第3話 お節介

「……え、俺?」


 真田さんが指名してきたのは俺だった。何の話があるんだろうか。今まで、接点もなにもないのに。


「澤田、別に写真部に入るつもりないんでしょ」

「あー、茶化ちゃかしに来たと思ってる?」

「そうならあんたを軽蔑けいべつする。肥川先輩が誘ったんなら、許す」


 随分ずいぶんと上から目線だな、と思った。俺と江奈、それから真田さん以外は誰もいない。別に争う相手もいないのに、なんでこんな強気な言い方をするのだろうか。


「誘われて来ただけだよ」

「そ。ならいい」

「……あのさ、ついでにお節介せっかいいい?」


 なに、とややかな様子で言われたから、苦笑してしまう。


「もうちょっとさ、柔らかくなったほうがいいんじゃない? さっきも見てたけど、空気良くなかっただろ」


 そう言うと、真田さんは目を丸くさせた後、キッと俺を睨んだ。


「あんたには関係ない!」


 そういうと、真田さんはカメラを引っ掴んで走り出して行ってしまった。だから言ったじゃん、お節介だって。

 待ちぼうけを食らっていた江奈の方を見ると、驚いたような顔をしていた。


「どうしたの、江奈」

「う、ううん。ちょっと意外で。唯君が、クラスメイトにそんなこと言うなんて」

「あー……。ちょっと見過ごせなかったっていうか……真田さんも悪い人間じゃないだろ、多分」


 思わず手を差し伸べてしまいたくなった。苦しいのは真田さんの方じゃないかと思ったからだ。強気な人間ほど、ああ言う言い方をしてしまって傷ついているものだから。

 俺はそれを、よく知っている。


「さ、演劇部に行こう。怜央さん、真面目にやってるかなー?」


 そう言って、階段を下りていく。江奈がなかなか降りてこないから、振り返った。逆光ぎゃっこうでその表情がよく見えなかったけれど、なんだか寂しそうな顔をしているようにも見えて。


「江奈?」

「ううん……。なんでもない」


 声をかけたら、ようやく階段を下りてきた。そのまま俺たちは一階にある被覆室ひふくしつへと向かう。中では、わいわいとにぎやかな様子がうかがえる。外にまで聞こえるくらいの声量せいりょうだ。


「お邪魔しまーす」


 扉を開けたら、志間先輩が部員達を指導しているところだった。すみの方には怜央さんが眠たそうにしながら座っている。連れてこられてから、そのまま居座っている、と言わんばかりだった。


「あら、遅かったわね。澤田」


 志間さんが俺の名前を口にすると、眠りかけていた怜央さんが顔を上げた。そして軽く首を左右に振ると立ち上がる。


「遅いんだよ」

「怜央さんがこないから、ちゃんと江奈の護衛ごえいしてたんですけど」

「江奈、なんかあったか?」

「え? あ、少しだけ」


 他の部員達が江奈を見て、ひそひそと話をしている。大方、あれが南条先輩の彼女、だとかそんな感じだろう。けれど、二人はそれをものともせずに、話を続けた。


「唯君が珍しく、女の子にお節介焼いてました」

「へぇ? お前が?」

「いいでしょ、たまには。……ちょっと気になっちゃったんだし」


 そう、ほんの少し重ね合わせてしまっただけ。それがどうしても気にならざるをえなかっただけ。だから、これは必要なことだったと自分に言い聞かせる。


「ほら、そこ。部の邪魔をしないで頂戴ちょうだい

「志間先輩、改めてお願いに来ました。写真部に、文化祭でのステージを撮らせてください」

「いいわよ。南条がちゃんとやってくれるなら」


 江奈と俺がチラリ、と怜央さんの方を見る。すると、怜央さんがはぁ、と溜息をついて江奈に問いかける。


「江奈」

「はい、怜央さん」

「お前、俺の演技見たことあるか」

「いいえ。でもきっと素敵すてきだろうなって信じてます」


 そうやってにこやかに笑う江奈に、怜央さんも根負こんまけしたらしい。江奈の手を取り、ちかうように告げる。


「お前の為に、最高の舞台にしてやるよ」


 その手を江奈が握り返し、幸せそうに笑う。

 俺はその幸せの中には入れない。一歩引いて、二人の幸せそうな空気に当てられないようにして。

 そうやって俺は、自分を守っていた。

 演劇部は俺たちが一通りの話を終えるなり発声練習をしていたが、怜央さんは腰かけていて、じっと台本を眺めているだけだ。


「アンタも練習しなさいよ」

十分じゅうぶんだろ」


 志間さんの苦言くげんに対して、俺に出来ないことはない、と言わんばかりの横暴おうぼうさで怜央さんは台本から目を離さずに言った。

 そんなこの人のことを、凄い自信家だな、と思うのはいつものこと。俺はそんな怜央さんと演劇部の写真を撮っている江奈の二人を交互に見ながら、居場所がない心地を味わっていた。


「部長、発声練習終わりました。今、衣装いしょうの最終打ち合わせをしたいです」

「ありがとう、新海しんかい。ほら、チェックするわよ。南条」


 怜央さんの腕を勢いよく引っ張る志間先輩も、多分負けず劣らずの自信家だろうな、なんて思いながら俺はぽつりと呟く。


「衣装まで作るんだ……本格的」


 その言葉が耳に入ったのか、志間さんはまるで自分のことのように、ふふんと笑って俺の方を見た。


「うちの子の裁縫さいほう技術はすごいわよ。衣装の仕上がり、見てみる?」

「どれが怜央さんの衣装?」


 興味交じりに聞いてみる。志間先輩が指さした先を辿たどれば、被覆室の窓の前にマネキンが用意されていて、衣装を着せられていた。中庭側から差す自然光のおかげで、その衣装がはっきりと鮮やかに見える。

 一言でいえば、海外のスーツ。ブリティッシュ・スタイルとかいうやつだ。グレー系でまとまっていて、少しダンディな感じを思わせる。やけにきっちりとしたやつ。この前テレビで見た。けど、あれって高いんじゃなかったっけ。

 志間先輩が衣装の隣に怜央さんを立たせた。めんどくさそうにしながらも、怜央さんが学校指定のカッターシャツの上からその衣装に着替える。


「これ作ったんですか?」


 志間先輩の隣でサイズのチェックをしている新海先輩が答える。


廃棄はいきしかけたやつをちょっと改造しただけ。うちの家、オーダースーツ専門店やってるから」

「おお……」


 一般人からすれば滅多めったに聞くことのない出自しゅつじを告げられ、思わずれた声に新海先輩が照れる。俺はまじまじと怜央さんを見た。あっという間に全身が英国えいこく紳士しんし風に変わった怜央さんを見て、江奈がうっとりと見とれているのも見逃してはいない。

 怜央さんが気にしていたのは、そでのところだ。少しだけり切れて、ボタンもほつれかかっていた。


「あ、南条先輩。自分、直します」

「手伝いましょうか」


 新海さんが裁縫道具を持ってきたのを見て、俺も多少なら力になれるかも、と申し出る。新海さんの指示通りに針を動かしていけば、それをのぞき込んでいた江奈が俺達の手元を撮っていた。


「器用だね、唯君」

「一応、南条家の小間使こまづかいなんで」

「南条家と言えば、頼みたいことがあったのよね」


 傍で見守っていた志間先輩は意地悪そうにたくらんだ笑みを浮かべ、怜央さんに視線を移す。ああ、もう。また厄介やっかいごとにならないようにしてほしい。そう思いながら、耳をそばだてた。


「ねぇ、南条?」


 志間先輩の優しげな声に、怜央さんは眉をひそめる。こういう時は、嫌なことが起こると言わんばかりの態度でいるのに、志間先輩はそんなものは無視、と言わんばかりに話を続けた。


「南条グループの施設には温水プールもあるんでしょう」

「俺の私物じゃねぇんだ、優待ゆうたいくらいしかされねぇよ」

「貸し切りには?」

「できねぇ」


 なぁんだ、と言いながらチラリと志間先輩は俺の方を見る。怜央さんは詳しく話さない。だから、何かあるだろう、と俺の方を見ている。俺はさっとスーツのボタンに目を戻したけれど、もごもごと小さく呟いた。


「でも団体利用は出来る……」


 その小さな一言が志間先輩の耳に綺麗きれいに入ったのだろう。ぱぁっと顔をかがやかせた志間さんに対して、怜央さんが俺を小突こづいた。


「唯、てめぇ余計よけいなこと言うな」

「だって怜央さん……」


 よく見て、と江奈の方に視線を移す。プールと聞いてワクワクしていたのは志間先輩だけではない。江奈もだ。


「ね?」


 ちょっとだけ可愛い子ぶって、首をかたむける。ウィンクもつけてやろうかな、と思ったけどさすがに茶目ちゃめっ気が過ぎるだろうかと思っていると、はぁ、と怜央さんが溜息ためいきいた。


「お前後で覚えてろ」


 観念かんねんしたのではない。江奈に特別甘いだけだ。

 けれど、本当は俺も言いたくなかった。だって、プールに行くということは、だ。俺にとってそんなにいいものではない。


「じゃあ、明日はプールで練習しましょ!」

「土曜日なのにか」

「なによ、不都合はないでしょ? 彼女のかわいい姿、堪能たんのうできるかもしれないじゃない?」


 志間先輩はうまいこと弱みに付け込んだかと思いきや、今度はえさをちらつかせて怜央さんを釣っている。普段の怜央さんならそんなことで乗ったりしないんだろうけど、やっぱり彼女がかかわってくると甘くもなってしまうのだろう。

 俺はどうしようかな、と迷っているのに話はすいすいと進んでいった。


「江奈ちゃん。この後、水着買いに行きましょう。水着」

「はい!」


 いつの間に二人は仲良くなったの、と聞けば乙女おとめ秘密ひみつを共有したのよ、とだけ言われた。なんだそりゃ。

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