第4話 プール
土曜日の朝十時に学校前で待ち合わせをしている。休みなのに学校に向かうのって変な気分だな、と思いながら俺は車の助手席で少しだけ揺られていた。
膝の上には大きめのバッグ。二人分の着替えとプールグッズが入っている。南条家の私用車を執事長が出してくれるというので、八人乗りの車を三台も出して皆を迎えに行っていた。送迎付きってやっぱり便利だな。
「でっかい車ねぇ」
乗り込んできた志間先輩と新海先輩、それから二人の部員と江奈が後部座席ではしゃいでいる。もちろん怜央さんの隣には江奈が座っていた。
「怜央さん、水着とか持ってたんですね」
「唯が買ってきた」
「あまり使いっ走りにしちゃだめですよ?」
そんな会話を聞きながら、ぎゅっと手を握り締める。どうしよう、と昨日から少しだけ不安が
プールにつくなり、
男性用の
「唯。お前車に忘れてきたんじゃねぇか」
「え?」
水着、と言われて
「あ、マジだ! ちょっと取ってきます。先行ってて!」
そう言って、一度更衣室を出る。よかった、と
みっともないこんな体を
俺がこんなにも
少しして、更衣室に戻る。もう皆行ってしまったらしい。後は若干客がいるくらいだから、さっさと着替えてしまおう。
こそこそと服を脱ぎ、首から下げているネックレスをどうするか迷った。これは昔、怜央さんからもらったもので、つけておけと言われたからそうしている。小さな銀の細いボトルが付いた、俺の大事なお守りみたいなものだ。
どうせ水中には入らないから、とネックレスをつけたまま早着替えを済ませて、
室内の温水プールは
「じゃーん! どう、どう?」
黒に近い
「メイク落ちないんですか」
「ウォータープルーフでばっちりよ! 江奈ちゃんもね!」
ふっ、と
トーンを落とした薄い緑色のフリルが、メイクに合わさって可愛らしさを最大限に引き出している。
はぁ、と感心した息を
「あ、あの、怜央さん」
「ん?」
「そんなに見られると、恥ずかしいです……!」
好きな女子の水着、見ちゃうよね。分かる分かる。と勝手に
「怜央さん? えっと、どう、でしょう」
問いかけてくる江奈に対して、怜央さんはようやく反応を返した。江奈の耳元に顔を寄せている。
「可愛い。他の奴に見せたくねぇな」
やけに甘ったるい声で
「澤田、アンタそれ暑くないの?」
「俺、水に弱いんですよ……カナヅチだし、すぐ冷えちゃうんで」
あらかじめ用意していた言い訳を口にする。すると志間先輩は怪しむようにこちらを見てきた。
「じゃあなんで来たのよ」
「これでもお目付け役なんですー。さぁさぁ、早く入ってきてください。俺は見てるんで」
どうぞどうぞ、と演劇部は無事プールへ
怜央さんは江奈の腰をぐっと掴んで自分の方へと引き寄せた。明らかに周囲を意識している。
「あんまり見せつけんな。いいな?」
声が、声が甘い……! いつもの怜央さんからは想像も出来ないほど、優しい声だ。それも江奈だけの
「は、はい……」
「……あー、ごほん」
俺はわざとらしく
「そんなに水着姿を見せたくないなら、プールに入ってきたらどうですか。ほら行った行った」
「それもそうだな。行くぞ、江奈」
「え。あ、あの、唯君は?」
案の定、江奈は俺のことを気にかけてくれたが、俺は苦笑する。江奈も怜央さんだけを見てればいいのに、こんな俺まで気にかけてくれるんだから本当にいい奴だ。
「俺はパス。二人の邪魔して怒られるのなんてごめんだね」
俺は肌を
でも結局、二人で行ってしまった。俺はプールサイドに
笑い合っている二人を見て、どことなく寂しさを覚えてしまうのは何故だろう。
もやっとする気持ちを
待っている間、不意に思い出した。ある暑い室内のこと。力尽きて、寝転がることしかできなかった、あの頃。怜央さんに出会うまでの俺を、思い返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます