第11話 焦燥
なんで、こんなことになったんだろう。俺は今、ある場所を目指していた。江奈がそこに向かったと聞いた時の、
いつも嫌なことから逃げ出すために隠れる場所を探していた。そういった隠れ場所を、秘密基地、と勝手に名付けた。暗がりに
なんで今、こんなことを思い出しているんだろう。目指している場所のせいか、それとも不安を打ち消したいからか。誰もいない通りを駆け抜けて、古びた
「江奈!」
怜央さんを信じるまでに使っていた俺の秘密基地。
「どこだよ、江奈!」
そんなに広い公園ではない。大きな遊具はドーム状になっているものが一つだけ。隠れることの出来そうな場所も、俺は
江奈の姿はどこにもない。背筋が
「なんで、この公園に」
軽く息を整えて、
「唯?」
女の声に、ひゅっ、と息を吞む。聞いたことのある声。しかも、俺をそう呼ぶ女性はたった一人しか思いつかなかった。振り返らない。振り返りたくない。
「ああ、やっと来てくれた! やっと会えた!」
嬉しそうな声が背後から近寄ってくる。固まってしまったのは、引け目があったから。俺は結局自分が逃げてばかりで、この人から逃げ続けるためなら、なんだってやる。そうしてきたから今、そのツケが回ってきたのだろう。
「ねぇ、こっちを向いて。唯。――お母さんよ」
ぞわりと
「仕方ないわね。……ほら、何とか言いなさい」
「ゆ、い君」
聞こえてきた江奈の声に、俺は思わず振り返る。そこにいたのは、
「な――」
なんで、そう言おうと思ったのに声が出ない。
「もう、そんなに大きくなって! お母さん嬉しいわ。さ、もっと顔をよく見せて?」
今の状況は、
「この子、唯の彼女なんでしょう? いつも唯の
「ちがう、江奈は、怜央さんの」
いつもってどういうことだ、とかそんな言葉よりも先に否定の言葉が付いて出て、しどろもどろに言葉を続けるが、それがまずかった。母の機嫌は
「あら、そうなの。なら価値はないわね」
「きゃあっ!」
そう言うと江奈を払いのけるように突き飛ばした。江奈が倒れこんだのを見て顔から血の気が引く。
「止めろ!」
思わずあげた声が荒くなって、静止をかけるにも火に油を注ぐだけになったことに気が付いたのは、その後だった。母が俺に近寄ろうとして、ピタリと止まる。そして目を細めて、低くなった声で言う。
「なんでそんな言い方するの?」
「違う、違うよ。今のは、違う」
間違えた、と更に血の気が引く。どんどん詰め寄ってくる母に、後ずさる俺。距離は相変わらず縮まらない。けれど、それに
怖い。それだけが今の俺を支配していた。もう小さい子供でも何でもないのに、どうして俺はこんなにも、この人を恐れているのか。俺は知っているからだ。昔からこの人は、なんでもすることを。
「ねぇ、唯? 怖がらせるつもりはないのよ?」
ニコニコと
「そうだ。これを見て、唯。これで、エレメントなんて奪えるの」
「っ!?」
驚く俺を
「ね、そしたら私もあなたも、きっと幸せになれるわ」
今度は
「それは、
典型的な呪具と一致する要素しかないピアスが揺らめく。黒水晶は一般的には邪気、マイナスの気から守ってくれるとされる石だが、同時にその気を集めて強力な呪具になる素材だ。ただのアクセサリーではない。母は言った、エレメントを奪う、と。ならば、それが呪具である可能性は高い。
「なに、なにしてんだよ! なんで、そんなもの持って――」
黒水晶に
「なんで、そんな口の利き方をするの? 唯」
「ひ、っ」
「相変わらず、馬鹿な子ね。お母さんはあなたのためにしているのよ?」
思わず漏れた悲鳴にも近い声と同時に、
母は俺の
「
「な、に……」
何の話をしているんだ、と、気づきたくない事実から目を逸らす。けれど、母は
「あの子……新海、と言ったかしら?」
何かが
「すごく悩んでいたのよ。
それはきっと、まともな大人のすることじゃない。自分の子の為に、呪符に手を出そうとする子供を
「それで、新海先輩は」
今、俺がいるせいで、江奈は拘束されて危険な状態に見舞われている。けど、それだけじゃないんだ。新海先輩が
冷や汗が止まらない。手先の感覚を失うくらいに血の気が引いている。追いつめられすぎて、思考がまとまらない。この状況が、まさしく生き地獄と言えた。
そんな俺とは裏腹に、
「ねぇ、ずっと待っていたのよ。この時を。唯、お母さんと一緒に帰りましょう?」
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