第5話 グレボアの討伐依頼

ルカは苦い薬茶とキュウリのジャムが塗られたパンをもそもそ食べつつ、俺の代わりに依頼書に目を通す。


「ああ、やっぱりか、南方のアミーラ、最近魔獣の被害に悩まされているって話を店でも聞いた」

「アミーラか、騎獣で一昼夜の距離だな」

「そこの村長からだよ、対象魔獣はグレボア、駆除の謝礼金に加えて駆除した魔獣が報酬だそうだ」

「悪くないな」

「まあ、確かにグレボアくらいなら簡単に済むだろうな」


グレボア、イノシシに似た魔獣だが、大きさは一般的なイノシシの数倍ある。

気性は荒く、雑食性の大食漢で、縄張り意識が強く、恐れを知らない。

大抵は森にいるが、稀に人の居住区域を縄張りとみなして害をなすことがあり、そういう時に駆除の依頼が入る。

毛皮は耐水、耐火性に優れ、肉はクセがあるが美味く、骨などは武器素材として、そして角には美術品としての価値がつく。

オスなら睾丸もあってお得だ、これは精力剤の材料として重宝されている。


「戦い慣れしてない村人程度じゃ太刀打ちできないだろうが、僕らなら比較的よく相手にする魔獣だからね」

「そうだな」

「でも最近被害が出ているってことは、もしかして子連れかな」

「だとすればうまみが増すな」

「そうだな、成体も悪くないが、幼体の方が肉に臭みがなくて美味いもんな」


野生動物と違い、種にもよるが、魔獣は番って子を成すことが少ない。

グレボアもそうだ、だから幼体の肉は高値で取引される。


「でも子連れは倒す時少しだけ後ろめたいんだよな」

「流石は司祭様、お優しいことだ」

「君は少しもそんな気湧かないのか?」

「魔獣にかける情なんてない」

「確かに気を抜いたらこっちが殺されるが、でも生きているんだ、命を奪う側としてそれなりの気構えを持つべきじゃないか?」

「お肉にいちいち慈悲をかけていたらそのうち何も食べられなくなりますよ」


ミアの言うとおりだな。

だったら野菜はいいのか、そのお茶の元となった茶葉は、パンの材料の麦はいいのかって話になってくる。

所詮はエゴだ、割り切るしかない。

だが主義主張は個々の好きにすればいい、俺は食べ物に罪悪感を抱かない、それだけの話だ。


厚切りのハムの最後のひと欠けを口に放り込み、カップに残っていたお茶を飲み干して、席を立つ。


「そろそろ支度しろ、用意が出来次第出発する」

「もう行くのか?」

「当たり前だ、噂になって依頼書まで届いたということは急を要するんだろう、この仕事は信頼と、口伝に広まる評価が命だ」

「そうだな、困っている人たちを見過ごせないよな」


微妙に取り違えているが、まあいい。

ルカは「風呂借りるぞ」と最低限の身づくろいを済ませに行く。

俺も支度にとりかかろうとすると、ミアが恨めしそうに「またミアは留守番ですか」と口を尖らせる。


「いいですけどね、妻として夫の帰りを待つことはやぶさかでもありませんし」

「お前には使いを頼みたい」

「えっ」

「ルカートの借金の支払いをしてきてくれ、済んだらいつも通り店番だ」

「うぐぐ、そんなことだろうと思ってましたよ、どうせ師匠は女心の分からない朴念仁ですからねッ」

「不満なのか?」

「不満ですけどお仕事はしっかりきっちりこなします! ミア、師匠の未来の妻なので!」

「適当なことを吹聴してまわるなよ、少しでも妙な噂が立ったらすぐ出て行ってもらう」

「しませんよ! いーだッ、しなくたって商店街の皆さんはミアがいずれ師匠のお嫁さんになるだろうって思ってますからね、ざまあみろだ!」


何に対して勝ち誇っているか分からないが、放っておこう。

「幾らか訊いてきます!」と足音をドスドス立てながら風呂場へ向かうミアの姿は完全に子供だ。

アレの何をどうすれば結婚なんて考えに至れるのか想像もつかない。

―――さて、仕事の支度を済ませよう。


俺が戦いの際用いる獲物は、手斧、そして爪。

比較的腕力はある方だ、バネも強く瞬発力に自信もある、力と体力にモノを言わせた接近戦を得意としている。

野営道具一式と、対魔獣戦用の道具、携帯食に水、回復用のポーションも必須だ。

それから、と胸の辺りをまさぐる。

昔ヨルがくれたお守り。

あの頃長いと思った鎖も、今では丁度いい。


ヨルはどこへ行ってしまったんだろう。

こうして依頼を受けて討伐へ向かう先で、つい姿を探してしまう。

どこかで会えるんじゃないか、見つかるんじゃないかなんて淡い期待を抱くたび、虚しさを噛みしめる羽目になる。

分かっているんだけどな。

早く戻ってくれ、ヨル、俺はずっと待っている。

ずっと貴方に会いたいんだ。


キャーッと絹を割くようなルカートの悲鳴が聞こえた。

大方風呂場だろう、ミアが何かしたか、まあ放っておいて問題ない。

頭を振って、のめり込みかけていた思考を追い払い、荷造りに集中する。


支度が済んで部屋を出ると、身づくろいを済ませたルカートが「エリー、僕も行けるぞ」と寄ってきた。

うちに置きっぱなしにしてある野外活動用の法衣、見事な金髪は緩くまとめて背中に流している。

装備は弓矢だ、姿だけならルーミル教の司祭としていかにも威厳あるように見える。


「よし行くぞ、ほら荷物だ」

「うん、預かるよ」

「騎獣はドーを使う、今回は短距離で急ぎだからな」

「ヘレとラリーか、アイツら陽気で可愛いよな」

「うちの騎獣に勝手に名前を付けないでください」


ミアが文句をつける。

荷物の大半をルカートに持たせて、勝手口から外へ出た。

住居側の屋外には騎獣を飼育している厩舎と放牧場、菜園、倉庫などがある。

店の敷地は割と広い、だからこそ、この店は街の端の方にひっそりと佇んでいる。

それで悪臭被害なんて殆どないはずなんだけどな。

改めて今朝のことを思い出して気分が悪くなる。はあ、考えても仕方ない、さっさと忘れてしまおう。


放牧場の柵越しにルカートが「ヘレ、ラリー!」と勝手につけた名で騎獣たちを呼んだ。

その声を聞いて、大型の鳥に似た騎獣が二羽駆け寄ってくる。

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