第22話 贖罪
呟くと無性に腹立たしくなった。
抱え込んだ罪悪感を理由に俺に断罪されようとしているこいつの、身勝手な思考が許せない。
「エリー?」
無言で拳を振り上げ、ルカートを殴る。
力を込め思い切り。
予想していなかったのか、ルカートは受け身をとることもなく無様に転がった。
ぐったりと倒れたまま動かない姿を睨みつける。
「ルカート、聞け」
腹の底から怒りが湧きだす。
お前は傲慢だ、ルカート。
魔人から俺を庇い、幼い日のどうしようもなかった出来事をいつまでも抱え込み、俺にお前を殺させようとした。
俺を気遣うそぶりでその実、俺の感情を置き去りにして、顧みることさえなく身勝手に振舞う。
「道を訊かれたら素直に教える、お前はそういう子供だった、事実を知っても誰もお前を責めない、その罪悪感は、お前が勝手に負っているものだ」
「だったらなんだよ、僕を許せなくないのか、エリー」
「そもそも恨んでいない」
「いま真実を知っただろう?」
「それでも変わらない、父さんが死んだのはずっと昔のことで、俺にとってはとっくに過去だ」
「君はちゃんと割り切れているんだな、エリー」
「僕にはまだ無理だ」そう言ってルカートは体を起こす。
鼻を鳴らしながら俺を見る。
「君に償いたい」
「なら借金分働け」
思いがけなかった様子で「え」と呟き、暫し考えこむようにした後、獣は小さく唸る。
「これ以上僕に何をしろって言うんだ、あの村は燃えて、今回僕らは大損なんだぞ」
「ああ」
「まったく君ってやつは」
立ち上がり、のしのしと俺の傍まで来ると、前脚を揃えて寝そべる。
どこからどう見ても完全に獣だが、やはり優美な姿だ。
軽く感触を確かめてみると、笑うように喉をグルグルと鳴らす。
「そうだな、償いたいというなら、お前は当分ただ働きだ」
「いいよ、どのみち君に暫く迷惑をかけることになる」
それは別にいい。
ルカートのたてがみを撫でる。
髪と同じで柔らかく、滑らかな手触りだ。
「お前の毛や羽を売ったらそれなりの額になりそうだな」
「えッ」
「あらあら、仲がいいわねえ、妬けちゃうわ」
セイランも傍に来てルカートの翼に触れる。
「ひとまず解決したようね」
「エリー、今の言葉本気か、この状態の僕をバラシて売るつもりなのか」
「それは意味がないわ、死ねば元の姿に戻るだけよ、バラバラ死体の出来上がりだわ」
「残念だな」
「エリーッ」
「まさしく体で返済ってやつね、できなくて残念ね、ルカート」
「ううっ、そんな、マダムまで」
セイランと、ルカートも当面は店で匿うことになる。
夜が来るたび変態する様を見られでもしたら、即座に通報され捕縛されてしまうだろうからな。
部屋数が足りないが、セイランはミアと一緒に客間を使わせるとして、ルカートは玄関辺りの床でいいだろう。
「エリー、今君酷いこと考えただろ」
「デカくて邪魔だな、ルカ、お前もう少し小さくなれないのか?」
「う、ちょっと待て、ええと」
暫くウンウン唸るうち、獣は大型犬程度の大きさにまで縮小した。
出来るのか、便利だな。
「これでどうかな」
「どういう仕組みだ」
「僕にもよく分からないよ、今の君の姿と同じで、小さくなれって念じただけだ」
「なるほど」
まあこれなら家に置いても邪魔にならない。
―――今の姿が完全に定着してしまうまで、期限はおよそ三か月。
それもあくまで目安でしかない。
悠長に構えている暇は無いな。
「すっかり夜更けね」
吐息交じりに呟いたセイランは、ルカートの傍らに座り込んで体を凭れかける。
「マダム?」
「ふふ、思った通りいい寝心地だわ、エリアス、貴方も休みましょう、傷は癒したけれど、消耗した体力は寝ないと回復しないわ」
「そうだな」
「ちょっと待て、僕を寝具にする気か」
「早速の贖う機会よ、ルカート」
グウッと唸ったルカートは、諦めたように前脚に顎を置く。
俺もセイランの隣でルカートに凭れかかり、目を瞑った。
温かくて柔らかい、確かに悪くない寝心地だ。
「なあエリー」
暗闇にルカートの声が響く。
「アミーラ村、結局どうなったんだろうな」
「あの村は全部燃えてしまったわ」
「グレボアに変えられたあの青年も、レイナさんも、殺された村長の遺体もか?」
「そうよ」
「そうか」
俺の代わりに答えたセイランに、ルカートは「そうか」と繰り返し、やがて寝息を立て始める。
明日また元の姿に戻っているだろうか。
胸によぎる不安から意識を逸らし、俺もゆっくり眠りへ落ちていった。
―――瞼を開く。
景色はまだ薄暗い。
ゆっくり起き上がって、傍らで眠っている獣を見下ろす。
その姿がふいに淡い光に包まれた。
幻のように輪郭が揺らぎ、獣の姿が溶け、数回の瞬きの後にはすっかり人の姿に戻っていた。
長いまつげが微かに震えて、開かれた瞼の奥から赤い瞳が覗き、どこを見るでもなくぼんやりと眺める。
ややして起き上がったルカートは、両腕を高く上げながらぐんっと伸びをした。
「はぁ、おはようエリー」
「おはよう、ルカ」
「って戻ってる! 姿が元に戻ってるぞ!」
「そうだな」
「エリーッ!」
抱きつくな、苦しい。
俺を抱えて揺さぶるルカートの声が寝起きの頭に響く。
まあ、なんにせよこっちもホッとした。
無事に今朝を迎えられたな。
「よかったぁッ、本ッ当によかった! この体は間違いなく僕のものだ、なあエリーッ!」
「うるさい、いい加減離れろ」
「君も喜んでくれるだろ?」
「はいはい」
諦めて好きにさせていたら笑い声がした。
どこかへ行っていたらしいセイランが傍に来る。
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