第11話 呪病

 日曜日。

 俺は渋谷のハチ公前にいた。

 ハチ公前は待ち合わせスポットとして有名である。

 今日もたくさんの人が……。


「……」


 いない。

 いや、いるにはいる。しかし、皆ハチ公前から離れているのだ。

 ハチ公のそばにいるのは、俺だけだ。


「……」


 視線を感じる。恐怖の視線だ。

 俺は笑顔を向ける。愛想笑いだ。


「ひっ!」


 怯えられた。


「……」


 ふむ。

 ……深く考えるのをやめよう。


「……む」


 懐に入れておいたスマホが振動する。

 白咲さんからだ。

 彼女は可憐さんと合流してからここにくるらしい。

 先に可憐さんと合流したのは、どうやら彼女を慮っての事のようだ。

 心配りが出来る少女である。


「あ、いたいた、黒止さーん!」


 声がかかる。俺は振り向いた。

 そこには二人の少女がいた。白咲さんと可憐さんだ。

 俺は笑いかける。


「……始めまして。影崎黒止かげさきくろとです」


 偽名である。


 黒止景行では黒蜥蜴ユキと同じ読みなので名乗れない。されど完全に別の名だと何かの拍子にばれるだろうということで、白咲さんが呼び慣れている黒止を下の名前ということにしたのだ。


「あ、はじめまし……て……」


 俺が笑いかけると、可憐さんが固まった。

 ここで俺は、かねてより打ち合わせしていた言葉を言う。


「モンスター「笑う黒鬼」によ似ていると言われていますが、人間です」


 先に言っておくことで、一発ギャグとして昇華してしまう……ということらしい。


「ぷるぷる。ぼくはわるい黒鬼じゃないよ」


 とどめの一撃。白咲さんいわく、これで大爆笑のはず……とのことだが。

 上手くいくようには思えぬ。


「ぷっ……い、いえ、あの時の黒鬼はそんなこといってません、でしたけど」


 彼女は笑った。

 ……受けたらしい。


「流石は白咲さん。見事です」

「でしょ?」


 少なくとも、これで気絶されたり逃げられることはなくなった。


「次より、自分の持ちネタにさせていただこうと思います」


 これで人間関係は円滑に進んでいくことだろう。


「あ、いやー……知らない人には通じなくて、滑るんじゃないかなって」


 可憐さんに駄目だしされてしまった。



 ◇


 俺たちはまず喫茶店に入り、あらためて自己紹介を行うことにした。


「初めまして。話は白咲さんと、ユキさんから聞いております」


 俺は挨拶をする。


「自分は……霊能者、のようなものです」


 我ながら、胡散臭いことこの上ないが。


「黒蜥蜴ユキの、兄弟子筋にあたるものです」

「えっと……ユキさんは今は?」

「彼女は、修行中です」

「はあ……」


 疑っているようだ。無理もあるまい。怪しいにもほどがある。


「えっと……助けてくれるって、聞いたんですけど……アイテム、もっているんですか?」

「ふむ……」


 少し誤解があるようだ。


「お姉さんのダンジョン病のことですね。ですがその前に……」


 俺は改めて、彼女を視る。


 ……彼女には、黒い霞のようなものがまとわりついている。

 間違いない。憑いている。

 これは……。


「私生活でも、不運が続いていないでしょうか」

「え……?」


 俺の言葉に、可憐さんは狼狽する。


「落ち着いて聞いてください。

 あなたは――呪われています」


 それを聞き、可憐さんは青ざめていた。

 無理もないだろう。呪いなどと言われても普通は信じられない。信じられるかそんなものは。


 だが――その表情を見るに、くだらぬ世迷言と一笑に付せぬ心当たりがあるのだろう。


「……不運、確かに続いています。最初は気のせいかと思ったけど……でも、最近はそんなレベルじゃないです」

「ふむ……」

 俺は顎に手をやり考える。


 どうやら彼女は、かなり強力な呪いの影響を受けている。

 因果律の流れを負の方向に導く呪詛。基本的だが、それゆえに効果は高い。


「黒止さん、解除できるんですよ……ね?」


 白咲さんが言って来る。

 確かに出来る。

 しかし……


「今は、慎重を期する時でしょう」

「……え?」

「呪いとは、当然ながら、呪いをかける者がいて初めて成立するものです」

「それは……そうでしょうけど」

「あくまでも推測、懸念でしかありませんが……。

 貴女に呪詛をかけている人間は、ただ単に貴女に不運をもたらす呪詛をかけただけ、ではないやもしれません」

「どういうことですか……?」


 可憐さんは不安げに眉を寄せる。

 さて、言っても良いものか。

 ……彼女に直接かけられている呪詛はあくまでも因果律低下、つまり不運になるものだけだ。傍受、監視の術式は仕組まれてはおらぬだろう。


「……ご家族の罹患したダンジョン病、本当にダンジョン病なのでしょうか」

「な……」


 俺は自分の懸念を話す。


「病気がダンジョン病でない、というのはどういう……?」


 白咲さんが聞いてくる。

 確かに、意味の分からぬ言葉であろう。


 ダンジョン病は原因不明の病だ。俺もその全てを理解しているわけではない。だが……それでもいくつかの推測はある。


「あくまでも懸念、邪推の類やもしれませんが。

 ダンジョン病は、ダンジョンがこの世界に現れた十年前より発生した新しい病気です。現代医学では委細不明、治療不可能。

 ですが、現代医学で委細不明、治療不可能という病なら……それ以前からもあったのです。

 呪病、と呼ばれるものが」

「呪病……?」


 可憐さんの言葉に、俺は頷いた。


「簡単に言うと、病気のような症状を引き起こす呪いです」

「……そのまんまですね」


 白咲さんが言う。確かにそのままである。


「呪病は表の世界の医学では原因不明、対症療法しか出来ぬ不治の病とされてきました。

 そしてそれはダンジョン病も同じ。

 逆に考えれば、こう考察も出来るのです。ダンジョン病とは、ダンジョンが仕掛けた呪いである……と。

 ならば。

 人為的な呪詛を、ダンジョン病と誤診してしまう事もありうるでしょう」


 呪詛について知らぬ医者なら、今、ダンジョン病というものが存在するこの時代……呪病をダンジョン病と診察するやもしれぬ。

 つまり、だ。


「御家族のダンジョン病は、呪病の可能性もあります」

「そんな……」


 可憐さんは顔を青ざめさせる。無理もないだろう。


「確かなんですか?」


 白咲さんの言葉に、俺は首を振る。


「先程も申したように、あくまで懸念、可能性の話です。

 ダンジョン病なのか呪病なのか、直接視て判断する必要があるでしょう。

 もし呪病ならば……」

「呪病ならば?」

「治療薬として提示された三つのアイテム、【エリクサー】【賢者の石】【ドラゴンの心臓】……それらを用いても治る確率は低いかと」

「……っ!」


 そもそもそれはダンジョン病を治療するための素材だ。呪いの解除のための道具ではない。


「それじゃあ……全部無駄で……お姉ちゃんは……」

「いいえ」


 俺は否定する。絶望してはならぬ。


「呪病ならば……呪いを解けばよい。それだけです」


 原因さえ特定できれば、呪病は決して不治の病ではない。むしろ普通の病気よりも治療しやすく、快癒も早いとすら言える。


「……じゃあ」


 白咲さんが聞く。俺は頷いた。


「ええ。まずは直接、ご家族の病状を診断させて下さい。その上で方針を定めたいと思います」

「それじゃあ、まずは」


 白咲さんが言う。


「可憐さんの家に行かないとね」


 そういうことになった。

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