第5話 呪術師
「呪術……師……?」
「はい」
白咲さんは俺の言葉を反芻する。
「あはは、やだなーもう黒止さん。そんなのいるはずないじゃないですかー。呪術師なんて漫画かラノベだけの話ですよ、フィクションですっ」
「かつては、モンスターが出没し、その中ではスキルが使えるというダンジョンも、フィクションの出来事でした」
俺は言う。
十年前のダンジョン事変まで、そのようなものの存在は誰も信じていなかった。
――少なくとも、表の世界では。
「ダンジョンやモンスターがあるのに、どうして呪術師がいないと断言できるのでしょう」
「う……た、確かにそれは……そうですけど」
「知られていないだけで、実在していたのです。遥か昔から、異能の者も、そして異形の者、怪異も」
呪術や魔術などは実在し、それが一般人の目に入り耳に届き、物語として広まった。
あるいは、物語であるという形で広めることで、隠したのやもしれない。
「じ、じゃあ……あの時の火炎攻撃ってスキルではなくて」
「呪術です。厳密には
「えっと……マジですか?」
「マジです」
そして俺はテーブルに置いてある皿の、串団子を食べた後の串を手にとる。
そして視線を送り、念をこめる。
それだけで、串に火が灯った。
「う……わっ!?」
「ここはダンジョンではありません。スキルは使用できない。つまりそういうことです」
【火炎】スキルの類ならばここでは使えない。
「う、うわー。うわーうわーうわうわうわー」
「どうしました」
「どうしました、じゃないですよっ! す、すごいじゃないですか黒止さんっ!」
いきなりテンションが上がった白咲さんに、俺は戸惑いを隠せなかった。
だが彼女は構わず、俺の手を握ってぶんぶん振りながら言う。
「そんなの本当にいるなら、漫画とかラノベみたいなことが実際にできるってことですよねっ!? すっごーい! かっこいいー!」
「ダンジョンがあるこのご時世に、今更だとは思いますが」
「それでもですよっ!」
彼女は興奮した様子のまま、俺の肩を揺さぶってくる。
「黒止さんすごいっ! すっごいですっ!」
「はぁ……ありがとうございます」
スキルについて不審がられたから誤解を解くため答えただけなのだが、ここまで感嘆されるとは思わなかった。
ダンジョンが現れたせいで、呪術や魔術といった異能の力も世間に浸透したのではと思っていたのだがな。
事実、十年前にダンジョンが現れた頃は呪術の世界でも大変だった。
隠し秘めれるべき神秘が神秘たりえなくなってしまう、と。当時はダンジョンを全力をもって滅ぼし封ずるべきとの意見も多かった。
しかし、呪術師たちも一枚岩ではない。様々な流派が存在し、意見思想も違う。ダンジョン推進派もいたし、この機に乗じて表の世界に乗り出すべきという意見もあり、武力衝突も何度も起きた。
ダンジョンを封ずるべく呪術師たちが動く一方で、それを阻止するべく怪異たちも暗躍した。
俺はそんな混乱の渦中にある世界で、呪いを祓い魔物を討つことに専念していたのだった。
懐かしい話だ。あの頃は若かった。
ちなみに『雪桜』のマスターとはその頃からの付き合いである。
「あ、でも……そういうこと、話していいんですか?」
白咲さんが聞いてくる。
「と、申しますと」
「こういうのって、一般人には知られちゃいけないとか、そういうのがパターンじゃないですか、漫画やラノベでは」
「ああ……」
彼女の知識はどこまでも漫画やラノベ準拠らしい。しかしそれは決して馬鹿に出来ぬものだ。俺達もそうだったし、師匠の時代もそんなものだったと聞く。明治や江戸の時代でもそうだったらしい。
「別段、問題ありません」
「そうなんですか?」
「貴女が初見で簡単に信じなかったように、多くの人は信じないでしょう」
笑われるのがオチだ。そして――
「何より、今はダンジョン時代。地下に潜れば異能はそこらに存在します。貴女だってそうではありませんか」
「それは……そうですけど。うん、そうですね……」
「はい。そういうものです」
無論、一般の者に決して伝えてはならぬ事もある。しかし、呪術があるという事自体はかつてよりは禁忌の秘事ではなくなっているのも事実だ。
ましてや、俺は組織を追放された身。今更組織の戒律に縛られる事も無い。
俺があの者を探しているのはけじめのためであり、組織に戻るためではないしな。
「ただ、できればこのことはなるべく他言無用を心掛ける感じでお願いします」
「勿論もちろんですっ。言ったって誰も信じてくれませんしね……」
白咲さんが苦笑いする。
彼女とて、俺がこの場で串を燃やさねば信じなかっただろう。
「となると、配信ではユキちゃんはやっぱり「【火炎】と【サモンモンスター】のスキル持ちの美少女」という事で通したほうがいいですね、やっぱり」
「まあ、そうでしょうか」
「はい、そっちのほうが変身ヒロインっぽくていいじゃないですか!」
「……」
ふむ。
このスキルで少女の姿になる事に忌避感は無い。いや、無かった。
だが……。
改めてそういうふうに形容されると、言いようもない嫌悪感が湧いてくる。
「……自分は、変身ヒロインですか」
「顔怖っ! そんなひと睨みで人を殺しそうな顔しないでくださいっ!」
「失礼」
いかんな。少し動揺していたようだ。
俺は気を取り直すと、彼女に告げた。
「……変身ポーズ、練習しておくべきでしょうか」
「ごめんなさいそれだけはやめてください私が悪かったです二度と変身ヒロインだなかていいません」
懇願された。
解せぬ。
「と、とにかく……その方向でいくとして、今度の土曜にまたダンジョンに行きましょう、それまでに準備しておきますから!」
「準備、ですか」
「はい。せっかくなんで動画を作っておこうかと。ふふふ、少ししか材料ないですけど、こないだ潜った時に撮ったじゃないですか」
「ああ、そうでした」
ジャイアントコボルトの群れに襲われた少女を助けた後で、撮るのを忘れていた事に気づき、帰り道の間に撮っていたのだ。
「あの動画はアーカイブも消してチャンネル仕切り直しということで……短いですけど撮った動画を編集して、「今度の土曜日に黒蜥蜴ユキがダンジョン攻略生配信します!」と動画を流すんです!
ふふふ、このビッグウェーブに乗れば、登録者集まりますよ!」
「なるほど」
うまくゆけばよいのだが。
「配信動画についてはよくわからないので、お任せします」
「任せてください! あ、動画が出来たらネットに流す前に一度黒止さんに確認とってもらいますね」
「ええ。構いません」
「じゃあ、私これから早速動画の編集するので、帰りますね! さーて、可憐ちゃんが撮った動画は確か切り抜きOKだったよね、そっちも素材に使えるかなー? 宣伝文句はどうしよう……」
そう言って彼女は奥に引っ込んでいった。
……さて、妙な流れになった。
しかし、まあ問題はあるまい。
となると、今週はダンジョン探索はやめておいた方がよいだろうな。あのスキルの問題点の対策もまだ済んでいない。
俺は会計を済ませると、帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます