第12話 闇に潜む魔獣

「―――我が欲する望みを叶えよ! イグニ・イクスミネイト・ハーサー!」


空中に現れた炎の槍がグレイハウンドに降り注いだ。

悲鳴を上げるグレイハウンドの首を切り落とすと、別の場所からもう一頭、更にもう一頭のグレイハウンドが飛び出してくる!


「くそッ、ヴェンティ・レガート・ストウム!」


ルカが咄嗟に風の防護膜で攻撃を防いでくれる、しかし詠唱無しのエレメントでは大した効果は期待できない。

牙がかすった腕から血が噴き出した。


「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」


その間にルカは次の詠唱に入り、俺は斧で応戦してエレメントの発動まで繋ぐ。


「ヴェンティ・フィン・ルーフェム!」


風の刃がグレイハウンドたちを切り刻む!

そこへ飛び込み、俺も多少の傷を負いつつ、グレイハウンドの頭を斧で順にかち割った。


「ッはぁ、はぁッ」

「やられたな、エリー、怪我を見せろ」


辺りを警戒しつつ寄ってきたルカートに腕を預けると、ルカートは傷に手を翳して「命源の力よ、生流を司る神よ、御力をもってこの者の傷を癒したまえ、リール・エレクサ!」と唱える。

手のひらから柔らかな光が溢れ出し、見る間に傷を治癒させた。

―――やはり、いつ見ても凄い。

治癒魔法を唱えられる者は稀らしい、確かに俺はルカート以外知らない。

ルーミル教に属する教徒たちの中でもごく僅かしかいないそうだ。


「は、はあ、はあッ」


他の魔法と根本から異なるという治癒魔法は、魔力ではなく、術師の体力、生命力といったものを消耗させる。

「やれやれ」と笑うルカートに、ポーションもあることを告げておく。

もっともこちらは値の張る代物で、やはり使いどころを見極める必要あるが。


「ま、この程度たいしたことないさ、僕は体力に自信がある」

「だが無理はするな」

「分かっているよ、心配してくれて有難う」

「まだ借金分の働きをしていないからな」

「おいコラ、その言い草はないだろ、素直に僕を心配しろ」


軽口を叩く余裕はまだある。

しかし辺りはかなり視界が悪い、今後は更に注意深く進まなければ。


―――それから暫く森を歩いたが、出てくるのは小物ばかりで目当てのグレボアは一向に現れない。


「なあ、むしろアミーラの近くで張っていた方が確実なんじゃないか?」

「いつ来るか分からないものを待てるか、そんなに長く店を空けていられない」

「留守番ならミアちゃんがいるだろ」

「アレにずっと店を任せるのか? あの店は―――ヨルのものだ」


そうか、と呟いたきりルカートは黙り込む。

また余計な気を遣っているんだろう。

それよりグレボアだ、確かにこのまま歩き回っているだけでは効率が悪い、何かしら手を講じなければ。


ふと、視界の端で何か動いたような気がした。

立ち止まってそちらを窺う。

ルカートも弓に矢をつがえて構えた。


「ここで中てられるか?」

「誰に言ってる、僕の腕は知っているだろ」

「よし」


木々がうっそうと生い茂る夜の森、辺りは暗く、よくよく目を凝らさないと対象を判別できない。

こんな状況で矢を中てるなど殆ど達人技だ。

だが、ルカートなら恐らくこなす。


ガサガサと茂みが動く。

ぬっとあらわれたその姿は―――グレボア!

よし、見つけた。

恐らくこいつで間違いないはず、昼間探索した時、複数頭グレボアがいる痕跡はなかった。


「エリーッ」


俺を呼びながらルカートは矢を射り、直後にエレメントの詠唱を始める。

矢はしっかりグレボアに中った。

俺はその矢を追うように駆け出して、振りかぶった斧をグレボアへ叩きつける!

叫んだグレボアの開いた咢に、見事な牙が覗いた。

噛みつかれる!

身を引き、距離を置くと、グレボアを無数の風の刃が襲う。

だがグレボアは構わず俺に突進をかます!


「ぐあッ」


弾き飛ばされ、倒れた俺へと向かってくるグレボアに矢が刺さる。

振り返って吠えるグレボアへ地を蹴立て飛び掛かり斧を振り下ろした!

ぐッ、浅い!

外皮が想定より厚い、これはなかなかの上物ッ。

刺さった刃を引き抜く前に振り落とされて、体勢を立て直そうとしたところへグレボアが前脚を持ち上げ、俺を踏み潰そうとする!


「エリーッ」


矢が足を射る!

僅かなブレを見逃さず、どうにか直撃は逃れたが、多少喰らってしまった。

脇腹が痛む、斧より接近戦に持ち込むべきか、グレボアから距離をとりつつ武器を斧から爪へと変えた。

このまま俺に引きつけて、ルカートから距離を取らせておくのが賢明だ。

ルカートはまた詠唱に入る。

そこへ襲い掛かろうとするグレボアの背を爪で切り裂く、吠えて振り返ったグレボアの目を狙う。

視界を奪おう。

暴れて手が付けられなくなる可能性もあるが、攻撃の精度が落ちて隙が生じやすくなる。


「イグニ・エリュ・スティンゲイム!」


ルカートの足元で起こった炎が地面を走り、グレボアへ至って全身を燃え上がらせる。


「おいルカ! 毛皮を焦がすな!」

「今更だろッ、他の部位だけで満足しろ!」


ッたく、だがまあいい、グレボアの外皮は毛を削ぎ落しても別の用途に使える。

絶叫したグレボアは辺りへ体当たりを始めた。まずい、森に延焼する!

ルカートも慌てて詠唱無しで「アクエ・ティプル!」と唱え、水を降らせて火を消した。

その間に逃走を試みようとするグレボアに飛びつき、鞘から引き抜いた斧を首へ叩き込んだ!


吠えて立ち上がったグレボアの背から振り落とされる。

あと少しッ、ここまで弱らせれば、あと少しで戦意を喪失するだろう。

ボタボタと血を流し、足元をふらつかせるグレボアへ、ルカートが矢を射る。

俺達からよろよろと逃れようとするグレボアの体が傾いだ。

俺はとどめの一撃を食らわせようと―――

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