第7話 もどかしい

温かなスープで腹を満たしながら夜空を見上げる。

雲一つなく広がる暗闇の彼方で瞬く星。

あの月は明日満ちるだろう。

こういう明るい晩に野党は仕事を控える。

簡易結界の効果で魔物も寄ってこないし、想定よりアミーラまでの道程を稼ぐことも出来た。

今のところ順調だ、これなら予定通り明後日には店に戻れるだろう。


「なあエリー」

「なんだ」

「こうして君のお供をするのもすっかり慣れたけど、君はあの頃からやっぱり変わったと思うよ」

「昔の話はやめてくれ」

「そうだな、そうだった、すまない」


食後のお茶を飲んでいたカップを置いて、ごろりと横になる。

「寝るのか?」とルカートに訊かれた。


「ああ」

「分かった、火の番はしておく、適当な頃合いで起こすよ」

「そうしてくれ、おやすみ、ルカ」

「おやすみ、エリー」


目を閉じると間もなく眠気が湧く。

明日の出立は早めにしよう。

今を生きることだけで精一杯なのに、過去なんて、振り返る暇も、余裕もない。


―――夢をみた。


幼いころの記憶、俺の身長は今の俺の膝ほどしかない。

父がいて、母がいて、幸せだった。


けれど母が死んだ。

そして父も死んだ。


ヨルに引き取られた俺は、彼女からすべてを教わった。


仕事のこと、金のこと、社会の仕組み、この国について。

武器の扱い、戦い方、道具の名前と使い方、手入れ方法、どこで入手できるか。

エレメントを教えてくれたのもヨルだ。

彼女は何でもできた。

誰よりも強く、美しく、そして頼もしい、敬愛する師匠。

―――俺の親代わり。


物静かで穏やかな人だったけれど、いつもどこか寂しげな雰囲気をたたえていた。


何故戻ってこない、ヨル、どこへ行ってしまったんだ。

貴方がいなくなって、俺はまた独りになった。

独りは嫌だ、母さん、父さん。


俺を残してどこへもいかないでくれ―――


「ん」


気付くと、星空を背景に覗き込む姿があった。

月明かりを受けて輝く金髪が眩しい。


「エリー」

「ああ、そろそろ交代か、今何時頃だ?」

「夜半過ぎくらいかな、真夜中近い」

「そうか」


体を起こして、同時に目尻が湿っていることに気付く。

そういうことか。

背後の気遣わしげな気配に溜息を吐いて、目を拭い、水筒に手を伸ばす。


「じゃあ、僕は休ませてもらうよ」

「ああ」

「おやすみエリー」

「おやすみ、ルカ」


俺が寝入る前の挨拶を繰り返し、今度はルカートが横になって大判の布に包まる。

要らない世話だ、こいつのこういうところがたまに癇に障る。

ルカートは優しい男だが、そのせいで余計なことまで抱え込みがちだ。

俺なんかに構う理由をいつまで経っても話そうとしない。

それは好きにすればいいが、余計な気を遣うな。


パチパチと燃えて爆ぜる火を眺めながら欠伸を噛み殺す。

つまらないことを考えないためにも、陽が昇ってからの予定を頭の中で組み立てて過ごした。

ドーたちは近くでうずくまり、寄り添い合って眠っている。


荷物から依頼書を取り出して目を通す。

今更だが、内容に僅かな引っ掛かりを覚えて首をひねった。

特におかしな点は無い、こういった依頼はままあるし、最近も似たような件を請け負ったことがある。

しかし何だろう、この違和感。

三度読み返しても疑問点を見つけられず、ただモヤモヤとするのに焦れて、依頼書を片付けた。

アミーラに到着したら、依頼主の村長から詳しい話を聞こう。

そうすれば疑問が解決するかもしれない。


少しずつ空が白み始め、東の空に陽が差した。

ルカートを起こして携帯食で軽く食事を済ませ、片付けをして、またドーを駆りアミーラを目指す。

広がる草原の先に家の屋根が見えてきた。

まだ太陽は東の空にある、昼前に到着できたな。

あれがアミーラ村。

規模からして恐らく村民は数十人程度だろう、この辺りは何も無いから、自給自足の暮らしをしているに違いない。


「中央へ魔物駆除を打診したって、こんな辺境の村じゃ、討伐隊がいつ派遣されるか分からないもんな!」


ドーを横づけにしてルカートが話しかけてくる。


「ああ」

「やっと来ても村はとっくに壊滅、なんてことになったら笑い話にもならない」

「まあ、あの規模の村の資産価値などたかが知れているが」

「そういう言い方はよくないぞエリー、人命ほど尊いものは無いんだ、金を生み出すかどうかは問題じゃない」

「この国では問題だよ」


商業連合の住人にあるまじき思想だが、ルカートはルーミル教の監査官だからな。

実益を伴わないものに価値は無い、そんな考えに毒されていないところだけは評価できる。

ただ、ルカートに限らず、監査官は概ね教義に基づく言動のせいで何かと面倒に巻き込まれやすい。


「村に着く前に軽く打ち合わせておこう、エリー、僕は君の友人で監査官だ、村人の苦境を聞きつけ助力に参じた」

「監査官までは相違ないが、お前は借金の形として俺に労働力を提供するんだろう」

「うぐッ、それじゃ村人の信用を得られないだろう、どうせ今回も交渉事なんかは僕に丸投げする気のくせして」


よく分かったな。

俺はそういうのは面倒でなるべくやりたくない。

口が回る奴は口を、手が動く奴は手を、脚が使える奴は脚を使えばいい。

適材適所、それだけのことだ。まあ交渉の妨げになるというなら提案を飲んでやろう。


村の手前でドーを降り、近くに生えている適当な木に手綱を結ぶ。

柵を越えて村の中へ歩みを進めると、気付いた村人の一人が「あの、旅のお方ですか?」と尋ねてきた。


「我々はこちらの村長より依頼を受け、魔獣を駆除しに来た者です」

「おおッ、そ、それはそれは!」


喜色を示す村人を見て、他の村人たちも寄ってくる。

彼らの相手はルカートに任せ、俺は村の様子を窺った。

結構な被害だな。

個人の住居から、公共の井戸や石垣、策なども大分破壊されている。

この状況では日々の暮らしさえも不自由しているだろう。

多少やつれて見える村人たちは、口々に「よろしくお願いします」と繰り返しながら、俺達を村長の屋敷まで案内してくれた。


「それにしても、お宅さまは業者に見えますが、こちらは神官様ではありませんか?」

「ええ、僕はルーミル教の司祭です」

「おお」

「なんと」

「しかし司祭様が何故」

「日々慎ましやかな暮らしをおくられている善良なる皆さんが、恐ろしい魔獣に生命や財産を脅かされていると聞き、居ても立ってもいられず彼に助力を申し出たのです」

「それはまた」

「有難い」

「僕と彼は友人でして、これも何かの縁、是非この僕にも皆さんの憂いを払うお手伝いをさせていただきたい」

「ああ、司祭様、感謝いたします!」

「司祭様!」

「全ては天におわすルーミル様の思し召し、感謝ならば、我らが偉大なるルーミル様へなさってください」

「ルーミル様!」

「おお、ルーミル様!」


布教活動をするなと言いたい。

まあ、だがこれで箔がついた。村人は俺達への助力を惜しまなくなるだろう。

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