー! 偉いぞお前たち! 本当にいい子だ!」


二羽はルカートに散々じゃれついた後、俺の傍にも来て、羽を控えめにスリ、と擦りつけてくる。

甘えた声を出す二羽を、俺も軽く撫でてやった。


「セイラン、ここは西の森だな?」

「そうよ」

「一応アミーラの様子を確認しておきたい」

「分かったわ」


荷物は全て無くしてしまった。

セイランが持っていた地図を広げて、現在地とアミーラ村までの移動経路を確認する。


「鞍のない騎獣には乗れるか?」

「問題ないわ」

「では行こう」


俺とセイランが相乗りして、アミーラを目指し、それぞれドーを駆る。

やけに空しい心境だ。

そういえば西の森で拾ったあのネックレスはどうなったのだろう。


遠目に焼け落ちた建物群が見えてきた。

アミーラ村だった場所、今はどう見ても廃墟だ、まだ燻る木材から細く煙が上っている。


「逃げた村人はどうなった」

「死んだわ、一人残らず」


「えっ」とルカートが声を漏らす。

俺も驚いていると、背後から憂鬱な溜息が聞こえた。


「殆どは火にまかれて、逃げ出せたヒトも騒ぎに集まってきた魔獣に殺された」

「そんな、あッ」


焼け落ちた村の近くでドーを止め、降りた直後に何かを見つけたルカートが声を上げる。

遺体だ。

手足をもがれ、内臓を食い荒らされた、見るも無残な遺体があちこちに転がっている。

魔獣はもういない、気配もしない。

腹が膨れてねぐらへ戻ったか、それとも、俺たちが来て逃げたのか。

用心しつつ村の中へ踏み込むと、今度は焼死体を多数見つけた。


「村長の家は、確かこっちの方だったよな」


それなりの規模の邸宅だったが、屋根の名残さえない。

細君のために建てたとか言っていたあの我欲と傲慢の象徴は影すら残さず消え失せた。

そして―――巨大な炭の塊があった。

奥の方まで炭化しているようだ、火災の火にまかれたといってもこうはならないだろう。

誰かの、何かしらの意図を感じる。

その傍らに寄り添う小さな炭の塊を見つけ、胸がわずかに疼く。

塊の一部にキラキラと輝くものが引っかかっていた。


「これって」


西の森で見つけたネックレスか。

唖然とする俺達に、後からついてきていたセイランが「もういいでしょ、行きましょう」と声をかける。


「ここには何も無い、もう何も無いのよ、全部燃えてしまったのだから」

「そう、だな」

「行こうエリー、このこと、街に戻って通報しないと」


またドーを駆り、アミーラだった場所から離れ、家路を辿る。

誰も無言だ。

疑問は数多ある、だが最早それを確認する術はない。

セイランの言葉通りあの場所にはもう何も無い、人も、物も、全て失われた。


「日が高いな、そろそろ昼時か」


ふと空を見上げてルカートが言う。


「そうね、そろそろ昼食をとりたいわね」

「そうだな―――なあ、エリー」


ドーを寄せてくるルカートに、合わせて速度を落としながら「何だ?」と訊き返す。


「今更だけど、僕は司祭になってよかったよ」


―――村を離れる前に、死者へ祈りを捧げていたルカートの姿を思い出す。


「そうだな」

「ああ」


こいつの本質は優美で美しい。

獣化した姿と、セイランの言葉が脳裏に甦って、そんなことは知っている、と胸の内で呟いた。

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