第4話 借金の形
「やあ有難うミアちゃん、可愛い子に淹れてもらったお茶は格別に美味いよ」
「そうですかぁ? まあ一応お客様ですからねぇ」
「ってうぐッ、な、なんだこのお茶、苦いッ!」
あのどす黒い茶、この前追加報酬で貰ったアレか。
ミアは「ルカさん専用のお茶です、ウチに来たら当分はこれですよ」とツンとして答える。
「うう、すごく苦い、一体何のお茶なんだ?」
「薬茶です、酔い覚ましにとてもいいと伺っています、ウチに来る時のルカさんは大抵酔っ払いなので」
「僕を気遣ってくれたんだね、優しいなあ」
「さっさと諦めて出ていって欲しいんですよ、朝っぱらから酒臭い生臭司祭に居座られても迷惑なので」
「うッ、おいエリー、ミアちゃんなんだか機嫌が悪いぞ、君何かしたのか?」
「どうしてそうなる」
「ミアの不機嫌はルカさんのせいです、師匠に絡むのやめてくれません?」
「うぐぐ」
同感だな。
しかしこれだけ情けない姿にもかかわらず、容姿だけは一切精彩を欠くことがない。
本当に見目だけはいい男だ、『美』を貴ぶルーミル教の司祭というのも、その点に関してのみは理解できる。
こいつは見た目で司祭に選ばれたんだろう。
本人は違うと否定するが、酒好き、女好きで、自分の懐勘定もできないような奴が、普通は司祭という役を授かるわけがない。
「あぁ、ミアちゃんはつれないし、エリーは金を貸してくれない、僕は一体どうすればいいんだ」
「さっさと帰ればいいと思いますよ」
「ミアちゃぁんッ」
「そのお茶飲んだら出ていってくださいね」
「待ってくれ、頼むよ、酒場の主人には今日中に支払うからエリーにつけておいてくれって言っちゃったんだぞ」
「は?」
「お前また」
俺とミアから睨まれたルカートは縮こまり、けれど急に開き直って「金がないんだから仕方ないだろ、後で必ず返す!」などとのたまう。
ため息を吐いたミアは諦めたようだ。
ルカートが「エリーッ」と俺に泣き付いてくる。
「なあ頼むよ、兄と慕うこの僕のためと思って!」
「弟に金の無心か、とんだ兄だな」
「今は手持ちが無いだけだって言ってるだろ、給金が入り次第すぐ返す!」
「それなら仕事を手伝ってもらおう、丁度依頼が入ったところだ」
「え!」と目を見開いたルカートは、更に俺に詰め寄り「どんな依頼なんだ、勿論ついて行くぞ!」と興奮気味に訊いてくる。
こいつは、いつも『こう』だ。
初めの頃こそ厄介だと思っていが、何だかんだ役に立つし、連れていかないと後でうるさいから、なるべく声をかけるようにしている。
昔からずっと変わらない。
ルカートは何かしらの負い目を俺に感じている。だが、訳を語ろうとしない。
俺も別に知りたいと思わない、こいつはお人好しで、俺に対して兄貴ヅラするのもいつものことだ。
「俺もまだ依頼書を見てない、取り敢えず食事を済ませてからだ、それまで待ってろ」
「なら僕が先に目を通しておこう、あ、でも僕も小腹が空いたな、軽く摘めるものとかないか?」
「厚かましい」
「それくらいいいだろ」
「酒の臭いが抜けないくらい飲んでいたのにか」
「ええと、これはその、昨日は知り合いの家に泊めてもらって、朝ちょっとだけ乾杯したから」
「女か」
「ち、違うよ、ハハハ!」
確実に商売女のところだな。
まあ、素人には手を出さない辺り、最低限の分別はあるんだろう。
ルーミル教の教義に禁欲の項目でもあればよかったんだが、特に色欲を禁じて欲しいと常々思っている。
焦るルカートから呆れ気味に視線を逸らしミアを見ると、ミアは肩を怒らせながら台所へ向かう。
「酒をふるまわれて追い出されたか、まったくたいした司祭様だな」
「違うって言ってるだろ、君のせいでミアちゃんにまで誤解されたみたいじゃないか」
「ミアはお前の人となりをすっかり理解しているよ」
「うぐ、大体君、ミアちゃんを預かっている立場で、責任放棄は見過ごせないぞ」
「俺はミアに対して何の責任も負っていない」
「従業員と雇用主の関係じゃないか」
「ここに置いてやる対価を労働で支払わせているだけだ」
「ま、まさか夜の相手もさせてるんじゃないだろうな」
ギロリと睨むと、ルカートは「悪かったって」と苦笑した。
商業連合と、そして南のベティアスには、奴隷制度がある。
ベティアスは近年制度撤廃の方向へ世論が動きつつあるが、商業連合ではまだ当分は無くならないだろう。
ここで奴隷は家畜や家具同然の扱いだ。
だが、家畜や家具の所有者が、所有物をどう扱うかはそれぞれ違う。消耗品とみなす者、愛着を持つ者、色々だろう。
だから一概にひどい扱いを受け、惨い目に遭っているとは言い切れないが、それでも俺は奴隷に関して、胸糞悪くて好きになれない。
東のノイクスに奴隷制度は無いそうだ。
中央では奴隷ではなく下級国民という扱いで、ある程度の権利が認められている。
北のことは分からない、あの国に関しては誰も知らない。
「俺は奴隷は持たない、性奴など尚のことだ、気に入らない」
「結構純愛派だよなエリーは」
「うるさい」
「ミアは別に、師匠だったら性奴として毎晩可愛がってもらっても全然いいんですけどね」
パンにジャムを塗っただけのものをルカートの前に置いて、ミアは嫌なことを言う。
「ですが立場が奴隷だと師匠と結婚できないので、性奴という名目の内縁の妻として、この体を好きにしてくださって構いませんよ、師匠」
「いらない」
「ミアちゃん、女の子がそういうことを軽々しく口にするのはよくないぞ」
「ルカさんはだらしない下半身をどうにかしてから、そういうことを仰ってください」
「うぐぐ、だ、だらしなくなんかない」
「昨晩お世話になったその知り合いさんとやらに、シモの世話にもなったんじゃないですか?」
「なッ、なってない!」
声を張って「ちょっとしか」と小さく続けたルカートに、ミアは呆れてものも言えないといった様子で自分の席に着く。
俺も、いい加減食事を済ませよう。
こいつらに構っていたらいつまで経っても仕事に手を付けられない。
「なあ、これさ、サンドイッチですらないな、ミアちゃんこのジャム何だい?」
「ルカさん用のキュウリのジャムです」
「俺のためにわざわざ作ってくれたんだね、有難う、どうりで青臭いと思ったよ、ん、不味くはないかな」
「どうも」
「なあエリー、依頼書見るぞ、いいな?」
「好きにしろ」
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