第4話 黒蜥蜴ユキ

 彼女の名前はすぐにネットに轟いた。


 無理もない。

 百万のチャンネル登録者数を誇る美少女ダンジョン配信者、青崎可憐の危機に颯爽と現れ、最低でもふたつ、おそらくは三つのスキルを操りモンスターの群れを一瞬で撃退し、可憐たちの傷を癒し命を救った。

 動画にはそのシーンがすべて残っているし、何より彼女の容姿そのものに注目が集まった。

 青崎可憐に並ぶほど美しい少女が、あれほどのモンスターの群れを一方的に蹂躙していく様を見せつけられ、世間は湧いた。


 黒蜥蜴ユキ。


 その少女の名を様々な人々が検索したが、彼女の情報は驚くほど出てこなかった。【天下布武】や【朱色の聖賢】といった探索者クランの隠し玉ではという噂が飛び交ったが、どのクランもそれを否定した。


 では無所属の在野の探索者なのか。

 それともダンジョン探索者協会直属の機関員なのか。

 あるいは……。


 さまざまな憶測が飛び交ったが、答えは出なかった。


 それが今、世間の話題をかっさらいつつ掲示板やSNS上で議論されている謎の少女――黒蜥蜴ユキだった。


 その一方で、彼女が鮮烈デビューを果たした同日に、ダンジョン出入口で全裸になった顔の怖い男の話もちょっとだけ話題になったが、その変態と彼女を結び付ける者はいなかった。


 いるはずもなかった。




 ◇


「……という事になってるんですよっ!」


 喫茶店『雪桜』にて、白咲さんが興奮した面持ちでそう語った。


「ふむ。これは、また……とんでもないことになっていますね」


 俺は団子を嗜みながら答える。

 なるほど、今日の日替わり団子はバターあんの団子か。串団子に餡子をのせ、その上にバターをのせている。緑茶にもあう。絶品である。


「マスターの腕は、相変わらず中々のものですね。感服です」

「そっちじゃないですよっ!」


 店の料理を素直に褒めたのに怒られた。解せぬ。


「――男には、譲れないものがあります」


 マスターの料理の腕、茶の点前は極上だ。それを否定する事は出来ぬし、許されぬ。


「ダンジョンでは女の子のくせに」

「……それを言われると」


 事実であるから困る。


「とにかくっ! ユキちゃんが話題を独占してるんですよっ!」

「黒蜥蜴ユキ……ですか」


 確かにクロトカゲユキと名乗ったが、俺は黒止景行であって黒蜥蜴ユキではない。

 しかし、確かに少女からクロトカゲユキと名乗られれば、そう取ってしまうのも致し方ない、か。


「これからは、俺は黒蜥蜴ユキとして生きるしかないのやもしれぬな……」


 あくまでもダンジョンのみであるが。

 あのスキル【女体化】は常時発動スキルだ。ダンジョンに足を踏み入れるとどうしても少女になってしまう。

 スキル無効化のスキルでもない限り、俺はダンジョンでは少女のままである。

 幸いに、戦闘力に問題はなかった。


「となると、配信で改めてユキちゃんとして売り込むしか……ないですね!」


 白咲さんは拳を握る。


「気合い、はいっていますね」

「そりゃそうです!」


 彼女は力説した。


「ダンジョン配信は今大人気のエンターテインメントなんですよ、そして登録者数100万超えの配信者は正しくトップスターなんです。たとえば【聖なる歌姫セイレーンプリンセス】藤見沢夕菜ちゃんや【迷い家の主マヨイガマスター】キチクとか、【氷雪の悪役令嬢ブリザードフロイライン】氷月アイリ様ですね、【蒼穹のの守護精霊ブルースプリガン】青崎可憐ちゃんもその一人で……」

「なるほど」


 名前を言われてもよくわからないが、みな有名人なのだろう。


「その可憐ちゃんを颯爽と助けた事で、今ユキちゃんはすごくバズって有名になってるんです、乗るしかないんですよこのビッグウェーブに!」

「……ひとつ、問いたいのですが」

「なんです?」

「バズる、とは何でしょうか」

「そこからですかっ!?」


 そう言われても、知らぬ言葉は知らぬ。


「推測するに、バズーカが語源と見受けますが」

「違います」

「むう」


 違ったらしい。


「バズるってのは、一言で言ったらネットで人気が出て話題をかっさらっている、ってことです。虫がたかるように色んな人が話題にすることから、バズ……虫が語源といわれてますね」

「なるほど、勉強になります」


 若者文化とは奥が深いものだ。


「とにかく、今を逃すともう後がないですよ! ユキちゃんは一躍時の人になって、動画投稿サイトで超人気者になります!」

「ふむ」


 別段人気者になりたいわけではない。

 しかし、目的のために名を売るのはやぶさかではない。元々、そのために先日は彼女と組んだわけだしな。

 むしろ、この俺の身元を隠して、名声を得ることが出来ればそれは有利に働くだろう。


「遠くないうちに、また黒蜥蜴ユキとしてダンジョンに潜り、それを白咲さんが動画配信し、バズる事を目指す、と」

「そうです! 絶対いけますよ!」


 白咲さんは目を輝かせる。


「ユキちゃんなら、絶対いけます!」

「そうですか」

「ええ! スキルも多彩ですし!」

「といっても、【老化停止】と【女体化】という外れスキルですが」


 ずっとダンジョンに籠って生きるなら、文字通り新しい人生を生きられるスキルやもしれぬが、生憎と俺はずっとダンジョン内で生きるつもりは毛頭ない。


「またまた~。他にもスキル隠してるんでしょ? ネットでもダブルとかトリプルとか言われてましたし!」

「いいえ」


 俺が得たダンジョンスキルはふたつだけだ。


「でもあの時、炎とか使ってたじゃないですかー。【火炎】スキル、それに白虎を召喚したので【サモンモンスター】か【モンスターテイミング】と見ました!

 そしてずばり、【スキル隠蔽】もあるんですよね!

 探索者カードには【老化停止】と【女体化】しか記載されていなかったけど、実は複数スキル持ちのチートさんで、外れスキルのみ記載してると見ました! もしかしたら【老化停止】も実は隠蔽で表記を改ざんしているとか……」


 彼女は矢継ぎ早に言うが、しかしそんな事実はない。

 なにやら誤解が生じているようだ。


「白咲さん」

「はい」

「完全なる誤解です。自分のスキルはふたつのみなのです」

「そんなはずないじゃないですか! スキルが無いならあんなことできませんよっ」


 ふむ。

 誤解はそれか。


「出来るのです。自分は――呪術師ですから」


 俺は静かにそう告げた。

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