第11話 西の森の調査

「ふむ」俺は考えて、慎重に口を開く。


「だが件の若者にはコールの心得があったんだろうか」

「さあね、それは知らないが、そんなことより僕はずっとムカッ腹が立っている」

「他人の事情に首を突っ込んでも仕方ない」

「分かっているさ! だが何の罪もない恋人たちが引き裂かれ、美しいレイナさんはあの卑しいハゲに夜な夜な手籠めにされているんだぞ!」


言いたいことは分かる、ルカートの感情も汲んでやれる。

しかしここで文句を言い合ったところで何か変わるわけでもない、もっと建設的な話をするべきだろう。

さしあたって俺達はこれからあの森へ入り、グレボアを駆除する手順をお互い確認しておくべきだ。


「そうだな、だが依頼とは無関係のことだ」

「薄情な奴だな!」

「だったらお前がどうにかしたらどうだ、ルーミル教の司祭様」

「この村に監査の必要性があると中央に報告する」

「どうぞお好きに」


何が出来るものかと思うが。

恐らくルカートも分かっている、ただ口に出さずにはいられない、これはそういう性分の男だ。


「ところでエリー、森の調査だが、どう進めるんだ?」

「そうだな」


ようやく思考を切り替えたらしいルカートと仕事の話を始める。

地図で見る限りこの森はかなり広い。

奥には魔樹、粘液を出すツタで絡め取った得物を幹へ取り込み樹液で溶解し吸収する魔物がいるから、そこまでは踏み込まない方がいい。

そんな場所には恐らく他の魔物も寄りつかないだろう。

グレボアがあの巨体を隠すなら、森の奥の少し手前辺りが都合良さそうだ。


「話に聞く限り、村を襲ったグレボアは以降もたびたび村近辺に出没している、ならその痕跡を探そう」

「移動経路を見つけるんだな」

「ああ」


他の魔物の縄張りとの兼ね合いもある、無軌道な行動はしないはず。

繰り返し、決まった道を辿っているはずだ。


野営の後片付けを済ませ、ドーたちに待つよう言い聞かせてから、荷物を持って森へ踏み込んでいく。

中は予想よりずっと暗い。

あちこちから様子を窺う眼差しや熱を帯びた息遣いの気配を覚える。


「いるなあ」

「そうだな」

「出るなら魔獣か野生動物だけにして欲しいよ」

「ああ、賊の相手は面倒だ」

「奴ら絶対に集団で現れるからな」

「生存戦略ってやつだろう」


こういった人気のない場所には賊が出る。

山賊、追剥、野盗、そういった他者を暴力で脅かし金品を強奪する者たちだ。

奴らは数で攻めてくる。後れをとりはしないが、やたら手間で厄介だ。


「そろそろトーチを使うか?」

「そうだな、頼む」


ルカートは荷物から薬品を染み込ませた布を取り出して、手頃な木の枝に巻き付け、火を付ける。

魔物除けのトーチだ、大抵の魔物はこの臭いを嫌がって傍へ寄ってこない。野生動物除けにもなる。


「やっぱり薬臭いな、でも僕、この臭いそんなに嫌いじゃないんだよな」

「俺は嫌いだ」

「君は鼻が利くから」


―――ふと、視界の端で何か光ったように見えて足を止める。


「どうした?」

「いや」


ルカートも立ち止まり俺の視線の先を窺う。

近付いて確認すると、木の枝にアクセサリーのようなものが引っかかっていた。


「ネックレス?」

「そうだな」

「この森に迷い込んだ誰かのものかな」

「貰っておくか、換金できるかもしれない」

「おい!」


こんな場所まで探しに来ないだろう。

それに、恐らく持ち主は既に亡くなっている。だったら有益に活用するべきだ。


「君のその行為は殆ど追いはぎだぞ」

「暴力で奪ったわけでもなし、それにこれが換金できるか分からない、できたとして二束三文にしかならないかもしれない」

「君なあ」

「この木は墓標に見えないし、根元に何か埋めた痕跡もない、骨や服の切れ端が落ちてもいない」

「嫌なこと言うなよ」


レイナさんの恋人のものかもしれないと、ルカートはぽつりと呟く。

それなら印でもあるかと思って調べてみたが、特に見つけられなかった。


「なあ、そのネックレス、本当に換金するのか?」

「そんなに気になるならくれてやる、好きにしろ」

「レイナさんに渡してもいいか?」


―――残酷なことを考える。

しかし、かつての恋人のものだと決まったわけでもない。

だから「いい」とだけ答えて、この話はおしまいにさせた。


グレボアの痕跡、大したものは見つからず、移動経路の確定には至らなかった。

森を出てからトーチを消して、ドーたちを待たせてある場所へ向かう。

騎獣は利口だ、契約しているのは師匠のヨルだが、俺の言うこともある程度は聞く。

いつもはルカートを見るや駆け寄って擦り寄る二頭だが、今はトーチの臭いがするのだろう、嫌がるように鳴いて首を背けている。


「アレの臭いは悪くないんだが、ヘレとラリーに嫌われるんだよなあ」


しょぼくれているルカートを急かし、陽が暮れて本格的に作業開始する前に腹ごしらえを済ませておくことにした。

ルカートは獲物を狩りに、その間に俺は火を起こして、ドーたちに水を与え、鞍を外しておいた。

何かあればこいつらは自衛できる、よほど遠くまで行かない限り、恐らく呼べば戻ってくるはずだ。

最悪いなくなったとして、ここからだと店のある街までは徒歩三日程度、まあ何とかなるが、いつも通り何事も起きないことを祈ろう。


「エリー、獲ってきたぞ、今捌くから待っていてくれ!」


戻ってきたルカートは獲物を捌き、その間に俺は豆を煮ておく。

空は夕暮れ、間もなく夜だ。

携帯食の堅パンを用意して、煮た豆に肉を入れてさらに煮込み、堅パンに焼いて溶かしたチーズをのせてルカートに手渡す。


「んん、チーズとしょっぱく煮た豆がよく合う、美味い」

「残りの肉は串焼きにした、ほら」

「有難う、しっかり腹ごしらえしておかないとな」

「よろしく頼むぞ」

「了解、僕に任せておけよ」


食事を済ませて、荷物をまとめ、火を消し―――さあ行こう。

改めて踏み込んだ夜の森は昼間とまるで表情を変え、うっそうと生い茂る木の葉が漆黒の空間を作り出している。

夜空で満ちて輝いていた月も、この森の中までは届かない。


不意に近くの茂みに気配を覚えた。

荒々しい息遣いを聞き取った直後、飛び出してきた姿は犬型の魔獣グレイハウンド!


「ルカ!」

「ああッ、火の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって―――」


ルカートがエレメントの詠唱に入る。

エレメントというのは精霊の力を借りて発動させる魔法だ、その間に俺はホルダーから抜いた斧を奮ってグレイハウンドへ振りかぶる!

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