第17話 仇討ち

「―――どこだ?」


緑の天蓋が揺れる。

鬱蒼と生い茂る木々、森、か?


起き上がろうとするとあちこち酷く痛んで、つい声を漏らす。


「エリー?」

「ル、カ」


どうにか半身を起こして視線を向けると、ホッとした様子のルカートが「よかったぁ」と笑う。

―――目が赤い。


「おいルカ、その目はどうした」

「ん? ああ、えーっと」

「あら、起きたのね、おはよう」


覚えのある声にハッとして振り返る。

あのセイランとかいう女だ。

白く長い髪、青と水色が混ざり合った珍しい光彩の瞳、背はすらりと高く、肌の色は白い。

切れ長の瞳を細くして微笑んでいる。


「私のこと分かる?」

「セイラン、だったか」

「ええ、貴方の名前も彼から聞いたわ、改めて、初めまして、エリアス」

「ああ」


一体誰なんだ。

ふとルカートを見ると案の定鼻の下を伸ばしている。はあ、やれやれ。


「ところで、セイラン」

「何かしら」

「聞きたいことがある、答えてくれないか」

「構わないわ、でもまずお腹を満たさないとね、怪我はあらかた彼が治癒魔法で癒してくれたから」


そうだったのか。

ルカートは自分の腹をさすりながら「流石にそろそろ飯でも食わないと、体力が持ちそうにない」なんて言う。

確かに俺も腹が減った。

ふと視界に見慣れないものが映り、何だと掴み上げる。


「紐?」

「それ、君の尻尾だよ、エリー」

「は?」


こいつは何を言っている?

試しにぐっと引っ張ってみると、尻の付け根が引っ張られるような感覚があった。

目で追ってみて事実と理解した途端、訳が分からなくなる。

俺は獣人じゃない。

なのにどうして尻尾なんか生えているんだ。

―――もしやと思い頭に手をやると、髪とは違う形と感触の何かに触れる。


「それは耳だ、ほら、鏡」


ルカートから手渡されるまま受け取り、覗き込んだ鏡面に映る姿を見て唖然とした。

肉厚で丸みを帯びた、フカフカと毛の生えた耳が髪の間から覗いている。

しかも意図せず勝手にピンピンと動く、これは何だ、本当に耳か。


「貴方、とても珍しいわね、私これでも結構長く生きているけど、初めて見るわ」


そう言いながらセイランが葉に乗せた何かを傍に置く。

果実に木の実、これは焼いた魚か。

俺が眠っている間に用意していたのか、ルカートは早速かぶりついて「美味い!」と声を上げる。

警戒心の欠片もないな。

そう思った矢先、口の中に異様に大きな犬歯が覗いて心音が跳ねる。


「お、おい、お前」


何か、おかしい。

動悸がする、これは一体どういう状況だ?


「あが? エリーも食べろよ、毒なんか入ってないぜ、セイランさん、これってペッチェですよね?」

「ええ」

「野生でこんなに美味いのって初めて食べました、はむっ、んっ、瑞々しくて甘いッ」

「気に入ってもらえてよかったわ」


モモに似た果実のペッチェ、それからこれは、サクランボの近縁種チェルシェ。

恐る恐るチェルシェを一粒摘んで口に入れる。

甘酸っぱくて美味い、そう感じると同時に改めて空腹を覚え、困惑しつつペッチェにも手を伸ばす。


「足りなければまだ用意できるから、たくさん食べて」

「はい、有難うございます」

「体力が戻ったら、そうね、明日にでも貴方がたの住処へ向かいましょう」

「なあエリー、僕らあれから一昼夜も意識を失っていたそうだ、ミアちゃんはきっと心配しているだろうな」

「そんなにか?」


唖然とする。

あの後何があった―――考えなくてもこの状況は明らかに異様だ。

この場所、西の森だろうか、はっきりしない。

俺に生えたこの耳と尻尾、そして、ルカートの姿が戻っている。

セイランとかいうこの女についても不明だ、確か意識を失うため、仇討だと言っていたような気がする。

何故ルカートの目は赤い?

それにあの犬歯、分からない、心音が速い、嫌な汗が滲む。


「落ち着いて」


声をかけてきたセイランに、意図せず唸っていた。

まるで獣の威嚇だと気付いて唖然とする。


「大丈夫、一つずつ教えてあげる、食べながら聞いて」

「お前は、誰だ」

「私はセイラン、貴方とルカートを襲った魔人ドルシコーに、かつて夫を殺された」


魔人、だったのか。

嫌な予感はしていた、しかし魔人に遭遇するなんてことは、竜に遭遇するより確率が低い。

魔獣と同じ『魔物』で括られる魔人、しかしその数は魔獣と比較すると圧倒的に少なく、高い知性を持つ彼らは滅多なことでは表立って行動しない。

しかしあの力、悪趣味極まりない嗜好、魔人でしかありえないと思う。


「奴は私から夫を奪い、自身のコレクションに加えたの」


そう言ってセイランは―――翼を広げた。

たった今まで腕だった部位が、白く美しい翼に変わっている。

唖然とする俺達を見て、セイランはフフと笑い、翼をまた腕に戻す。


「私は妖精よ、種はハクオウ」

「ハクオウ?」

「夫は対のコウホウ、燃え上がる紅蓮の翼を持っていた、だから奴に、ドルシコーに奪われてしまった」

「貴女の翼も、美しかったが」


ルカートの言葉に、セイランは青色の瞳を大きく見開いて、不意にクスクス笑う。

そして哀しげに顔を伏せた。


「ええそう、奴は私と彼を捕らえようとした、だから夫は、私と私達の卵を逃すため犠牲になった」

「卵? 子供がいるのか」

「まだ生まれていないけどね、信頼している友人に預かってもらっているわ」

「そして貴方は仇を追っている」

「ええ」


眠る前のことを思い出した。

俺は彼女と契約を交わした。

セイランは胸元から白い羽根を一枚取り出す。その羽根の先は赤く染まっている。


「貴方達もドルシコーを追わなければならない理由が出来た、だから共同戦線ってことで、これは契約書の代わり」

「ルカートのことか」

「彼にかけられた呪いはドルシコーを消滅させないと解けないわ」


あの時、ドルシコーが呪おうとしたのは俺だ。

複雑な胸中を表すように、長い尻尾が勝手に揺れる。

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