第5話 唯と怜央
じわじわと、
俺の声に何の反応もないことが、俺は一人なんだ、とより実感させる。
食べ物はあった。水もあった。けれど、手を出せなかった。勝手なことをして、怒られることが怖かった。
「なんで言うことを聞かないの。お母さんは、唯のために頑張ってるのに」
その言葉を何度も何度もぶつけられて、俺は自分で動くことが苦手になっていた。いいよ、と言われなければ、食事も取れないほど母の言いなりになっていた。
外に行きたい、と言えば、母は
「外に出ないで」
それはもう
そんな
どうしよう、と不安になったけれど、ただ寝転んでいることしかできない。もう身動きが取れずに意識も
お母さんの声だ、と思ったけれど、
階段を下りていくと、ちょうど夕暮れ時。ふらふらと歩き続けていれば、車に
「ちょっと、君! 危ないだろ!」
母以外の大人に怒られたのは初めてで、それがまた俺の記憶を
「どうしたんだ」
「怜央様!」
その頃から大人びていた怜央さんは、俺を見て何かを
「うちに来い」
ふかふかのシートに座らせられて、俺はそのまま意識を手放した。目が覚めた時には、もう南条家のお屋敷にいて、ベッドの上で寝ている俺に怜央さんはこう言った。
「お前は俺の
それから、俺の生活は
母とは、連絡を取れないようになっていた。母が
あれって何年前だっけ。懐かしいようで、割と最近な気もしている。多分、十年くらいか。もう、人生の半分以上を怜央さんのところで過ごしてる。小間使いとして。結構怜央さんは俺の扱いが荒いけれど。
ちゃんと手を差し伸べてくれる人だから、幸せになってほしいなぁ、と思う。きっと大手グループの
今度は俺が怜央さんの大切なものを守ってやれたらいいな、なんて、怜央さんの力を考えたら、おこがましいことを思っていた。
「唯」
「……え、あ。なに、なんでしょ、怜央さん」
考え事をしていたら、思わずしどろもどろになってしまった。怜央さんの目が細くなって
「何考え込んでんだ。……飯に行くらしいぞ」
皆、プールを
「なら行きますか。江奈、楽しかった?」
「もちろん。でも、唯君は本当にいいの? 見てるだけで」
「全然いいけど。なに心配してんの。俺は好きにやってるからさ、そんな顔しないでよ」
そう言うと、江奈は少しだけ俺と目を合わせて、分かった、と
俺にとって江奈は理解者であり、怜央さんの大切な人だ。だから、今のように頷いてくれるだけで俺は少し安心する。怜央さんの傍で笑っている江奈が好きだ。それはきっと、怜央さんも同じはず。
でも、多分怜央さんにとっての江奈は、ただの理解者でも、ただの恋人でもない。南条家の
江奈の存在は、きっと怜央さんの支えになる。
そんな
けれど、こうも思ってしまう。二人で幸せそうにしているところを見ると、俺の入る
ああ、いいなぁ。幸せそうだな。俺はあんな風に幸せにはなれないよ。誰かを幸せにすることもきっと出来ないで、傷つけるくらいならいっそ、そんな存在はいない方がいい。
「でも唯君も、もう少し楽しそうな顔してくれなきゃ」
「ごめんごめん。ほら、飯行くなら着替えてこないと」
更衣室前で江奈と別れると、怜央さんがこちらをずっと見ていることに、ようやく気が付いた。
「どうしたんですか、怜央さん」
「はぐらかすのが上手いのは、昔からだな」
目を丸くさせてから、すぐ苦笑に変える。仕方ないでしょ、と告げれば怜央さんは俺の前を歩きだして、先に更衣室に入ってしまった。そうだ、怜央さんは
怜央さんは、そうやってすぐに手を貸す。なんにでも素っ気ないふりをしながら、よく見て、考えて、俺のような
着替えを終えれば、レストランの前にみんなが集合しているのを見つけた。席について適当に美味しそうなものをそれぞれが頼むのを眺めつつ、メニューに視線を落とす。
「これ美味しそうですね、怜央さん」
「それもいいな。こっちも美味そうだが」
こうして見ると、二人は能力だとか
二人がもしなにごともなく結婚して、幸せになったら。その後、俺はどうなるんだろう。どこに行くんだろう。
ちっとも想像できなくて、考えるのは一回止めにした。
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