第10話 恨みの念

もし彼が生きていたとして、魔獣を操り、この村を襲わせているのだとすれば。

―――手段が無いわけじゃない。

香りを用いて精霊を呼びよせ、助力を乞う魔法『オーダー』から派生した、『コール』という魔物を操る魔法がある。

『オーダー』は扱いが非常に難しい。

任意の精霊を呼べないうえに、現れた精霊が力を貸してくれるかも運や状況次第だ。

精霊に好かれやすい体質の者などはそれなりに扱えるらしいが、使い勝手の悪さは『エレメント』『マテリアル』の比ではない。

それ故に『オーダー』をあえて用いる術師は殆どいない。

しかし『コール』は別だ。これは『オーダー』で用いられる香料に術者の血液を混ぜ、その香りで魔獣を呼び寄せることができる。

他に魔獣を呼んだり、ある程度言うことを聞かせたりできる魔法は存在しない。

それこそ、神の眷属のラタミルやハーヴィーでもない限り、そんな奇跡のような真似など不可能だ。


「だっておかしいんですよ、あのグレボア、あれだけ暴れまわって、なのに食料を食い荒らしたり、人を襲ったりしなかったんですよ?」


村人の体が小刻みに震えている。


「それに見てください、この家ッ、この家だけ無事だったんです、無人のこの家だけが!」

「人がおらず、食料も無いから、興味が湧かなかったのでは?」

「グレボアは食糧や人を襲わなかったんですよ? なのにこの家にだけ興味が湧かない? 何故です、おかしいじゃないですかッ」


まあ、そういうこともあるだろうが、おかしいといえばおかしい。

それにざっと見ただけだが、村に縄張りを主張するマーキングの痕跡も無いようだった。


「ぐ、グレボアは、あれからもたびたびこの近くへ現れるのですが、その感覚が段々と短くなっているんです」

「また村が襲われたのですか?」

「い、いえ、ですが遠くからじっと様子を窺って、私にはあの目がこの村の全てを恨んでいるように見えて、恐ろしくて、恐ろしくて」

「村長の家もご無事のようでしたが」

「きっと最後に襲うつもりなんです、一番憎いのは村長でしょうから」


『コール』でグレボアを呼び寄せ、この村を襲わせた。

なら香りの痕跡がありそうだが―――感じられないな。

もっと詳しく調べたら何かあるかもしれないが、そんなことをする必要はない。

どのみち駆除対象だ、俺たちは仕事をこなすだけ、その背景に何があろうと関係無いし、個人的な興味も湧かない。


ふと、家の壁に彫られた文字に気付く。

―――永久に変わらぬ愛を K から R へ。

Rはレイナだろう。

ならKが件の息子か、しかしこの文字に付着している粉は何だ? 獣の骨か牙の粉末のようだが。


「お、お、お助けください司祭様ッ、彼はきっと私たちのことも恨んでいます、村長を止められなかった、彼を助けてやれなかった私たちのことも!」

「そう嘆かれるな、我らは等しく無力な存在、ただ日々の糧を得、生きることで精一杯なのです、それを誰が責められましょう」

「ですが!」

「罪の意識を感じるのは、貴方が善良である何よりの証、天空神ルーミルは全て分かっておいでです」

「司祭様」

「貴方がたの憂いを払うため、彼の神が私をこの地へ遣わしたのです、ご安心を、貴方がたは赦されます」

「お、おお、司祭様、どうかご慈悲を、私は、私はッ」

「ええ、分かっていますよ、村の皆さまへもお伝えください、御心を信じ、待つようにと」

「よろしくお願いします、よろしくお願いしますッ」


ルカートの手を握りしめて涙をこぼし、散々縋って気が済んだのか、村人は何度も頭を下げつつ去っていった。

居なくなったのを確認してから、俺にだけ顔が見えるように向き直ったルカートは口をへの字に曲げる。

まったく大した司祭様だな。


「気に入らない」

「そうだな」

「ここを調べるのはもういいだろう、さっさと西の森へ行くぞ、エリー」

「分かった、そうしよう」


村のあちこちに気休め程度の魔物除けの罠を仕掛けてから、村を出てドーに跨り西の森を目指す。

出掛けに村人から位置を聞き、地図で大体の位置を把握しておいた。

陽は頂点から幾らか西へ傾いている、もう昼過ぎだ、そういえば腹が減った。


「ルカ、調査を始める前に昼食をとろう」

「僕もそう言おうと思っていた!」


魔獣が活動的になるのは夜だ。

夕刻、辺りが薄暗くなり始めた頃に本格的な駆除作業に入るが、その前に食事を取ってここらを簡単に調べておく。


村の近くには畑があり、放牧場なども見えたが家畜の姿は無かった。

どちらも被害に遭った形跡はなく、魔獣除けの結界もしっかり作用している。

―――俺がずっと感じている違和感はこれなんだろうか。


村から西へ、西へと移動して間もなく、鬱蒼と茂る森が見えてきた。

あれが西の森か。

時折魔獣も出たが小物ばかりで、俺達が駆るドーが威嚇するだけで慌てて逃げ出していく。


「あの大きな岩がある辺りで食事をとろう」

「そうだな、了解した」


ドーを止め、鞍から降りて、野営の準備を始める。

俺が火を起こしている間に、ルカートは鳥を射て戻ってきた。

手早く下ごしらえをして丸焼きにする。それと携帯食の堅パン、飲み物は水筒の水だ。

水はあの村の壊れかけた井戸がまだ使えたから、飲んだ分を注ぎ足しておいた。これだけあれば明日までもつだろう。


「しかしデカい森だな」

「そうだな、魔獣が潜んでいそうな森だ」


「なあエリー」ルカートが切り出してくる。


「さっきの話、どう思う?」

「どうとは?」

「あの胸糞悪くなる話だよ、僕の推察通り、いや、それ以上に最悪だったじゃないか」

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