第24話 大騒ぎの帰宅

現地調達の素材を焼いただけの簡単な食事をとって、陽が暮れるまで可能な限り距離を稼ぐ。

日暮れ近くになり、ドーたちを怯えさせないため、少し離れた場所で待つよう言いつけた。

―――太陽が西へ沈みきったところで、昨晩と同じようにまたルカートが苦しみ悶え始める。

その姿はバキバキと酷い音を立てて歪み、やがて猛禽の翼を生やした魔獣へと変化した。


「はぁ、これ本気でキツいな、当分毎晩この痛みに耐えなきゃならないのかと思うと、改めて憂鬱になる」


今日は魔獣化してもルカートの意識がはっきり残っている。

自身の四肢や翼を確認して「うえぇ、なんか全部モフモフだ」なんてぼやく余裕さえあるようだ。


「でも、今の僕はすごく触り心地がいいぞ、君たちが僕を寝具にしたのも頷けるな」

「そうでしょう?」

「マダム、エリーも、今夜も僕で暖を取るといい、今の僕は大きいから風よけにもなる」

「有難う」

「便利だな」

「エリーはもう少し言い方ってものに気を遣ってくれよ」


自身の言葉通り魔獣化したルカートは暖かく心地がいい。

大きな体だけでなく、広げた翼の内側に俺達を抱き込んで夜の冷えた外気を防いでくれる。


「この姿も案外悪くないかもしれないな、こうして君たちを休ませてやれる」

「ダメよ、意識的に受け入れてしまっては、定着が早まるわ」

「うッ、ぜ、前言撤回だッ! こんなの今だけだからな、僕は納得しないぞ、絶対呪いを解いてやる!」


眠くなってきた俺はあくびを漏らす。

ルカートが笑って、たてがみを摺り寄せてきた。


「食事より休息みたいだな、晩飯のことは後で考えるか」

「そうだな」

「問題ないわ、私が何か獲ってきましょう」

「いいのかマダム」

「ええ、貴方たちは休んでいて」


火を、起こさないといけない。

結界も張らなければ、そんなことを考えつつ、うつらうつらと舟を漕いで、そのうち俺は寝ていた。

―――目覚めると焚火の明かり、肉の焼ける匂い、いくつかの果物とキノコ類。


「あら、起きたのね、お腹が空いているなら召し上がれ」

「結界は?」

「大抵の魔物は貴方たちを怖がって寄ってこないわ」

「本当に便利だけど、やっぱり複雑だよなあ」


確かに皮肉な話だ。

勧められるまま多少腹に詰め込んで、またルカートに凭れて眠る。


翌朝、ルカートが元の姿に戻ってから、ドーたちを呼び戻して再び帰路を辿った。

昼近く頃になり遠目に見知った街並みが見えてくると、不意にドッと疲れが湧きだす。

やっと戻ってこられた。

報酬どころか命と騎獣以外何もかも失い、散々な目に遭い呪いまで受けた。今回の仕事は大損だ。

改めて新調したばかりの武器が惜しい。

また新しいものを購入しなければ。


ドーに跨ったまま店の裏手の木戸へ近づくと、その高感度な聴力で物音を聞きつけたらしいミアが勝手口から飛び出してきた。


「ししょぉ~ッ!」


木戸を飛び越え、勢いよくドーに跨る俺に抱きつこうとする。

だが驚いたドーが間際で避けて、ミアは地面にべシャリと墜落した。


「うぐッ、酷い! 師匠おかえりなさい!」

「ただいま」

「ミア、すっごくすっごく心配したんですよ! 師匠が予定通り戻られないから!」

「そんなこともあるだろ」

「滅多にないです! ミアもついて行けばよかった! 師匠、師匠ぉ~ッ」

「うるさい」


ドーから降りた俺に改めて抱きついてくる。

はあ、かれこれ四日ほど風呂に入っていないんだが、鼻を押し付けて臭うな。

喉をグルグル鳴らして、こいつはもう、獣人っていうよりほぼネコだ。


「あらあら、熱烈ねえ」


セイランの声がすると同時にミアの尻尾がボッと膨らむ。

ぎしぎしと軋むような動作で振り返り、姿を確認すると同時にシャーッと鳴いて威嚇する。


「だッ、だだッ、誰ですかそちらさまは! 女性! 美人!」

「セイランよ、こちらで暫くご厄介になるわ、よろしくね」

「はあああーッ?」


叫ぶと同時に獣人化したミアは、今度は四つ足になって全身の毛を逆立てた。

尻尾をピンと立て、セイランを睨みながら唸り声を上げる。


「アナタ何ですッ、まさか師匠の恋人? 愛人? 返答次第じゃ容赦しませんよ! 師匠のお相手はミアだけで間に合ってますので!」

「あら、この子ネコちゃん、エリアスのいい人なの?」

「ただの居候兼雑用係だ」

「師匠ッ!」

「ミアちゃん、心配いらない、この僕は君のことをいつでも凄く可愛くて魅力的だと思っているよ」

「ルカートさんなんかに褒められても意味無いです! ミア今忙しいんでッ、黙っといてくれませんッ?」


「ミアちゃん」とルカートが目に見えて落ち込む。

帰って早々これか、はあ、面倒だ。

騒ぐミアと、それを面白がっている様子のセイランは放っておこう。

ドーをルカに任せて、俺は木戸を開き勝手口へ向かう。

とにかく風呂に入ろう、早くさっぱりしたい。


「ちょッ、師匠!」

「おい待てエリーッ、君風呂だろう! 先にズルいぞ!」


住居へ入り、一通り様子を確認してまわる。

特に変わりないようだ。

一応店の方も確認して戻ると、居間で椅子に掛けたセイラン相手にミアがまだカリカリしていた。


「勝手にミアと師匠の愛の巣で寛がないでくださいッ」

「暫くお世話になるんだからいいじゃない、ねえ、エリアス?」

「師匠ッ、何なんですかこの人ッ、ま、まさか、本当にミア以外の女をッ」

「ルカートはどうした?」

「僕ならここだ、エリー、一緒に風呂に入ろう!」


は?

脇から急に現れたルカートに捕まり、訳も分からず引きずられていく俺に、ミアが「フケツ! ミアだってまだなのに!」と喚く。


「どうしてお前と一緒に風呂に入らなくちゃならない」

「マダムも身を清めたいだろ、だから僕らはまとめてさっさと済ませよう」

「ここは俺が預かっている店だが?」

「女性優先さ、けど君にそんな気遣いは期待できないからね、だったら僕も一緒に入って早く済ませた方がいい」

「お前はセイランの後にでも入れ」

「嫌だ、僕らもう四日も風呂に入ってないんだぞ、しかも色々あったし、僕だってもう限界だ、臭うし気持ち悪い」

「俺はお前と風呂なんて嫌だ」

「ワガママ言うなよ、子供の頃はよく一緒に入ったじゃないか」

「離せ」

「そうだ、久々に髪を洗ってやろう!」

「やめろ」


こいつ、前より握力と腕力が上がっている?

魔獣化する呪いのせいだろうか。

抵抗する俺をお構いなしに風呂場へ連れていくルカートに、ミアが叫ぶ。


「師匠のバカッ、浮気者ぉーッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る