第7話 新宿ダンジョン上層
「ギギッ!」
眼前に出たのは、大きなネズミであった。
大きさは大型犬くらいか。尾も含めればもっと大きい。それが十体ほど。
モンスターの名は『デーモンマウス』。
黒い体毛に覆われたネズミのような外見の、モンスターである。
こいつらが厄介なところは、その攻撃力と素早さだ。攻撃力は大した事ないが、すばしっこいので当てにくい。そして素早さはゴブリン以上だ。
そのデーモンマウスが、俺に殺到した。
「はっ!」
だが遅い。俺は既に術の準備を終えている。
「……はっ!!」
直後、俺の目の前に火炎の矢が現れ、デーモンマウスに襲いかかる。
紅蓮弓神咒。火の精霊の力を借りた【陰陽術】の火行の術である――ということにしている。実際はスキルではない、俺個人の呪術だ。
「ギッ!?」
炎の矢が直撃し、デーモンマウスは吹き飛んだ。しかし、まだ全滅ではない。
「――ふんっ!」
続く俺の攻撃。デーモンマウスに跳びかかり、抜いた銅剣でその首を刎ねた。
「……ふっ」
さらに襲いかかってくる別のデーモンマウスをもう一本火矢で迎撃。更に銅剣で斬り伏せる。一匹二匹と仕留めていく。
だが、さすがに数が多いか。
「危ないユキちゃん!!」
白咲さんの声。次の瞬間には俺の背後にデーモンマウスが迫っていた。背後を取られたということか。
しかし問題ない。むしろ好都合だ。
「……ふっ!」
俺は振り返り様に銅剣で斬りつけ、デーモンマウスを斬り伏せた。
「ギィィッ!?」
デーモンマウスは断末魔をあげて倒れ、ダンジョンの床に吞まれて消え去った。
『今の見えたか?』
『速すぎて何やってるのかわからん』
『ユキちゃん強いな』
コメントが流れている間も手を動かし、デーモンマウスを次々と仕留めていく。そう時間がかからず、デーモンマウスは全滅した。
「ふぅ……」
俺は呼吸を整えた。戦闘終了だ。これでひとまず安心である。
『やっぱユキちゃんつえーわ』
『何やってんのか全然わからんかったけど、強いのは間違いない』
『あの数を瞬殺……』
『無詠唱かよ』
「お疲れ様でしたユキちゃん」
「ありがとうございます、白咲さん。リスナーの皆さまも、応援ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
「いえいえー」
白咲さんはにっこり微笑んだ。
『気にすんな!』
『かっこよかったぜー』
『強いのはわかってたからなw』
『ユキちゃんかわいい』
『結婚しよ』
『おいバカ空気読め』
コメントが賑わっている。なるほど、こそばゆいが悪くはない。
「さて、では先に進みますか。白咲さん、行きましょう」
「はーい」
俺たちは再び歩き出した。
デーモンマウスを全滅させた俺たちは、その後も順調に探索を進めた。
第二階層でもゴブリンやホブゴブリンといったモンスターと遭遇したが、特に苦戦することもなく勝利した。
そして第三層ではオークとも遭遇し戦闘になったのだが、これも問題なく始末できた。
「しかしユキちゃん強いですよねー。秘訣ってあるんですか?」
白咲さんが聞いてくる。
ふむ。どう答えるべきか。嘘はよくないな。
「日々の鍛錬が第一です」
「鍛錬ですかー。どんなことしているんです?」
「そうですね……基礎訓練として、筋トレやランニングなどを。そして瞑想です」
「え、瞑想ですか」
「はい」
『草』
『まあ間違ってはいない』
『筋トレとランニングはわかるけど、瞑想?w』
『瞑想って……精神修養?』
「ああ、失礼。瞑想というと禅の修行などを連想しますね。
自分が行っているのは能動的瞑想……イメージトレーニングといった方がよろしいでしょうす」
「イメトレなんですかー」
「はい。そうですね……なんと説明すればよいか」
俺は思案する。
「夢、です」
「え? 夢?」
「はい。みなさんは、夢の中でこれは夢と認識し、自在に動くことが出来た経験があるでしょうか。
自覚夢、明晰夢というものです」
「あー、私はあります」
『あるぞ!』
『俺はない』
『何それ怖い』
『夢は見とるが覚えてないな』
「それを、起きたまま行うのです」
「え……?」
白咲さんはポカンとしている。
「自身の想像力で風景、世界を想像し、そのイメージの世界で動き回る。真に想像力……イメージ力を強く働かせることが出来れば、人間はイメージを現実のものとして認識できるのです。
自らが想像したイメージに触れ、感じることが可能なのです」
「いやそんな……無理でしょ?」
『さすがに嘘だろ』
『いや、一理あるぞ。俺も夢と似たような経験ならある』
『そんなことあるのか……』
「想像を現実のように見て、触る。それは寝ている間に夢で行っている事。
同じ脳が行っている事ならば、起きたまま出来ない理由はありません」
そんなこと、出来るはずもない。
そういう凝り固まった固定観念が邪魔をするが、しかし出来るのである。
「そのイメージ訓練を行う事で、想像の精度が増し、イメージの鮮明さが増せば、より明確なイメージを構築することが出来ます。
術の精度は全てはそのイメージによって決まりますから」
術の力を強くするためのイメージ訓練には他にも方法、コツがある。
しかし大事なのは日々の瞑想、その積み重ねである。
「肉体も精神も、たゆまぬ日々の努力と地味な継続こそが肝要なのです」
『なるほど』
『納得できるか?これ』
『わからんでもないが、出来るとは思えん。脳の処理能力を超えとるだろ』
『そりゃな……』
『そりゃそうだw』
『つまりユキちゃんは化け物?』
『強いってことだよ』
『だな』
「確かに普通に考えれば難しいでしょう。しかし、想像する事は誰にでも出来る。それをただ繰り返すだけです」
まあ、その「ただ繰り返すだけ」が難しいというのは確かにそうではあるが。
まず、初心者はこれが出来ぬ。
『瞑想以外に何かやってる?』
『瞑想以外なら何やってるんだろ』
「そうですね……瞑想の他には、後は武術の型稽古などもやっています」
『あー、それでか』
『なるほどな。イメージトレーニングと武術の訓練が合わさってるのか』
「……っと、お喋りばかりしてもいられませんね。
先を急ぎましょう」
「はい!」
俺たちは探索を再開した。
『そういやユキちゃんって普段はソロなの?』
道中、リスナーの一人が質問してきた。
「はい。白咲さんに誘われるまでは、基本一人で活動していました」
古巣には仲間と呼べる者もいたが、今は距離を取っている。
「お一人だと、何かと寂しいのでは? ソロでの活動は危ないし」
『それな』
『ユキちゃんに何かあったら困る』
コメント欄にも白咲さんの意見に賛同する声が多い。
「いえ、その心配はありません。自分一人の身を守る事ぐらいは出来ます故」
『そりゃ可憐ちゃん助けたりさっきの戦いっぷり見たらな』
『危ないって何でしたっけ』
『俺もダンジョン潜ってるけどユキちゃんに勝てる気せんぞ』
『はたから見てても最強クラス』
最強、か。俺自身はそうは思わぬがな。
強さとは流動的であり、状況や組み合わせによって如何様にも変わるものだ。
最強を自負していた者が、取るに足らぬ相手に倒される事も決して少なくはない。
「自分など、まだまだです」
『謙虚だな……』
『ユキちゃんかわいい』
『でも強いのは確かだろ?』
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
その時だった。
「……む?」
「どうしましたー?」
「戦闘の気配がします。そして血の匂い」
『えっ』
『マジ?』
『マジか』
「近いですね」
俺は立ち止まった。そして意識を集中する。
前方約三十メートル程の地点、そこにモンスターが五体ほどいる。
これは――
「アイアンオーク」
俺は呟いた。
『アイアンオーク?』
『オークの変異種で角質化した皮膚が鉄みたいに硬い奴』
『ああ、あれか』
そう、ダンジョン内でたまに遭遇する事がある魔物だ。鋼鉄の身体を持つ豚のようなモンスターである。
このレベルの階層には出ないはずだが――
「五体ほどいるようです。恐らくは戦闘中かと」
「えっ、どこです?」
「こちらからは見えませんが」
『気配察知スキルか』
『ユキちゃんマジ有能だな』
そして俺たちはそこに向かい始めた。
少し進むと、それが見えた。案の定戦闘中だった。アイアンオークとの闘いだ。
そして、対峙している探索者達は……押されている。
立っているのは一人だ。三人ほど倒れている。
死んではいないが、危険だ。
既視感が酷いな。この間も似たようなことがあったが……。
「助けに行きます。白咲さんはここで」
「う、あっ、はい頑張ってください!」
俺は駆け出した。
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