第14話 外法の獣

「いやぁ、まいったね、夕食をしっかり食っておいてよかった」

「そうだな、豆は偉大だな」

「僕が肉を獲ってきただろ、忘れてくれるな」


口を尖らせるルカートの背中をさすって「大丈夫か?」と訊く。


「誰に言っている」


煤を浴び、泥まみれ埃まみれのすっかりくたびれた酷い姿だが、炎が照らす姿は依然として生気を漲らせている。

まったくたいした司祭様だ。


「君こそしっかりしろよエリー、急ごう、レイナさんが心配だ」

「村長の家だな」

「ああ、行くぞッ」


移動の前に、ルカートにポーションを一本手渡す。

体力回復の効果は無いが、傷が癒えれば消耗が減る。

グッとひと息に飲み干し「今だけはそこらの酒よりよっぽど効くな」と軽口を叩き駆け出すルカートと共に村長の家を目指す。


炎と煙で見通しの悪い中、記憶を辿り走っている最中、不意に野太い男の悲鳴が聞こえた。

「あ、あ、あっちへ行け! 今更こんな真似をしおってッ、どこにいる卑怯者! 姿を見せろッ」


「いたぞ、エリーッ」


村長だ。

焼けて崩れかかった自宅の前で、グレボアに睨まれ、竦み上がっている。

辺りは色々なものが焼け焦げる臭い、血の臭いしかしない。

人の姿も、気配さえもない。

本当に元恋人がどこかにいるのか?

あのグレボアは操られてこの村を襲ったのか?


「ケヴィン」


どこからかふらりと現れた細君が誰かの名を呼んだ。

グレボアがぴくりと反応する。


「やっぱりそう、貴方なのね、戻ってきてくれた―――ずっと待っていたわ」


細君を見詰め、グレボアは小さく鼻を鳴らす。

その傍へ歩み寄り、細君はグレボアの毛皮へ顔を埋めすすり泣いた。


「うそ、だろ」


唖然と呟くルカート同様に、俺も言葉もない。

あれは、グレボアじゃないのか?

まさかあの魔獣は、彼は、細君の元恋人なのか?


「レイナぁッ!」


激高した村長の怒号が炎と共に爆ぜる。


「おッ、お前は何を言っている、まさか、まさかこうなったのは全部お前の仕業だったのかッ」

「いいえ、私は何もしていない、何もできなかった、ケヴィンを追いかけることも、貴方を拒むことさえも」

「散々金をかけていい暮らしをさせてやったというのに! この恩知らずの薄情者め、恥を知れ!」

「私は貴方からなんて何も欲しくなかったッ、それなのに強引に押し付けたのは誰? 挙句、私のことまで好きにしてッ」

「ひ、ひひッ、泣いてよがっていたじゃないかッ」

「違う!」

「ひひひッ、おま、お前は私のものだレイナ」


ケヴィン! と村長は叫ぶ。


「貴様よくもッ、許さんぞ、今度は私のこの手で直々に―――殺してやる!」


見ればその手には短剣が握られている。

牙を剝き唸り声を上げるグレボアへ、短剣を構えて駆け出した村長をレイナが遮った。

まずい!


「ぐ、う、うッ」


レイナの腹から背にかけて貫く短剣の刃。

驚愕の表情で柄を手放し、二、三歩後退りをする村長を見据えて、レイナは微笑みながらその場に崩れ落ちた。

グレボアが吠えてその身に体を寄せる。


「よか、った、これで、ぜんぶ、おしまい、よ」

「れ、レイナ」

「おなかに、あかちゃんが、いる、の」

「あ?」


村長の顔色が見る間に青く染まっていく。


「しのうと、したけど、でき、なかった、でも、これで」

「う、そだ、私はッ、私はそんな話、きいていない!」

「あなたとのこなんて、わたし、あいせない」

「レイナ」

「だから、よか、った」


細君は、いや、レイナは血を吐き、グレボアにそっと頬ずりをする。


「ケヴィン、どんな姿になったって、私にだけは分かる、あいしてる、あなただけを、ずっと、ずっと、愛している、わ」


そのまま動かなくなったレイナを見詰めて、ルカートが胸に手をやりそっと祈りを捧げた。

一方で、ガタガタと震えだした村長は膝をつき、獣じみた所業に見合った様子で唸り声を上げながら頭を抱える。


「こ、こど、こども? 私とレイナの子? それが死んだのか? レイナ諸共、私が、私が殺した?」


その身を巨大な牙が貫く。

断末魔を叫んだ村長の口から血の泡がごぼごぼと溢れ出す。

咢に胴がぐしゃりとかみ砕かれた。

血だまりの中、肉片と化した姿がぼとりと落ちる。


グレボアは、血濡れた鼻先を赤く染まった夜空へ突き上げ、悲しげな声で吠えた。


「―――すっばらしいわああぁぁぁッ!」


不意にどこからともなく拍手が響き渡る。


「なんて素敵な見世物でしょうッ、最高よ、最高の復讐劇よッ、ああ、たまらないわ、水晶に記録もバッチリ、ううんッ、また最高のコレクションが増えちゃったわぁッ!」



まくしたてる声の主を周囲に探す。

この声、あの時俺とルカートを襲った誰かと同じ声だ。


「うふふッ、ここよ、こーこッ」


空から―――俺達とグレボアの間に身なりのいい人物が降り立つ。

頭に羽飾り、ひだの多いシャツと仕立てのいいスーツを着込み、つま先の尖った靴は汚れ一つなく磨き上げられている。

顔に化粧までして、その人物はやたら長いまつげを瞬かせながら不気味にニヤリと笑った。


「改めて、初めまして、コンバンワ、わざわざワタシを追いかけてくるなんて、情熱的で健気ね、カワイイわぁ」

「お前は」

「あらダメよ、人に訊くならまず自分からでしょ、さ、お名前があるなら教えてちょうだい」


鞘から斧を引き抜いて構えると、そいつは「あらあら」と顔を顰める。


「野蛮ねえ、無作法者はキライよ、それにワタシ、今ステキなお芝居を見てとても気分がいいの、ブチ壊さないでもらえるかしら」

「そのグレボア、まさか、元は人なのか」

「うふ、そうねえ、そうとも言えるし、違うとも言えるわね」


立てた指を顎にあて、そいつはフフッと笑い「いいわ、気分がいいから教えてあげる」と口元から白い歯をのぞかせる。

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