第9話 ダンジョン病
青崎可憐には姉がいた。
名を青崎純花。
彼女は女子大生で、可憐と同じくダンジョン探索者であり配信者。二人でよく組んでいた。
美しく、強く、聡明で、可憐が憧れる女性だった。
そんな純花は3か月前、突然倒れた。
原因は……『ダンジョン病』。
ダンジョンと共にもたらされた弊害のひとつ、現代医学で治療不可能、原因不明の奇病である。
ダンジョン病は、名前の通りダンジョンに潜る事で発症する。
明確な罹患条件はいまだわからない。特定のモンスターか、それとも階層か、病原菌か……
解っていることはただひとつ。
罹患すると、約半年、長くても一年で死に至る。
そして、治療の方法は患者や症状によって異なり、ダンジョンで採れるアイテムや魔物の素材によってしか治癒できぬと言う事。
つまり、純花はダンジョン病を発症した時点で、治療のしようがないのだ。
少なくとも、現代医学では。
そして可憐は、姉の命を助けるため、とある医者に助けを求めた。
彼はダンジョン病を専門に診る医者であり、純花のダンジョン病を診断した医者でもある。
彼の名は
探索者としても有名であり、若いながらも医学界では天才として名をはせている人物である。
彼は変わり者だった。
自分の興味のある事しかしない、研究第一の変人だった。
天沼が提示した、純花のダンジョン病を治すために必要なものは三つ。【エリクサー】と呼ばれる、どんな難病でさえなおすと言われる霊薬。
【賢者の石】と呼ばれる、錬金術の到達点とされる石。
そして……【ドラゴンの心臓】という、ダンジョン最深部に生息するという伝説の魔物の素材。
どれもS級レア素材である。
これらを用意しないと純花を救う事は出来ない。
だが、S級レア素材は高ランク探索者でもそう簡単に手に入るものではない。特にエリクサーに至っては噂すら耳にしたことがない。
それでも、可憐はそれらを探し、ダンジョンに潜った。
探索者達にも依頼を出した。手に入れてくれたら何でもする、と。だが、結果は芳しくなかった。
S級レア素材はそう簡単に集まるものではない。……それは解っていたが、こうまで何も手に入らないと心が折れかかる。
……そして、今に至る。
◇
彼女は話終わった。
そうやってダンジョンに潜り、アイテムを探し――そして危機に陥ったということだ。
「なるほど……しかし、「何でもする」というのはいただけないかと」
軽々しく口にしてよい言葉ではないだろう。特に女性が。
「ですが……私は……」
彼女はそれでも助けたいというのだろう。
「そういえば」
俺は疑問点を口にする。
「未成年は、ダンジョンでのアイテムを持ち帰れないという法があったと聞き及びましたが」
ダンジョンから獲れるアイテム、資源、モンスターのドロップ品は高く売れる。
若者がそれ目当てに無茶をしないよう、未成年はそれらの取得・換金を禁止する法があったと思うが……。
『それな』
『あれって抜け道っていうか方法があるんだよユキちゃん』
「と、いうと?」
その疑問に白咲さんが説明した。
「えっとですね、セルフクエスト申請ってのがあるんですよ。どうしても欲しいアイテムがあれば、それを目的にしますと協会に申請。認可が下りれば、そのアイテムだけは持ち帰れると」
「なるほど」
彼女はその三つをクエストとして申請したというわけか。
「御教授痛み入ります。
そして可憐さんはつまり、その探索、あるいは探索の護衛を自分に依頼したいと、そう言うのですね」
「ええ。そうです」
可憐さんは頷く。
『あ、それいい』
『ユキちゃんなら安心だね』
『予想しない展開になってきた』
『盛り上がって来たな』
『これは期待』
『強力な味方すぎるww』
『これは勝てるな』
『人助けは尊い』
俺が可憐さんの依頼を受けたことで、コメント欄は盛り上がっているようだった。
俺は頷いた。
「解りました。依頼をお受けします」
「いいんですか? ユキちゃん」
「はい。義を見てせざるは勇無きなり、とは申しませんが……さりとて助けを求められた以上は」
断わる理由は無い。
「ありがとうございます」
彼女は頭を下げた。
「……ひとまず彼らですね。命に別状はないようですが」
可憐さんの探索者仲間たちはみな気絶している。彼らが起きるまで待つべきだろうか。
しかし待っている間にまたモンスターが沸くやもしれぬ。
さりとて彼らを俺がダンジョンの入り口まで運ぶ……というのは駄目だろう。
入り口付近までなら良いが、外に出ると俺は男に戻ってしまう。
さて、どうするか。
「おーい!」
そんな時、通路の奥から声が聞こえた。
「救援のようですね」
彼らに任せるとするか。
俺達は彼らを出迎え、事情を話した。
「青崎可憐さん」
「はい」
「今日は貴女も一旦、地上にお戻りください」
「え、でも……」
「焦る気持ちはわかります。ですが貴女は彼らの仲間です。彼らが目覚めた時、傍にいてあげてください。
術で応急処置をしたとはいえ、貴女自身も傷を負い、疲弊しています。
探索には、心身の復調が必要です。万全を期する必要があるでしょう。
それに……」
ひとつ、気になる事もある。
それはまだ、今此処では言えぬが……。
「はい、解りました。ユキさんがそうおっしゃるなら」
可憐さんは頷いた。
「御理解いただきありがとうございます。自分への連絡は……白咲さん」
「あ、はーい」
白咲さんは可憐さんと連絡先を交換する。
俺自身は連絡先を教えぬ。地上で連絡され、俺が男とバレてしまったら……まあ、俺個人は気にせぬが、白咲さんが秘密にせよと言っているからそれに従うのみだ。
「可憐さん、彼らの事はお任せいたします。くれぐれも、焦らぬよう」
「……はい。すみません、お願いします」
彼女は安心したような、それでいて悲痛な表情を浮かべ、頭を下げると地上に向けて駆けていく。
「……」
可憐さんの背を見送りながら、俺は考える。
何かがきな臭い。
何より、短い期間で三度もあのような危機に陥る……ただ「運が悪い」で済む問題であろうか。
(何かがある)
それを突き止めねばなるまい。
俺は、ポケットに入れたハンカチを握りしめた。
「……状況が変わりました。今回は一旦戻り、今後の展開を考えたいのですが」
「あ、はいそうですねー。うん、じゃあいったん戻りますけど……ごめんなさいねみなさんー」
『ああユキちゃん、またね』
『仕方ないですねー』
『おつー、次回楽しみにしてるよー!』
『残りは戻って自室で雑談配信とか?』
それは無理だ。
なにしろ俺は地上では陰気な中年男性である。
「申し訳ありません。地上での配信はするなと……家訓なもので」
『家訓かー』
『家訓なら仕方ないな』
『ええー』
『うそー』
『家訓なら仕方ない……』
家訓なら仕方ないのである。そんな家訓どこにも無いが。
そして俺達は配信を切り、ダンジョンを後にした。
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