第9話 悲恋の恋人たち

事前の聞き取りなどはこのくらいでいいだろう。

諸々の手続きも終え、俺と同じく判断したルカートは「では早速始めさせていただきます」と退室を促してくる。

村長も見送りがてらついてきた。


「それでは司祭様、業者様、何卒よろしくお願いします」

「後ほど吉報をお持ちいたします、報酬のお支払いはその際に」

「ご用意してお待ちしております」

「では」


ふと視線を覚えて振り返ると、廊下の端に細君が佇んでいた。

俺と目が合うとすぐいなくなる。

村長は気付いていないが、ルカートも察した様子だ。

何か言いたげな様子に見えた、一体何用だったのか。


戸の向こうで深々と下げられたハゲ頭が見えなくなった途端、ルカートは軽く地面を蹴りつける。


「なんだいあれは」


不満げだな。

まあ言いたいことに察しはついているが。


「あんな美しい奥方を道具のように扱って、卑しいあの男と不釣り合いが過ぎる」

「人に聞かれるぞ、司祭様」

「エリー、僕は腹が立っているんだよ、彼女の憂いの理由、今ならよく分かるぞ、成金の気色悪いスケベな禿げオヤジめ」

「成金かどうかは分からないだろ」

「分かるさ、レイナさんのために家を建て替えたと言っていたじゃないか、随分羽振りがよさそうだったし、継いだ財産以上の資産を蓄えこんでいるに違いない」

「結構なことじゃないか」

「浅ましく卑しいその根性でレイナさんも強引に手籠めにしたんだろうよ、実際、夫婦らしくないどころか、奴は始終レイナさんを見下していた」

「そうかもしれないな」

「はあッ、まったく嘆かわしい、あんな美しい人が辛い目に遭っているなんて」

「そうだとしても、俺達は部外者だよ、ルカ」


夫婦間の問題は夫婦で解決するしかない。

義憤に駆られて口や手を出したところで、非を問われるのはこちらの方だ。

「だからなおのこと腹立たしいんだ」とルカートは子供のように拗ねて口を尖らせる。


「あの」


話しながら歩いていると、村人の一人が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。


「グレボアの駆除にいらっしゃった業者様、と、そのご友人の司祭様」

「なんでしょう、僕らに何か御用でも?」

「お、お伝えしておくべきかと思いまして、その、よければついてきてください」


様子が妙だ。

案内する村人について行くルカートと、俺も警戒しつつそちらへ向かう。

まあ、ここで襲われる可能性は低いだろうが、なんであれ用心に越したことはない。


「こちらです」


一軒の家の前に着いた。

無人のようだ、眺めているとルカートが「あれ?」と呟く。


「司祭様はお気付きになられましたか」

「ああ、まあ」

「業者様は如何ですか?」

「この家だけ被害に遭っていないようだ」


村人は「はい」と顔色を悪くする。


「ここには、以前は年老いた母親と、その息子が住んでいたのです」

「今は無人のようですね」

「息子の行方が知れなくなり、母親も後を追うように亡くなってしまったので」


それをどうして俺たちに伝えておかなくてはと思ったのか。

様子のおかしい村人は、先ほどからずっと何かに怯えているように見える。


「実は、その息子は、村長が娶ったあの娘と恋仲でした」

「えっ」

「将来を誓い合ってさえいたのです」

「そんな」


唖然とするルカートを見て、目を伏せた村人の表情に浮かんでいるのは、後悔だろうか。


「ですが村長が急に娘を妻にすると言い出したのです」

「なんてことを、まさか」

「わッ、私たちも反対しました、ですが村長は文句があるなら村を出て行けと、この家に住んでいた親子も追い出そうとして、それで」

「それで?」

「はい、それで、あまりに横暴だと皆で訴えましたら、その、村長は彼に魔物を狩ってこいと言ったのです」


話によると、村長の横行に腹を立てた村人たちは労働力の放棄という形で抵抗し、折衷案として魔獣を狩ってくるよう村長は彼に申し付けたそうだ。


「魔獣を狩ったりすることは稀にあります、私達でも仕留められるような小物だけですが、村長はそれで構わないから数を用意するようにと」

「何故そんなことを」

「村長は娘の家に結納品だと様々な金品を無理やり押し付けたのです、勿論返そうとしましたが、受け取ろうとせず、婚約破棄するなら同額分をラピで返せと言い張って」

「つまり、息子さんに借金を肩代わりし、魔物を狩って売却した金を用意するよう促した、そういうことですね?」

「は、はい、そうです」


無茶苦茶な話だ。

しかし状況を鑑みるに、彼は村長の言葉に逆らうことなど出来なかった。

だから娘のため、魔物を狩りに行ったのだろう。


「西の森へ行った彼はそれきり戻りませんでした」


案の定、といったところか。

これから向かう予定の場所でもあるし、遺骨くらいは見つけてやれるかもしれない。


「母親は息子を案じて衰弱し、間もなく亡くなりました、そして村長はあの娘と強引に式を挙げてしまったんです」

「最初からそのつもりだったような話だな」

「はい、はいそうです、だからこれは、この出来事はッ、きっと彼の復讐なのです!」


穏やかじゃない展開になってきた。

腕組みして難しい表情を浮かべたルカートの傍らで、俺も今聞いた話を含めて状況を整理しなおしてみる

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