第8話 アミーラ村の村長

こちらです、と村人の示した家は、他の家よりずいぶん見栄えがする。

村での権力を分かりやすく示しているな。

この家の外観だけで村長の人となりがある程度知れた。


戸を叩くと妙齢の女性が現れる。

装いからして村長の細君だろうか、どことなく陰りのある、儚い印象を覚える。


「おお、よもやあなたがこちらの村長でいらっしゃいますか?」

「いえ、私はあの方の、妻、です」

「失敬、奥方でいらっしゃいましたか、燐とした佇まいについ勘違いをしてしまいました」


よく言う。

だが万一村長だったとして、最初から細君かと尋ねるのは非礼にあたる。

ルカートの口八丁はそれなりに使える、このまま相手を続けてもらおう。


「僕らは依頼を受けてこちらへ伺った魔獣駆除の業者です」

「主人から聞いております、どうぞ」


促され家に入る手前で、ルカートが得意げな視線を俺によこす。

褒めて欲しいならもっと働け、この程度じゃ借金に形にすら足りない。


客間へ案内されながら、ルカートは首尾よく細君から情報を聞きだしていく。

彼女の名はレイナ。

少し前に村長と婚姻を結んだそうだ。

しかし言葉少ないレイナから、それ以上の話は出てこなかった。


「やあ、よくお越しくださいました、肉屋の方!」


客間の長椅子にかけていた小太りの男が立ち上がり、鷹揚な足取りで近付いてきた。

壮年、いや、そろそろ老齢に差し掛かろうかという男性だ。

心許ない量の頭髪を、どうにか見られるよう整えている。ミアならすげなく「ハゲ」と言い捨てそうだ。

着衣は村人たちよりずいぶん上等で、指にこれ見よがしな指輪が三つ、恐らく全て金だろう。


「お待ちしておりましたぞ、それからそちらは」

「ルカートと申します、ルーミル教の司祭の役目を賜っております」

「司祭様?」

「はい、友人の彼から話を聞き、僕にも苦境にあえぐ皆様のため何か出来ないかと、同行を願い出ました」

「それはなんとも有り難い、司祭様、感謝いたします」


依頼を受けたのは俺だが。

まあいい。

「さあどうぞ」と勧められた長椅子に掛けると、村長も卓を挟んだ向かいの椅子に腰を下ろした。


「では早速、詳しいお話をお聞かせ願いますか?」

「分かりました」


ルカートに促された村長は話を始める。

被害が起こり始めたのは半月ほど前、始めは村の近くをうろつくグレボアに気付いた村人が、撃退用の罠を仕掛けたそうだ。

だがその罠は破壊され、以後も仕掛けた罠は軒並み破壊されたが、件のグレボアは様子を窺うようにうろつくばかりで村に寄ってはこなかったらしい。


「しかしそんな状況が続いては気が休まりませんね」

「はい、なにせ相手は魔獣です、急に襲ってくるかもしれません、それで有志を募り、実力行使で魔獣を追い払ったのです」

「貴方がただけで、ですか?」

「冒険者上がりの者がおりまして、その者の力を借りてどうにか」


なるほど。

恐らくは駆除するつもりだったが、目的には力及ばず、もしくは逃げられたのだろう。

グレボアはそれから数日姿を見せなかった。

しかし―――ある晩突然現れ、村中を駆け巡りあらゆるものを破壊したそうだ。


「きっと仕返しに来たんです、あのグレボアは多分西の森からここへ来ています」

「西の森ですか」

「はい、昼も暗い森で、奥には魔樹も生えているとか、ここらに住む者は誰も近寄りません」

「グレボアの被害についてですが、どなたがお怪我をなさったり、惜しいことになった方などはいらっしゃるのですか?」

「いいえ、不幸中の幸いと言いますか、それはありませんでした」

「何よりです」

「だが私の村が破壊されてしまった!」


村長は急に声を大きくする。


「働き手が損なわれなかっただけで、村の井戸や石垣、畑仕事用の道具、それを補填するのはこの私なのです!」

「ええ、貴方はこの村の村長であられる」

「とんでもない出費だ、腹立たしい、それに我が家だって少し前に建てたばかりなのです、もしまたあのグレボアが現れて暴れて壊されでもしたら」

「確かに新しい、住み心地の良さそうな邸宅ですね」


話を逸らすルカートに、村長は簡単に乗せられた。


「妻のために建てたのです」

「素晴らしい」

「そうでしょうとも、若く美しい彼女と私は運命の出会いを果たして結ばれました、もうこの歳ですし、そろそろ跡継ぎが欲しいと思っておりましてね」

「なるほど、愛妻家であられる」

「ハッハッハ! ええまあ、アレも私に日々感謝しております、後は子を産んでくれたら文句はありません」


戸の開く音に振り返ると、村長の細君がトレイにカップを乗せて運んできた。

紅茶か、いい香りだ、上質な茶葉を使って丁寧に淹れてくれたのだろう。


「やっと持ってきたか、お前は相変わらずグズだな!」

「すみません」


誹りを受けても細君は顔色すら変えず、俺とルカートの前にそれぞれカップを置いた。


「中央から取り寄せた上物の茶葉ですよ、さあどうぞ、味わってください」

「有難う、レイナさん」


わざと名を呼び細君へ感謝を告げたルカートに、レイナは少し驚いた様子で瞬きをする。

一方の村長は僅かに渋面を浮かべたが、すぐ笑顔を取り繕って「レイナ、下がれ」と細君へ命じた。


「アレにはお客様へ出すのに恥ずかしくないお茶の淹れ方を学ばせました、まだ若いので使えないことも多くて」

「若さには伸び代があります、奥方はこれから磨かれていくのです」

「そ、そうですな、司祭様の仰るとおりです」

「無論、貴方が磨いて差し上げるのでしょう?」

「ええ! それはもう、勿論ですとも、私がしっかり躾けて、あれを妻として、女として、立派に育てましょう!」


気が良くなったらしい村長は笑い声を上げる。

やはりくだらない話はルカートに任せるに限るな。

依頼内容と報酬の確認、契約書へのサインなども手際よく勧めていく。

話している間に村長はすっかりルカートを気に入ったらしい。確かに見目のいいコイツは昔から男女問わず好意を寄せられる。


現状、話の内容などに気になる点は無い。

だがどうにも引っかかる、違和感の正体を俺はまだ見極められていない。

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