第13話 魔人
「ノンノン、そんなことしちゃダメよぉ」
頭上からの思いがけない声。
同時に強烈な圧がかかり、地面に叩きつけられる。
「ガハッ!」
「エリーッ!」
動けない俺に、駆け寄ろうとしたルカートの正面で電撃が爆ぜた。
吹き飛ばされたルカートはそのまま草むらに横たわる。
一体なんだ? 何が起きた?
「カレはね、復讐を遂げようとしているの―――今夜がその最後のチャンス、ウフフッ、見守ってあげましょうよ」
「だれ、だ」
「アラまあ! 意識があるのね、ステキッ! アナタのことは後で拾いに来てあげる、今はそこでチョットだけ待っていてちょうだい、くれぐれも魔獣に食い殺されたりしないでネ」
じゃあね、の言葉と共に気配が遠ざかる。
気付けばグレボアもいない、復讐? 一体何のことだ。
『カレ』とは誰だ、村長の細君の元恋人か?
いや、それよりどうにか、よし、大丈夫だ、動ける。骨は問題ない、少し咽て口元を拭う。
荷物からポーションを取り出してひと息に呷った。
ルカートへ急ぎ駆け寄り、焦げた体へポーションをふりかけ、口にも含ませる。
「う、ううッ、エリー、大丈夫、かッ」
「俺よりお前だルカ、動けそうか?」
「なんとかッ、しかし、さっきのは一体」
「分からないが、女みたいな口調の奴だったな」
声音は男のものだった。
ルカートが顔を顰める。
「僕は、普通に女性が好きだ、ああいうのは、まあ、時と場合による」
「お前の性癖の話を今してくれるな」
軽口を叩けるならまだ余裕あるな。
抱え起こすとルカートも少し咽て、ふう、と乱れた髪を掻き上げる。
「それより不味いぞエリー、やはりあのグレボア、レイナさんの元恋人と関わりがあったようだ」
「しかし『コール』特有の独特な臭いはしない」
「けどさっきの奴、『カレ』が復讐を遂げる『その最後のチャンス』なんて言ってたぞ」
「アミーラへ向かったと思うか?」
「確実に、違っていたら僕の借金を倍にしてくれて構わない」
意味が分からない。
軽く鼻を鳴らして立ち上がり、ルカートに手を貸す。
―――俺も同感だ、グレボアは確実にアミーラへ向かった。村の住民たちの命が危ない。
「なあエリー、あのさ」
「何だ?」
「今、僕はあまり考えたくない想像に取り付かれているんだ」
「言ってみろ」
「いいや、まだ確証がない、しかし覚悟するべきだ」
何を、とは訊かず、ルカートに頷き返す。
俺も同感だからだ。
そんなわけはないと思う、だが、奴らの行動原理に理由は不要なことを俺は知っている。
「ヘレッ、ラリーッ!」
森を出てすぐルカートが呼ぶと、騎獣たちが駆けてきた。
今度はトーチの匂いが消えたルカートにグエグエ鳴いて擦り寄っている。
「よしよし、偉いぞお前たち、早速で悪いが僕らをアミーラまで急ぎ連れていってくれ!」
鞍を探して取り付けている暇は無い。
それぞれドーに跨り、首にしがみつく。
「急げ! ヘレッ、ラリー!」
駆けだす騎獣の背に揺られていると、間もなく煤臭い風が吹いてきた。
遠くに赤い光が見える。
近付くにつれ、それが燃えているアミーラ村だと理解する。
満ちた月が浮かぶ空の下、赤黒い炎にまかれ燃え盛る村は明らかに異様な雰囲気だ。
―――戻る道中、夜だというのに、何故か魔物は一匹も現れなかった。
「火の勢いが強い、流石にあれはもうエレメントでは消せない!」
「逃げ出している村人もいるようだな」
「取り残された人がまだいるかもしれないッ」
「あの火、グレボアがつけた、わけではないだろうな」
「さっきの奴だろ! 気を付けろよエリーッ!」
言われるまでもない。
村の近くでドーを止め、飛び降り、ルカートと共に駆け出していく。
「いやああああッ」
「あつい、あついぃッ」
「助けてッ、誰か、助けてぇッ!」
火の中で逃げ惑う村人たちが助けを求め叫んでいた。
俺とルカートに気付いた何人かが「司祭様!」「お助けください!」と縋りついてくる。
「ね、眠っていたんです、そうしたらすごい音がして、火が、火が!」
「村が燃えてしまうッ、どうかお救いください司祭様!」
「落ち着いて、貴方達の命が最優先です」
ルカートはエレメントを唱え、村人たちを水の膜で包む。
「これで少しは耐えられる、村の外はあちらだ、走って!」
「で、ですが司祭様、財産が、家がッ」
「死んでしまってはそれこそ意味がありません、まずは生き延びることを考えなさい」
「どうしてこんなことに」
「村長のせいだッ、アイツが、アイツがこの村を破滅させたんだ!」
「死ねばいい、全部アイツのせいだ!」
「村長は死ねばいい!」
この異常事態に村人たちはまともな思考ができなくなっている。
どうするんだ、とルカートを見ると、溜息を吐いたルカートは、傍にいた火傷を負った村人の一人に「リール・エレクサ!」と治癒魔法を唱えた。
「お、おおッ? 傷が、火傷が!」
「皆さん、その怒りを貴方がたの命に換えるのです、生きてこその明日です、ここで死んでどうします」
もう一人、二人に治癒魔法を唱え、全員が癒しの奇跡に目を見張るなか「さあ!」と声を張る。
ルカートの雰囲気に呑まれた村人たちは、涙を流して感謝しつつ、互いに助け合い逃げだしていく。
その様子を見送り、不意にふらついたルカートを支えてやった。
相変わらず無茶をする。
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