魔獣骨肉店

第3話 司祭様は午前様

「ミアだって経験無いけど知識くらいありますぅ、子だって孕めますよ、あーあ、師匠の種が欲しいなぁーッ！」

「いい加減にしないとつまみだすぞ」

「ちぇッ、こんな可愛いミアと一つ屋根の下で暮らしてるのに、間違いの一つも起こさないなんて、師匠の不感症！　ムッツリスケベ！」

ため息を吐いて席を立とうとすると、急に「嘘です、ウソウソ、ごめんなさいッ」とミアは必死に訴える。

本当に何度かつまみ出してやったことが利いているな。

だが学習しない、そろそろ軽口を控えるよう自重しろ。

「師匠は乙女心ってもんがまるで分かってないんですよ、あーあ」

適当に聞き流して、食事をとりつつ新聞を読む俺に、今度は「行儀が悪いですよ、師匠！」なんて言ってくる。

さっきから食いながら話し続けている奴が何を言っているんだか。

経済動向、事件事故の類、今日明日の天気に、店や商品の広告。

編集者のコラムなんかも読み物としては面白い、活字を追うのは好きだ、知識の幅が広がる。

「そういえば師匠、昨日パン屋のご主人が話してましたよ、ここからそんなに遠くない何とかって村で最近魔獣の被害が出てるって」

新聞から顔を上げると、ミアはテーブルの端に除けた依頼書を手に取り「多分これだと思います、そろそろうちに依頼があるんじゃないかって言われました」と軽く振った。

「そうか」

「中央でキナ臭い噂も聞きますしねぇ、近頃やたらと幅を利かせている商人がいるとかいないとか」

「どっちだ」

「武器商人らしいですよ、まッ国内需要はある程度枠が決まっちゃってますからね、外国への新規ルートでも確保したんじゃないですかねえ」

いるんだな、しかし武器商人なら俺の商売とはあまり関係ないな。

中央がキナ臭いのは今に始まったことじゃない、連合王国内で唯一海外と交易しているのがこの商業連合だ。

発明品でも噂でも、大抵のものはこの国から発信される。玉石混合、だからこそこの国の住人は常に真贋を見抜く目を試されている。

今度は裏の勝手口の呼び鈴が鳴った。

やれやれ、今朝は千客万来だな、今度の来訪者は一体誰だ。

「ありゃ、またですよ、今度のお客様は―――ああ～ッ」

ミアが頭の耳をピッと伏せた。

なるほど、俺も理解した。

放っておいてスープを啜っていると、鳴り続ける鈴の音にミアがとうとう痺れを切らして、俺を恨めしそうに見て席を立ち、出迎えに行く。

「はいはいはーいッ、ったくぅ、ミアと師匠の甘い朝のひと時に、今日はどうしてこうも邪魔が入るんでしょうね！」

勝手口が開く音がした。

そして。

「エリーッ！」

俺をあだ名で呼びながら飛び込んでくる姿。

「エリー」なんて呼ぶのは二人しかいない。

案の定御前様のなりだ、酒臭い、はあ、鬱陶しい。

「おはよう！　早速で悪いが、少々金を貸してくれないか？」

「おはようルカ、酔っぱらいに貸す金なんか無いよ」

「そうつれないことを言うなよ、僕らの仲じゃないか」

後から来たミアが花束を片手に「酒臭い」としかめ面で自分の鼻先をあおぐ。

「今朝小遣いをせびられて無くなったんだ」

「何ッ、奴らまた来たのか！」

「ああ」

「まったく、監査の対象だ、後で文句をつけてやる」

「余計なことはしないでくれ」

「なあ頼むよエリー、流石に教会にはつけられないんだ、金を貸してくれ、この通りだッ」

俺の隣の席の椅子を引いて勝手に腰を下ろし、頭を下げる。

その姿を眺めて俺とミアは盛大に溜息を吐く。

これはルカート、愛称はルカ。

同郷の幼馴染だが、俺がヨルに引き取られて以来の再会を数年前に果たしたばかりの男だ。

ルーミル教の司祭だが、この辺りの地域へ監査官として派遣されてきた。

国教のエノア教、海と共に暮らす者達のよりどころであるオルト教、それらを遥かに凌駕する勢力規模と信者数を誇る、天空神ルーミルを祀るルーミル教。

『美』を無上の価値と定義するルーミル教は、信仰の有無を問わず彼らの定義する悪である『醜さ』を排除するための監査官を各地へ派遣している。

別段国が公認している訳でもない、勝手な価値観の押し付けだ。

しかし派遣先では実際に浄化作用があり、監査官の働きにより未然に防がれた犯罪なども多くあるため、非公認ではあるが監査官は各地で概ね受け入れられている。

そんな監査役だが、職務上荒事に巻き込まれることも多く、皆あまり請け負いたがらないと別のルーミル教の司祭が話していた。

だがルカートは自ら立候補したそうだ。

そしてここへ派遣されてきた、派遣先もある程度は希望が通るらしいが、詳しいことは分からない。

―――俺はヨルに引き取られて以来、ルカートと連絡を取り合ったことは一度もない。

偶然にしては出来過ぎている、なんて考えたところで詮無いことだ。

ルカートは自称優秀な司祭で、実際人望厚く、こいつが教会で説教をする日は信者の数が普段の倍、とりわけ、若い女性信者が多く集まるらしい。

見目のいい男だ。

金細工かと見紛う見事な金の髪に、空の一番深い青を溶かしこんだような瞳、肌の色は白く、女顔だが面差しは精悍で逞しさも感じられる。

背も高く、体躯も立派で、精霊から力を借りて唱える高等魔法のエレメントを使いこなす。おまけに腕っぷしもいい。

だが今のルカートは、そういった全てが台無しの有り様だ。

弟分なんて呼ぶ俺に頭を下げてまで金を借りようとするなんて、ルカートを慕う信者たちが見たら唖然とするだろうな。

「黄昏の蜜蜂亭は知ってるだろ？」

「ああ、酒だけでなく料理も美味い名店だな」

「あそこで飲んでたら、隣の席の奴が交際中の女性に結婚を申し込んだんだ」

「それで？」

「彼女は涙ぐみながら了承して、店全体が祝福の雰囲気に包まれたんだよ！」

なるほど、先の展開が読めた。

半目になっている俺とミアに気付かず、ルカートは自分に酔いしれるかのように話を続ける。

「日々民草の幸福を願う司祭としては、人生で最も喜びにあふれた瞬間を祝ってやらずにいられないだろ、だからさ」

「自分の懐事情も考えず、酒場の奴ら全員に酒でも奢ったのか？」

「うぐッ、ま、まあそうだ、よく分かったな」

「ルカさんの考えそうなことですからねえ」

ミアはルカートの前にこいつ専用のカップに淹れたお茶をタンッと荒っぽく置いて、自分の席に戻り食事を再開する。