第2話 小遣い漁りのハゲとデブ

「うえっ、師匠、あのハゲとデブですよ」


顔を顰めるミアを見て全て察した。

どうしたものかと思うが、放っておいたところでいなくなるわけでもない、下手すれば戸をこじ開けてでも中へ入ってこようとするだろう。

渋々店の方へ向かい、住居と店とを仕切る戸を開いた先の店内で、カーテンを引いたガラス越しに浮かび上がる影を見て、改めてため息が漏れる。


「はい」


カーテンを引き、ガラスの嵌った扉を開く。

そこには男が二人立っている。

ミアが呼ぶ『ハゲ』の方はこの辺りを統括する自治長で、使用人を多く抱える、そこそこの商人。

『デブ』の方は行員で、税金絡みでしょっちゅう難癖付けてくる。

二人は背の高い俺から見下ろされることすら気に喰わないらしい。

相変わらずいやらしい目付きで忌々しげに睨み上げてくる。


「エリアス! また近所から悪臭の苦情が出ているぞ!」

「一昨日支払われた税金に関してだが、少々額を少なく見積もっていないか? 帳簿を見せてもらおう!」

「店長不在のこの店は、本来国に接収され、お前は無一文で放り出されても文句は言えんのだぞ!」

「それを我々が温情をかけて、君を代理店主として認めてやっているんだ、誠意を見せたまえよ、誠意を!」

「そうだ、誠意だよエリアス、ヨルは実に誠実な商売人だった、美しかったしなあ」

「んっふふ、確かに、いやいや、それだけに限らず彼女は立派な商売人だった、実に惜しいことをした」


師の名誉のため断っておく。

彼女は色仕掛けでこいつらに媚びを売ったことなどない、むしろ、度々夜の相手を迫られ辟易していたくらいだ。

ヨルがいなくなって以来、こいつらは何かと理由をこじつけ、前以上に店に集るようになった。

呆れた根性だが、こんな輩はこの国では珍しくない。


「どうなんだエリアス、何か言ったらどうだ!」


無駄だと分かってはいるが、一応反証を試みてみる。


「悪臭対策はしています、以前提出させていただいた業務を日々欠かさず行い、産業廃棄物の処理なども徹底しております」

「しかし実際臭いと苦情が届いているのだ、この私のところへ!」

「そんなことより早く帳簿を持ってきたまえ、それとも、見せられない事情でもあるのかね」

「税金の額に関しては正確に計算して一ラピも欠かさずお支払いしました、帳簿も見せて構いません、記帳は毎日正確に行い、申告の類も漏れなくおこなっています」

「では早く持ってこい! 誤りがあればその分課税させてもらうぞ!」


まったく、こいつらの相手をまともにしていては今日の予定が狂ってしまう。

仕方なく店内へ戻り、いつもの金庫に手をかける。

この中に入っているのは奴らの小遣いだ。

適当な額を封筒に入れ、それを手にまた戻り、神妙な表情を取り繕いつつ二人へ頭を下げる。


「いつもご迷惑をおかけして申し訳ありません、これ以上お二人のお時間を奪い、お手を煩わせるわけにはいきませんので」


どうぞ、これをと、差し出した封筒を二人はさも当然というように俺から奪い取り、しめしめとばかりに互いを見合わせた。


「全く世話の焼ける、だがまあいいだろう、苦情の主にはこの私自らひと声かけておこう、他に原因があるかもしれないとな」

「有難うございます」

「税金は不足なくきっちり支払いたまえよ、それがこの国の住人の義務だ、以後よく励むように」

「はい、お言葉真摯に受け止めます」

「よろしい」

「では失礼する」


さっさと行ってしまえ、このごうつくばりの外道どもめ。

金のない奴から金をかすめ取り、金のある奴には媚びを売っておこぼれにあやかろうとする。

ああいうのは儲けの道理に悖ると思うんだが、世渡り上手なんだろう、それにこんな辺境の街にまで中央が目を向けることもない。


ああ、朝からドッと疲れた。

扉を閉め、カーテンを引き、住居へ戻るとミアが労うような視線をよこす。


「アイツらまた師匠に小銭をせびりに来たんですね」

「小銭じゃ納得しない、それなりの額だ」

「ふん、ハゲとデブの分際で、師匠、ミア、アイツらヤッちゃっていいですか?」

「お前なんか用心棒に返り討ちにされるのが関の山だよ」


ミアはムスッとして「そんなことないです、ミアだってやれます」なんて言うが、身長も、体つきだって細くて小さくて、用心棒どころかあの二人にすら勝てるか怪しい。


「あッ、師匠今すごく失礼なこと考えたでしょ!」

「それより飯」

「はいはい! まあいいです、師匠は朝からお疲れですし、ミアの愛情満点な朝ご飯を食べて元気になってくださいッ」


卓についた俺の前にミアは早速料理を並べる。

厚切りのベーコンエッグ、野菜と卵のスープに、焼きたてのパン、そして爽やかな風味の温かいハーブ茶。

ベーコンエッグの卵は半熟で、潰した黄身にパンを浸して口へ運んだ。

美味いな、パンにチーズが入っている。塩の加減が丁度いい。


「美味しいですか? 美味しいですか師匠?」

「ん」


頷くと、俺の返答に満足したミアは向かいの席に腰掛けて一緒に朝食をとり始める。

―――以前はヨルとこうして食事をとっていた。

ヨルは、星のように美しく輝く長い白銀の髪に、澄んだ氷のような薄い青色の瞳をしていた。

ミアとは真逆だ、そう思うとこの光景は少し皮肉だな。

俺の髪は鋼色で、目は紫。

系統だけなら多少は似ている、だからなのか、ヨルは俺を人に紹介するとき『息子』と呼んでいた。


「いやー、これはとうとうッ、師匠もミアをお嫁に貰おうって気になっちゃいますかねえ?」

「なんでだ」

「だぁってこんなに可愛くて料理上手で、しかも床上手ですよ私ッ、ムフフッ!」

「経験無いだろ」

「当たり前です! 女子は子を孕めるんですよッ、お相手はしっかり厳選しないと」

「ああそう」

「というわけでぇ、どうですか師匠?」

「いらない」

「ええっ、でもでもぉ、やっぱり夜のお相手くらいはいた方が」

「子供が何言ってる、朝から下世話な話をするな」


年齢さえも不詳だが、恐らく十代中頃だろう、耳年増も大概にしろ。

睨むとミアはびくりと肩を揺らして、今度は拗ねて「ぶーっ」と唇を尖らせる。

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