第18話 半妖精

「まずは貴方のその姿の説明からね、貴方は半妖精」


セイランは俺の耳と尻尾を確認しつつ語る。


「恐らくは父親が妖精だったのじゃないかしら、母親はヒトね、貴方には半分妖精の血が流れている」

「エリーが妖精のハーフ?」

「そう、希少種コクコ、違いないわ」


唖然とするルカートと顔を見合わせてから、改めて長い尻尾を手に取り眺める。

銀の地に黒い縞模様、頭の耳も同じように銀の地に黒い模様が入っていた。


「希少な妖精の中でも更に希少な存在よ、その姿は神が振るう刃に例えられる、美しく、気高く、恐ろしい妖精」

「それが、エリーの親父さんだったって、言うのか」


―――不意にいつかの記憶がよぎる。

「忘れなさい」と言われた。

今目にしたものは全て忘れるんだエリアス、お前はヒトとして、ヒトの中で生きろ。

黄金に輝く目をしていた、あれは、あの人は、父さん?


「私は知り合いじゃないけど」


セイランの声でハッと我に返る。


「親友がコクコと親しくてね、話をよく聞いたわ、彼が貴方の父親だったんじゃないかしら」

「何故そう言える」

「その親友が失恋したって言っていたからよ」


セイランはクスリと笑う。

何故かその笑顔は寂しげだ。


「コクコは本当に数が少ないの、貴方のその耳も尻尾も、間違いなくコクコの血を引く証、だけど妖精の力が必要になる場面なんて今までなかったから、ずっと秘められていたんでしょうね」

「俄かには信じがたい」

「現実を見て、エリアス」


ため息交じりに、この耳と尻尾はどうにもならないのかとセイランに尋ねる。

彼女は笑って「元は無かったのだから、意識すれば消せるはずよ」と俺に答えた。


「意識?」

「エレメントは唱えられるでしょう?」

「ああ」

「それと同じように感覚として捉えるのよ、耳は折りたたんで髪の中へ、尻尾は腰骨の辺りに収納して」


目を瞑り、耳と尻尾に触れながら言われた通り想像する。

耳は髪の中へ、尻尾は腰骨の奥へ、戻れ、中へ入れ。


「あ、消えたぞ、耳と尻尾!」


確かに感触が無くなった。

またルカートから鏡を借りて確認する。無いな、よし、無事にしまえたか。


「貴方はこれから意識するだけで妖精の力を使える、でもあまりお勧めはしないわ、ヒトの状態との境界が曖昧になってしまうから」

「妖精の力とはなんだ?」

「それはいずれ使うことになるだろうから、その時にでも確認するといい、なにせ私達は魔人を相手にしなくちゃならない」


そう、そうだ、魔人。

ルカートを見る。

あの時の魔獣の面影は、赤い瞳と鋭い犬歯。

だが今はヒトの姿に戻っている。一体何がどうなっているんだ。


「ルカートの呪いは、今は進行を遅らせているだけ、いずれどうにもならなくなるわ」

「えッ」

「どういうことだ」


セイランはため息を吐いて、真顔になる。


「その呪い、存在の根幹を歪めてしまう呪いよ、でも貴方は天空神ルーミルに仕える敬虔な信徒、よかったわね、神の加護で呪いが軽減された」

「こいつが敬虔な信徒?」

「おいエリー」

「そうよ、あの神は地上にたいして興味を持たないけれど、信仰心は神の力になる、だから魔人の呪いが軽減されたということは、貴方にはそれだけの見返りを与える価値があると神が認めている証」

「司祭やっててよかったなあ」


そういう問題じゃないだろう。

こいつは相変わらず呑気だ。


「でも、あなた自身の素養も大きいわね、心身ともに強靭で、魔力にも恵まれている」

「ええ、体力と持続力には自信があります」

「素敵ね、とにかく、今は私の力で一時的にヒトの姿に戻しているけれど、それは陽が昇っている間限りのことよ」

「え?」

「陽が沈むと同時に、貴方の姿は痛みを伴い、魔獣へ変化する」

「そんな」


唖然とする俺達に、セイランは済まなそうに眉根を寄せる。


「力及ばず申し訳ないわ、だけど陽が出ている間はヒトの姿でいられるから、日没後のことは二人で何とかしてちょうだい、貴方達は友人なのでしょう?」

「そう、だが―――でも」


ルカートが気遣わしげに俺を見る。


「君に迷惑をかけてしまう」

「今更だろう」

「今度の迷惑はこれまでとはまるきり違うんだぞ、エリー、僕は君を、君を―――傷つけてしまう」


あの時のことを思い出す。

赤い目を爛々と輝かせ、俺に牙を剝くルカートは完全に魔獣だった。

だが、俺の声に反応した。


「理性も何もかも吹っ飛ばして君を襲った、実際傷だらけだったじゃないか、あちこち切り裂かれ、噛み痕だらけで、酷い状態だった」

「そうだな」

「僕は君を傷つけたくない、まして意図せずそうなってしまうだなんて、自分を許せない」

「だが俺の声に反応した」

「僕にその記憶はないんだよ、エリー」

「覚えてなくても、忘れてしまっていても、残るものはあるわ」


セイランを見詰めてから、俺を見て、溜息を吐いたルカートはそのまま項垂れる。

どう、声をかけてやったものか。


「なあエリー」

「なんだ」

「今日陽が暮れて、僕が魔獣に変わり、君たちを襲ったその時は―――今度こそ躊躇わず僕を殺してくれ」

「断る」


即座にそう答えていたこと、俺自身驚いた。

ルカートも目を丸くして俺を見てから、首を振って「頼む」とまた項垂れる。


「君を殺してしまうかもしれないんだ、そうなったらどのみち僕は命を絶つ、とても生きてはいけない」

「ルカート」

「覚悟はできている、だから頼む、どうか」

「お前まで、居なくなるのか」


ハッと顔を上げたルカートは、俺をまじまじと見つめながら泣き出しそうに表情を歪めた。

今、窮地に陥っているのはお前なのに、なぜそんな顔をする。


「そう、だったな、そうだ、ごめんエリー、僕は君になんてことを」

「二人とも聞いて、私達は共同戦線を張った、何故だか理由はさっき言ったわね?」

「仇討、だろ?」

「ドルシコーを消滅させたら、その呪いは解ける」


俺達は同時に息を呑む。

「本当なのか?」とルカートがセイランに尋ねる。


「ええ、ただし、貴方の肉体と精神が完全に変異するまでの期限付きだけど」

「それは具体的にどれくらいの期間なんだ?」

「はっきりとは言えない、でも、そうね、恐らくは持って三か月」

「さ、三か月」

「あまり慰めにならないだろうけど、貴方達と契約を結んだ理由はもう一つあるの」


不意にセイランは薄暗い笑みを浮かべた。


「貴方達をコレクションに加えるため、ドルシコーはきっとまた現れるわ」

「なッ」

「あの時は私が追い払った、でも奴は私のことも諦めていない、私達が共にいれば都合がいいってまとめて捕獲しに来る」


セイランが噛みしめた唇に、鮮烈な赤が滲みだす。

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