第12話 助け
恐怖心で動けなくなっている。俺のせいで周りを巻き込んでいるという事実も
今の俺じゃ
なんで、と思う。自分の心配をしてくれよ。俺の事を見限ってくれたら、諦めだってついたのに。全部どうでも良くなれば、俺は母の手を取るだけだった。
俺の事を思ってくれる、優しい江奈。危険な目に
母と目を合わせずに這うようにして、ただ江奈の方へと向かう。力が抜けているせいでふらついたけど、なんとか江奈のところまで行けた。
「ごめん、怖い思いさせて」
「唯君、大丈夫。大丈夫だから」
守らなきゃ、と思った。どんな方法でもいいから、この場から抜け出さないと。でも、それは
「なんで? なんで、その子の方に行くの。唯」
俺に
「ねぇ、こっちを向いて。どうして、私のこと見てくれないの」
母の声が段々泣き声のように聞こえ始めて、それがまた近寄ってくるのを感じる。昔の記憶を彷彿とさせるその声に、また恐怖を感じる。
江奈を解放し、後は逃げてくれればと思ったけれど、江奈は
「唯君、逃げないと」
「俺だけで逃げられるわけないだろ……!」
そうだ。俺が逃げたらきっと、江奈が
助けて、と思い過ぎったのは、怜央さんの顔だった。なんの連絡もしていない状態で、俺と江奈がここにいるなんてきっと怜央さんでも――。
自分の事を勝手だな、と思う。いつも怜央さんを頼りにして、怜央さんにどうにかしてもらおうと思っている自分が情けない。でも、どうしようもない状態で思い浮かべてしまうのは、圧倒的な力を持って存在感のある怜央さんのことだ。どんな状況だって、どうにかしてくれるって信じてしまう。
そう、思い続けたからか。俺達に近づいてくる母の前に、
「……来たわね、南条怜央」
公園の入り口に、怜央さんが立っていた。でも、いつもと表情がどこか違う。冷静さの中に、怒りが感じられる。ゆっくりと近づいてきた怜央さんは、火で母を取り囲むと俺の前に立った。
「唯」
「れお、さ」
怒られる、と
「何してる。立て」
力強い声だった。けれど俺は、一瞬何を言われているのか分からなくて固まってしまう。それを見た怜央さんは、はっきりと言った。
「唯!」
俺を呼ぶその声が、俺をしっかりと
「よく、俺の大事なものを守った」
パッ、と怜央さんの方に視線を向ける。
「でも、俺。江奈を危険に巻き込んで」
「その話は後にしろ。今度は俺がお前の大事なものを守る番だ」
そう言って怜央さんが前に歩み出る。その瞬間、火が消えた。そして、睨み合う母と怜央さんの間には
「引け」
怜央さんは怒りを向けながらも、
「南条怜央、あなたは部外者よね? 口を開かないで」
「俺の能力は分かってるだろう。消し炭さえも残らないで、死にたいか?」
「出来るわけないわ。あなたはあの家の子だもの。能力で人を殺した、なんて
優位に立っているという
「それに、私にはこの呪具がある」
どんな能力も奪う呪具なんて、相当体に負担を強いられると思う。けれどそれを厭わないくらいに、母が俺に執着していると言うことだ。
「唯。あなたのためにここまでしたのよ? だから、お母さんと帰りましょう?」
「聞かなくていい、唯」
ピクリと肩を跳ねさせた俺に気がついたのか、怜央さんがすぐにキッパリと言い放った。
「こいつは俺の小間使いだ。俺にはこいつを守る義務がある」
いつもなら横暴に感じる怜央さんの言葉が、今はとても心強い。この人は、絶対に出来ないことは言わない人だから。
「そしてこいつにも、選ぶ権利がある。俺か、母親かをな」
急に意見を求められて、少し戸惑うも俺は考える。
きっとこのまま、母に
抗わずに母と行く道を選んでしまえば、俺の命の保証はない。
そう考えた時に、自分の
「だめ、だよ」
「江奈!」
背後で立ち上がった江奈が、俺の背中に
「私は、唯君が犠牲になっちゃ、嫌だよ」
今にも泣き出しそうな声なのは、俺のことを思ってくれるからか。俺のせいでこうなったのに、なんでそんなこと言えるんだよ。
俺が返事をしないでいると、怜央さんはふてぶてしく笑って、母に言う。
「悪いが、俺の最愛がこう言うんでな」
怜央さんが左手を
「唯。俺は今から、お前の権利を奪う。それが嫌なら、抗え」
「え……」
「無駄よ、私には呪具が――」
呪具が光る。その瞬間に、母の体がぐらつく。負荷が体に現れたのだろう。そこまでして俺を取り戻したい理由が知りたくて、俺は
「こうまでして、何がしたいんだよ!」
「私は……私はただ、唯と幸せになりたいだけ」
怜央さんの収束した火がピアスを目掛けて放たれる。母に届く前に、その火は呪具に吸い込まれていった。
「本当に
怜央さんは火の矢を連発する。その度に、呪具は発動されて母には負荷がかかっているのだろう。段々と
「あなたのためなら、なんだってするわ、唯。当然でしょう? だって私は……あなたの、お母さんだもの」
「っ……なら止めてくれよこんなこと!」
「唯!」
気がついたら、俺は駆け出していた。怜央さんが手を握って収束していた火を掻き消す。
母の耳元に、手を伸ばしてピアスに触れる。その瞬間、パキンと音を立てて黒水晶が壊れた。バラけて地に落ちるそれを、更に踏みつける。そして、パシンッ、と乾いた音が響いた。そのまま、俺の手が母の頬を叩いたのだ。
「ゆ、い……? どうして。お母さんじゃ、ダメなの?」
母の目から、雫が零れ落ちる。それを見た瞬間に、あることを思い出した。あの部屋で起きた、ある出来事を。
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