第12話 青崎邸にて

 彼女の家は高円寺の高級住宅街にあった。

 俺たちはそこへお邪魔する。


「親は、今仕事に出かけていて……」


 可憐さんはそう説明する。


「……ある意味、好都合です」


 俺は笑う。下手な誤解や過度な説明は避けたいからな。


「黒止さんがそう言うと悪いことたくらんでるみたいですよー」

「あ、うん……あ、いえっ」

「……心外です」


 その会話を聞いて、野良猫があざ笑うかのように鳴く。おのれ。

 ともあれ俺たちは家に入る。


「……」


 玄関をくぐり、俺は足を止めた。


「どうしました?」

「強い呪詛を感じます。可憐さんにかかっているものとは違うものを」

「……本当ですか?」

「はい。別々の人間なのか同一の人間なのかは、調べてみないとわかりませんが」


 俺は目を凝らす。

 家の中は淀んでいる。

 明らかである。

 猫の声が聞こえた。飼い猫だろうか。


「こちらです」


 可憐さんが案内した部屋。

 そこは呪詛が一段と濃厚だった。


「……」


 そこのベッドに伏せっていた女性……大学生くらいだろうか。

 目が虚ろで、やせこけている。

 明らかに病魔に蝕まれていた。


 ……ふむ。

 見鬼だけでわかる。これは確実に……呪病だ。


「どう……ですか?」

「呪病に間違いないでしょう」


 俺は姉を見ながら言う。

 思っていたより状況は悪そうだ。このままなら一ヶ月持たぬやもしれぬ。


 しかし……気になるのは、彼女の上に乗っている猫だ。

 飼い猫……ではあるまい。


「可憐さん。猫は飼っているのですか」

「? いえ……」

「なるほど」


 この猫は俺のしか見えていないか。おそらくはこの世のものではない。


「猫鬼……」

「え? ダンジョン病じゃないって……」

「猫の鬼、と書いてビョウキです。蟲毒の呪法を猫を使って行うものです」


 蟲毒とは、毒蟲や小動物を壷の中に入れて共食いさせ、最後に残った一匹を使って行うという古い呪術だ。


 その呪詛は猫の形をとり、対象をとり殺す。

 一般的には獣憑きのようになるというが……彼女の場合は違うのだろうか。

 ただの病気に見せるのが目的なら、あるいは……。

 ともあれ、彼女が呪詛によって蝕まれていることはわかった。


 さて、

 整理してみよう。

 青崎可憐には、因果律低下……不運になる呪詛がかかっている。

 青崎純花には、猫鬼の呪病に蝕まれている。

 この二人にかけられている呪詛は同一犯と思っていいだろう。


 そして、おそらく……この猫鬼は自律式であり、術者が直接遠隔操作しているものではあるまい。

 もしこの猫鬼が術者と直接つながっているなら、俺が接触してきた時に何らかのリアクションを起こすだろう。


 だが、この猫鬼は対象の身体の上に乗っかっているだけだ。

 少なくとも、今の状況を術者は把握していないのだろう。


 となると……。


「一度、家の外に出ましょう」

「え……?」


 二人は不思議そうな顔をする。


「えっと……黒止さん、呪いを祓ったりするんじゃないんですか、破ぁーって」

「今、この場でそれを行ったとしても大した意味はありません」

「え……?」

「それは呪詛厭魅の原理によるものです。来てください」


 俺は二人をつれ、玄関を出る。


「……ふむ」


 定石から行って、まずは外からだろう。俺は懐から勾玉を取り出す。


「我が直霊に命ず。この地侵せし陰の気、在処を示せ」


 そして勾玉をぶら下げながら、庭を歩く。


「何をしているんですか……?」

「憑読という術です。一言で言えば振り子占法、探し物を当てる術です」

「はぁ……」


 と、可憐さんが生返事をすると同時だった。

 俺の勾玉がぴくりと反応する。


 くるくると回る。


「……此処か」


 俺はその場所を掘る。土の中から出てきたのは……。


「……これは」


 猫の、前足だった。



 ◇


 結論から言おう。

 この家を囲むように、猫の死体の部品が埋められていた。

 前足、後ろ足の四本、尻尾……全部で五つ。


「こ、これは……」

「嫌がらせ……でしょうか」


 二人は怯えている。


「いえ、嫌がらせではありません。嫌がらせなら、わかるように行います」


 名前を記した藁人形をこれ見よがしに木や壁に貼り付けたりなどだ。

 だがこれは明らかに隠されていた。


「一言で言うなら、アンテナです」

「アンテナ……?」

「はい。呪いを導き、受け止る受信機。遠隔呪詛というものは、強力な力が必要であり、こういった術具を用いる必要があります。

 類感呪術の一種であり、同じ気、念を帯びたものは離れていても繋がっているという因果律を利用したものです」


 それが同じ術者の肉体を使えばなおよい。だが自身の血肉や毛髪を使うと、自身への返しも恐ろしい。だが、このように同じ動物の肉体を使えば、より効率的な伝達が行えるということだ。

 外法の類であり、正直好きではないが。


 俺は小動物は好きなのだ。小動物から嫌われ逃げられる事が多いとはいえ、それが好きにならない理由にはならぬ。


「術者は、おそらく……この猫の頭部か胴体を用いて、手足に呪いを飛ばした。そしてこの家を手足が囲っている事で、この家の者に猫鬼の呪いが降りかかっている状態になっているのです」

「そ、そんな……」

「あれ、でも……」


 白咲さんが疑問を呈する。


「それにしては、可憐ちゃんには猫鬼の呪い……かかってないですよね?」

「その疑問は、当然です」


 呪具で家を囲い呪いをかけているなら、家の者全員に呪いがかかるはずである。

 しかしそうはなっていない。


 つまり、だ。


「家にかけられた呪いを、さらに収束し、純花さんに流している何かがあるのでしょう。おそらくは彼女の部屋、あるいは彼女の持ち物に」


 二重の受容器だ。


「それを、探さねばなりません」


 そして俺は再び、彼女の部屋に戻った。

 あとは簡単だった。

 部屋に、小さな毛皮の切れ端が隠されていた。これも猫の毛皮だ。


「この部屋に、彼女が倒れる前後に入った者はいますか」


 俺は質問する。


「えっと、私と両親と……」

「御家族はひとまずは除外しておきましょう。現時点では容疑者ではありません」


 あくまでも現時点では、だが。

 家族が呪いあう事は決して稀有な事ではない。


「うーん……お姉ちゃんって友達は多いけど……あまり家に呼ばないタイプなんです」

「そうなのですか」


 となると、夜間にでも侵入したか。あるいは……。


「例えば、エアコンの業者などが入る事はありませんでしたか」


 呪術者は、そういった業者に金を渡し、呪物を置かせる事もある。


「いえ……」


 ふむ、外れか。

 となると……。


「後は、お医者さん……ですかね」

「医者……」

「はい。ダンジョン病は、普通のお医者さんには治せませんから……」


 なので専門医に来てもらったと言う事だ。


「なるほど。そしてこの呪病をダンジョン病と診断した……ただの誤診、ではないのかもしれません」


 その医者が、この毛皮を置いたのなら。


「その医者と、会う必要があるようです」


 ――犯人やもしれぬ。

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