第10話 呪符


 真田さんの写真をパソコン室でプリントアウトしてもらうと、そのまま俺だけ怜央さんのいる教室へと向かう。江奈はそのまま部活動を続けるということだったので、真田さんに任せてきた。

 教室にいた怜央さんはまだ少しだけ機嫌をそこねていたが、俺が慌てて戻ってきたのを見て、何かあったかと聞いてくる。

 そこで俺が経緯けいいを説明して、日付とあわせてプリントアウトした写真を見せれば、はぁ、と溜息をついた。


「プールの前の日に持ち出されてたってわけだな」

「しかも解散した後です。マネキンの服は既になかった」


 俺達が初めて被服室に行った日、事件は起きていた。それが何を意味するのかはまだ分からない。けれど怜央さんは何を思ったのか、立ち上がるなり俺を引き連れて行こうとする。


「行くぞ、唯。演劇部」


 ゴクリ、と息を飲みながらも俺は怜央さんの後ろからついて行く。なんで、こんなことをしたんだろう。でも、確かに服がなくなった後からあの人には違和感を覚えていた。

 怜央さんは被服室につくなり、志間さんを呼び出した。そして、部員を集める。


「衣装合わせの後、下校時に服は無くなっていた」


 一枚の写真を前に出す。それは六時十二分の写真。被服室の中がはしの方に写っている。マネキンに服がない。それを見た志間先輩が顎に手を当てて思い出すように告げた。


「でも、私たち一緒に確認して帰ったわよね、新海」

「はい。鍵も閉めて帰りました。その後誰が入ったか、なんて分からないです」

「しらばっくれるなよ」


 怜央さんがもう一枚写真を出す。それは、服を隠そうとしている新海先輩の映った写真だ。時刻は六時八分。それ以降、服は出てきていない。ということは、だ。

 それを見た志間先輩が息をのんで、新海先輩を見つめる。


「どうして……?」


 新海先輩は何も言わない。だけど、ここで俺はずっと疑念ぎねんに思っていたことを口にする。


「おかしいとは思ってたんです」


 先ほど、中庭で見かけた時に覚えた違和感の理由がわかったことで、ようやく口に出来た。


「新海先輩、やけに火が使われたことにこだわってたから」


 怜央さんに罪をなすりつける為に、わざとすすや火にこだわっていたんだ。その理由は、おそらく私怨しえんだろう。能力社会ではたまに聞く話だ。強い能力を持つ者を僻んでいるのは、なにも無能力者だけではない。

 でも、新海先輩は能力測定でうまくいかなった時に、怜央さんの手助けによって助かったというのに忘れてしまったのだろうか。


「新海!」


 志間先輩が叫ぶ。うつむき、手を強く握りしめたかと思えば刹那せつなの間をおいてキッと新海先輩を睨みつける。


「なんでこんなバカなことしたの」


 演劇を阻止そししたかったわけではなかった。ただ、怜央さんをおとしいれたかっただけ。それを皆がはっきりと理解して。

 志間先輩のように怒っている人もいるが、泣き出す子もいた。何を思ったのか新海先輩にあわれみを向ける人もいた。色んな思いがこの場にあふれている。

 それは今、窮地きゅうちにいる新海先輩を追いつめるに十分じゅうぶんだったのかもしれない。


「仕方ないんです! だって、こうでもしなきゃ……!」


 その先の言葉はなかった。新海先輩がポケットから何かを取り出す。それをかざし、一言となえた瞬間、ビィーッ、ビィーッと警報音が鳴り響く。


「なんで、エレメント感知器が鳴って……!?」

「新海……! それ、呪符じゅふなの!?」


 呪符。聞いたことがある。エレメントの能力を増幅ぞうふくさせたりする正規せいきとは違い、元々エレメントが込められた符があると。そして、それを使ったら――。


「近寄るな! 僕だって、エレメントがあるんだ……!」

「馬鹿な事しないで! 呪符のエレメントは肉体に負荷が……!」


 自分を媒介ばいかいに、呪符のエレメントを発動させるというのはそういうことだ。使えば強力だが、自分の身体を消耗しょうもうさせていく。自分のエレメントを高める呪符は、より肉体を衰弱すいじゃくさせることもあると。


「もういい、もうどうだっていい! 僕は失敗したんだ、ならもう全部消えろよ!」


 新海先輩の叫びが警報器に負けないくらいの声量で響く。止めなきゃ、と思った瞬間、怜央さんが俺の前に立った。


「やってみろよ。俺の炎で跡形あとかたもなく燃え尽きたいならな」


 冷ややかな声だった。自分に向ける私怨であろうと、それ以外の理由であろうとどうでもいいと言いたげな。でもきっと、ふてぶてしい笑みを浮かべているのだろう、というのが容易に想像できる。新海先輩が少しだけ後ずさりをした。

 怜央さんが左手に火の玉を作る。新海先輩が辺りにある金属類を浮かばせていく。戦闘が始まろうとしていた。そこに割り込んだのは、ただ一人。シュッ、と怜央さんの腕に一本のつたが絡みつく。


「させないわ」

「志間さん……!?」


 志間先輩のエレメント。それがなんで、怜央さんを止めるんだ?

 新海先輩と怜央さんの間に立って、目の前にいる怜央さんへと向かって手を広げる。俺が驚いていると、志間先輩は覚悟を決めた顔で怜央さんを見ていた。怜央さんは火の玉を握りつぶすようにかき消す。それを確認してから、志間先輩は能力を解いて新海先輩に向き直る。


「新海、馬鹿なことはやめて」

「あなたに何がわかるって言うんですか!? エレメントがなくなったら、僕は、僕は……」


 金属類は今にも襲ってきそうな気配を見せているが、志間先輩は引かない。それどころか詰め寄って、新海先輩の襟首えりくびを掴んで引き寄せる。接近した顔が真っすぐに新海先輩だけを見据みすえて言った。


「私の惚れた男にそんな手使って欲しくないから言ってんのよ!!」


 志間先輩がそこで能力を発動させる。蔦があちこちから伸びてきて、新海先輩の浮かせた金属類を縛り上げる。動かすことを許さないその蔦に対して、金属類からは抵抗の気配はなかった。


「唯」


 そのすきに、命じられる。新海先輩の手にある呪符を止められるのは、今しかない。そしてそれに適任なのは、無能力者の俺だ。

 怜央さんと志間先輩の影に隠れつつも、勢いよく新海先輩の手に握られている呪符めがけて飛びつく。新海先輩が強く握っていたこともあって、残りを取るように引っ張れば呪符は音を立ててやぶれた。

 呪符の力が失われていく中、金属類が力を無くしていく。志間先輩の蔦も、能力を解除した。そして、志間先輩は目に涙を溜めたまま、その場に倒れた新海先輩を抱きしめていた。それを見ながら怜央さんははぁ、と溜息を吐いた。


「怪我人は無し。新海におとがめはあるだろうがな」

「分かってる」


 志間先輩は頷いた。演劇部は最悪廃部になるかもしれない。禁忌きんきである呪符を、部員である新海先輩が使ってしまったから。俺は手の中にある敗れた呪符を見る。くずと、なにかの絵の切れ端。どうしてこんなものを、と思っていると、怜央さんが俺の腕を掴んでいた。


「唯。江奈を連れて先に帰ってろ。後始末をしたら帰る」

「……怜央さん」

「よくやった」


 珍しく褒めてくれたな、と思いながら、俺は被服室を出る。破れた呪符を後でゴミ箱に入れようとポケットに入れて、急いで江奈を迎えに行く。途中、廊下ですれ違う教師たちが早く帰りなさいと叫ぶように告げながら生徒たちを追いやっていた。

 階段を上がろうとしたところで、真田さんと肥川先輩に遭遇する。多分、写真部も警報器が鳴って避難同然に帰るところだったのだろう。


「江奈は?」

「須藤さんなら、先に帰ったけど」


 肥川先輩の言葉に、目を丸くする。江奈が怜央さんか俺を待たずに帰ることなんて今まで一度もなかった。ましてや、スマホに連絡もない。


「なんか、用事が出来たってあわてて出ていっちゃったわ」


 江奈が慌てる用事。俺たちに言わないで向かうなんて、なんだか嫌な予感がする。いや、それ以前の問題だ。江奈の身に何かあったら怜央さんに殺されかねない。俺は真田さんの肩を掴んで軽く揺さぶって聞く。


「どこに行くって言ってた!?」

「な、なに。大声出さないでよ」

「早く!」


 今ならまだ追いつくんじゃないか、と行き先をたずねる。この選択は間違いではなかった。何故なら、真田さんの告げた行き先には、ある心当たりがあったからだ。


「確か――」

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