第8話 青崎可憐

「くっ……!」


 まただ。


 青崎可憐は歯噛みする。

 彼女には目的があった。どうしても成し遂げなければならない目的が。


 だから仲間を集め、ダンジョンに潜った。

 しかし、一度目はイレギュラーモンスター、スパイラルオーガに襲われ自分以外全滅し、さらに探索者達の間で噂になっている【笑う黒鬼】に襲われた。

 二度目は、ジャイアントコボルトの群れに襲われた。その時は謎の少女に命を救われたが、しかしみな倒れたので引き返さざるを得なかった。


 そして三度目、今度こそ――と思ったのだが。

 レアモンスターのアイアンオークが五体だ。

 どうなっているのか。


「お、おい……これ大丈夫か?」

「……この数で囲まれたらさすがにヤバいか」


 仲間の探索者達が青崎可憐に不安げな声をかける。

 だが、彼女はここで諦めるわけにはいかなかった。

 だから叫ぶ。


「お願い! 戦えなくなったら置いていって良いから!」

「はあ? おい、お前何を――」


 青崎可憐は探索者達に背中を向けたまま走り出す。

 そしてアイアンオークに向かって全力で飛び掛かった。


「……っ!」

 空中でスキルを使い加速する。


「――っ!?」


 勢いよく飛びかかったものの、アイアンオークはそんな青崎可憐に向かって拳を振るった。

 その巨体から繰り出される一撃は強烈で、とてもか弱い少女が受けていいものではない。

 だから咄嗟に横へ全力で飛んだ。しかし完全にかわすことはできずに脇腹を掠める。


「ううっ!」


 その衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「お、おい! 大丈夫かよ!?」

「馬鹿、よそ見するな!」

「うっ、うわああああっ!」


 探索者の一人がアイアンオークに殴られ、もう一人が助けに行こうとしたところに別のアイアンオークの拳が叩き込まれた。


「っ……」


 そんな光景を見ながら、可憐は唇を噛んだ。


(私が……弱いから……)


 自惚れていた。


 ダンジョンを探索できる能力を得て浮かれていた。

蒼穹のの守護精霊ブルースプリガン】などと呼ばれ、もてはやされ舞い上がっていた。

 しかし、その結果がこれだ。

 結局何も変わっていない。あの時から、自分は一歩も前に進めていないのだ。


(また……なの……?)


 嫌だ。それは嫌だ。

 もうあんな思いはしたくない――


(……いや!)


 だから立ち上がるのだ。こんなところで挫けていられない。自分には目的があるのだ。そのためにはこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。

 ここでは死ねない。死ねないのだ。


 だが現実は非情だ。もはや仲間は全員倒れた。


「……っ!」


 アイアンオークがこちらを見る。その瞳には明確な殺意があった。

 殺されるのか、と思い背筋が冷たくなった。だが――


(まだ……死ねない……!)

 必死に立ち上がり、もう一度アイアンオークに向かって行く。しかしやはり簡単に避けられカウンターの一撃を食らった。


「ううっ……」


 もう立っていられなかった。その場に倒れてしまう。


(ここまで、なの……?)


 諦めかけたその時だった。


 足音が聞こえた。

 そして、目の前に飛び出る小柄な影。

 炸裂音と、衝撃。爆砕したアイアンオークの破片が顔に当たる。


(え……?)


 可憐は目を見開いた。アイアンオークが吹き飛ばされている。いや、正確に言えば蹴り飛ばされていた。


「――ご無事ですか」


 そして、そこには。

 かつて自分を救ってくれた少女――黒蜥蜴ユキが立っていた。



 ◇

「――ご無事ですか」


 俺はアイアンオークの一体を蹴り飛ばし、言う。

 どうやら間に合ったようだ。倒れている探索者達も生きている。


「ふむ」


 改めてアイアンオークを見る。

 アイアンオークは本来、こんな場所に出るモンスターではない。いや、それを言うなら最近、モンスターの出現がおかしい気がする。

 何かが起きているのだろうか。


 もしかして――『奴』の仕業なのだろうか。

 いや、考ていても詮は無い。今は目の前のモンスターだ。


「ギイイ!」


 アイアンオークが拳を振るう。かなり速い。だが、今の俺にとっては遅すぎるくらいだ。

 半身をそらして避けると、がら空きの腹部に蹴りを放つ。爆発音と共に吹き飛んだアイアンオークは壁に叩きつけられ動かなくなった。


 残り三体。


「ギイイイ!」


 アイアンオークが他の仲間を置き去りにして一斉に飛び掛かってくる。だが、遅い。

 一体目に向かって踏み込み、その勢いのまま顔面に拳を叩き込む。二体目の攻撃を屈んでかわし足払いをし、倒れた所を踏みつけて動きを封じる。

 そしてそのまま三体目の拳をかわし、


「ぬんっ!」


 胸ぐらを掴みアイアンオークの一体に向かって投げ飛ばした。


「クゲアッ!」


 二体はぶつかり、砕ける。

 あと一体。


「燃えろ」


 瞬間、俺の手から炎の奔流が放たれた。それはアイアンオークの全身を包み込み燃え上がらせる。断末魔を上げる暇も与えず、アイアンオークは灰になった。


「……これで良いか」


 辺りを見渡せばアイアンオークがいないことを確認し、俺は振り返って可憐の方を見る。


「大丈夫でしょうか?」


 そして、彼女に向かって手を伸ばしながら言った。


(……うん?)


 しかし彼女はなぜか呆然とした様子で固まっている。どこか怪我をしたのだろうかと心配になり近づくと――


「あ、ありがとう……ございます」


 彼女はおずおずと手を伸ばしてきた。俺はその手を掴み、引っ張り上げる。


「怪我はありませんか?」


 一応訊いてみるが、彼女は首を横に振るだけだった。どうしたのだろうか。


(む?)


 見ると彼女の脇腹傷がある。


「失礼」


 俺は彼女の腹に手をやり、ハンカチでその傷を拭き、術で傷をふさいだ。


「……やっぱり……」

「はい?」

「あの時の……えっと、ユキさん……ですよね?」

「はい」


 彼女は何やら思い出したようだ。それから、俺の頭の先から足の先までを見て言う。


「どうしてここに……」

「探索です」


 俺は素直に答えた。


「あと、配信も始めたのです。

 それよりも、彼らも手当てしなければ」


 俺は倒れている探索者達に近寄り、そして癒しの術を行う。

 ……ふむ、どうやら大事は無いようだ。


「黒……ユキちゃーん! 大丈夫ですかー!」


 白咲さんが追い付いて来た。


「はい、無事なようです」


 俺はそう答える。


「よかった……って、可憐ちゃん!? ユキちゃん、また可憐ちゃん助けたんですか!? 三度目ですよ!」


『二度目じゃね?』

『二度目ですよ相方ちゃん』

『まあ可憐ちゃんが危ない目に遭ったのは三度目だけど……』

『なんというめぐりあわせ』


「ええ、二度目ですね」


 実際は三度目である。まあ、黒蜥蜴ユキとしては二度目であるが。


「……差し出がましいようですが、貴女にダンジョンは危険ではないでしょうか」


 なにしろ三度、危ない目に合っているのだ。


『いや可憐ちゃん確か普通に強いよ?』

『流石にスパイラルオーガやジャイアントコボルトの群れやアイアンオークの群れ相手だとピンチになるのは当然だけど』

『つかそれらを単体で殲滅できるユキちゃんがおかしいからね?』

『物差しを合わせよう』

『可憐ちゃん一応大物です』


「そうなのですか、失礼しました。ご容赦の程を」


 無知を晒してしまった。

 しかしそういう強者であるなら問題はあるまい。今回はたまたま不運だっただけなのだろう。二度あることは三度あるというしな。


「では、我々はこれで」


 俺は踵を返した。

 しかしその時だった。


「あ、ま――待ってください!」


 少女から声がかかる。


「何でしょうか」

「あ、あの……二度も助けていただいて、本当にありがとうございます。お礼も出来なくて……」

「気になさることではありません。お構いなく」

「あの……せめてお礼をさせてください! でないと私の気が済みません!」


 彼女は俺の手を握って言った。だが――


「いえ、それは結構ですので」


 そう言ってその手をやんわりと離し、断った。


「子供はそのような事を気にするものではありません」


『同年代では?』

『ユキちゃんロリババア説浮上』

『まあ確かに強すぎるし可能性はある』


 ふむ、失言か。まあよい。


「……」


 可憐さんはしばしうつむき、黙る。そして顔を上げて言った。


「あ、あの……何度も助けていただいて、その上で……失礼を承知で言います。

 お願いします、助けてください……!」

「わかりました」


 俺は二つ返事で返す。


『即www答wwwwwww』

『さすがユキちゃんさん、でもちょっとは考えてwwww』

『人情派だな』

『可憐ちゃんも「え、マジで?」って顔してるよ』

『袖強請り合うも他生の縁というし』


「自分には、貴女を助ける理由はありません」

「えっ……あ、はい、そうですよね……」

「ですが、見捨てる理由もありません」

「……」

「ならば、助けを求められたなら助けるが道理でしょう。自業自得です」

「えっ……え?」

「自業自得。己の行いは己に返る。貴女が助けを求めた、だから助ける。自業自得です」

「ユキちゃーん。何言ってるかわかんないですよー」


 白咲さんが言う。ふむ、わかりやすく説明したつもりだったのだが。


『何言ってんだユキちゃんwww』

『ユキちゃんさん、言葉が足りない』

『つまりあれだよ、可憐ちゃんが助けを求めたから助けてあげるってこと』

『助けられることが自業自得とか初めて聞いたわwwww』


「……まあ、彼らの言う通りです。

 差し当って、詳しい事情をお教え頂ければ。配信中で都合が悪いなら、後日にでも構いまませんが」

「い、いえ……ここで。えっと、私のリスナーさんたちも知ってる事ですから……」


 その言葉に、白咲さんも心当たりがあるという顔をする。


『あれか』

『ああ、あの……』

『あー』


 リスナー達もだ。知らぬは俺ばかりか。寡聞を恥じ入るばかりである。


「お聞きしましょう」


 そして、彼女は、青崎可憐は話し始める。


 彼女が、何を探し求めているかを――

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