第7話 提案

 パソコン室の扉をけると、写真部の面子めんつは唯一、真田さんだけが残っていた。江奈が辺りを見渡してから声をかける。


「あ、真田さん。まだ残ってたの?」


 話しかけてくる江奈に一瞬驚いた顔をする真田さんは、すぐにいつものつっけんどんな態度できっぱりと言い放った。


「なに。いちゃ悪いの? 邪魔ってこと?」

「ち、違うよ。部員の皆は、もう解散しちゃったと思ってたから」


 真田さんも撮影に行ったのだと思っていたと、一生懸命にフォローを入れる江奈を気にも留めず、真田さんはパソコンに向き直っていた。


「遊び半分の奴らなんてどうでもいい。エレメントを持ってるからって、えらそうにしてばっか」


 あの多数派のことを言っているのだな、というのはすぐに分かった。能力を持たないひがみだけではない。実際、能力を持っている人間は少し傲慢ごうまんなところもある。自分たちが特別な人間である、というおごりのようなものが。


 俺と江奈が顔を見合わせて苦笑していると、後ろから扉の開く音がした。立っていたのは肥川先輩だ。


「ちょっと演劇部でトラブルがあったみたいだけど、大丈夫?」


 いつの間に聞きつけたのだろうと思ったが、それなりに騒いでいたからすぐに広まってもおかしくはないかもしれないと思いなおした。肥川先輩の「大丈夫?」はきっと撮影中に何もなかったか心配してのことだろう。


「トラブル? 演劇部で?」


 不意に真田さんが顔を上げた。気になったのか、めずらしく自分から話題に入ってきた。


「そう。実は……」


 江奈が先ほどの騒動そうどうをある程度、詳細しょうさいに話すと真田さんは眉を寄せた。


「火のエレメント使いなんてたくさんいるのに」

「演劇部のほとんどは志間さんにあこがれてるらしいからなぁ。木のエレメント使いが大半らしいよ」


 肥川先輩の言葉に、やっぱりそうか、と納得する。そういえばこの前の撮影練習でも舞台に上がる役者が使っていた能力がそうだったなと思い出したのだ。


「南条も災難さいなんだったね。珍しくやる気だしてるみたいなのに」


 肥川先輩が苦笑している。クラスでもそんなに分かりやすいくらい、やる気になっているのだろうか。あの怜央さんが。普段はそんな雰囲気を微塵みじんも見せない怜央さんが他人に言われるくらいなのだから、きっと事実だろう。


「……演劇部の舞台が中止になる、なんてことは」

「ああ、それはないよ。あの志間さんだからね」


 真田さんの心配が入り混じった不安げな声に、肥川先輩は首を横に振った。なにがなんでも舞台は完成させる。それが志間先輩の下した決断らしい。その言葉にほっとした様子を見せた真田さんは立ち上がってカメラを首に下げはじめた。


「撮影、行ってきます」


 そう言って出ていく真田さんは、あまり元気がないようにも見えた。

 少しして、入れ違いに怜央さんがパソコン室に入ってくる。


「南条、お疲れ。志間さんは大丈夫そう?」


 肥川先輩が先に気が付いて声をかけた。怜央さんは面倒なことから解放されたが、疲れていると言わんばかりのため息交じりに告げる。


「不満をやる気に変換へんかんしたらしい。うるせぇのが更にうるさくなった」

「はは、演技指導に熱が入ってるってことだね」


 こうしてみると、怜央さんは意外と他のクラスメイトとも親睦しんぼくを深めているらしい。スムーズな会話が出来ている。


「怜央さん」

「待たせたな、江奈」


 俺にはなんの言葉もない。まぁそれはいい。けれど、早々に目の前でいちゃつきだすのだけは止めてほしい。

 怜央さんは指先で江奈の頬をでてから横髪を軽く整えてやっている。それに少しだけ頬を赤らめる江奈は初々ういういしい。俺は少し目を逸らして尋ねる。


「……あー、怜央さん? 演劇部の方はどうなったんですか?」

「大急ぎで別の衣装を作るか、急遽きゅうきょ台本を変えるかの二択までは決まったんだがな」


 どうやら先程の言葉通り、志間さんのやる気は持ち直したらしい。だけど、続けられる言葉に俺は少し眉を寄せた。


「部内で意見が割れてる。最終的には志間が決めるだろうが」

「間に合うんですかね、文化祭までに」

「早く決めねぇと手遅れだろうが、俺の知ったことじゃない」


 そんなことを言いつつ、気になってるくせに。江奈に最高の演技を見せると約束しているから、どちらに決まったとしてもこの人はやり遂げるだろうと思った。


「気分転換しませんか? 怜央さん、疲れてるでしょう?」

「何するんだ。江奈のやりたいことに付き合ってやるよ」

「もう、怜央さんの気分転換に、ですよ」


 怜央さんの疲弊ひへいを見抜いた江奈が提案すると、怜央さんは少しだけ声を弾ませる。


「……そういえば、ちょっと時期過ぎたけど、流星群りゅうせいぐんがなんとか……って天文部てんもんぶのやつらが言ってたような」

「天体観測! 確かに今日はちょうどいい天気だから、それがいいかも」


 俺が横から口を出すと、江奈が目を輝かせてうなずく。怜央さんがスマホを取り出して検索をかけた。


「流星群のピークは過ぎてるみてぇだが、確かに夜は天気いいな」

「流れ星の一つくらいは見えるかもしれませんね」


 どこで見るか、と決め始めた江奈と怜央さんが二人きりの空間を作り出した。しばらくそうしていると、不意にパソコンをいじっていた肥川先輩がこちらを見る。


「ねぇ、須藤さん。折角せっかく行くならちょっとお願いがあるんだけど」

「あ? 肥川、邪魔すんな」

「もう、怜央さん。はい、なんでしょうか」

「ちょっと展示の写真がかたよってて。折角なら写真撮ってきてくれない? カメラ借りていいからさ」


 パソコンの向こうから、軽く顔を出しながら肥川先輩が言う。江奈があわてて手を振った。


「え、でも……私そんなに上手くないですよ……?」

「なんでも出来る南条がいるから大丈夫でしょ」

「……俺に何をしろって?」

「被写体になってあげなよ。好きこそ物の上手なれって言うし」


 肥川先輩はからかっているわけではなく、本気のようだった。被写体と言えば、江奈が撮った写真をちゃんと見たことないなと気がついた。色々と撮っている所はみるけれど、現像げんぞうしたところは見たことがない。


「そういえば、江奈。前に撮ってた写真、どうした?」

「えっ! あ、あれはその、ボケてるから」


 慌てる江奈にふぅん、と相槌あいづちを打つだけで内容の深堀ふかぼりはしない。成長途中で見られたくない、という気持ちはなんとなく分かるし。


「……ちょうどいい。肥川、俺を使おうって言うならそれなりの見返りを求めていいよな?」

「え、なに。怖いんだけど」


 肥川先輩が嫌そうな顔をしているところに、怜央さんは制服の内ポケットから一枚のメモを取り出して肥川先輩の手元に置く。それを受け取った肥川先輩が目を通すと、眉を寄せながらため息をいた。


「分かったよ。その代わり、ちゃんと撮影に協力してあげるんだよ?」

「は、それで江奈が喜ぶならいくらでも」


 人が聞いたらあまりのバカップルさでずかしい宣言をしていることに、怜央さん自身は気が付いているのだろうか。そして、その後に巻き込まれるのを覚悟している俺がいることも、もしかしたら計算済みなのだろうか。


「唯。今から見晴らしのいい場所、手配しとけ」


 そうやって、いいように使われる俺も俺だけど。

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