第2話 写真部へ
放課後になって、江奈と二人きりで怜央さんを待っていたが、
「なにかあったのかな」
江奈が不安そうに言う。だけど俺は大方察しがついていた。多分、逃げようとしたところを志間先輩に捕まった、とか。でも、俺達が怜央さんに言われていたのは「放課後、空けておけ」の一言。教室でのんびりしているのも、命令に従っているのだから責められる
「江奈さ、怜央さんのこと好きだよな」
「うん」
少し恥じらいつつも素直に頷く辺りが、まだピュアだなぁと思わせる。俺は外を眺めて言った。
「まさか怜央さんを追ってここに入学するとは思わなかったよ」
「それは唯君もじゃない?」
「俺は、色々と……必要だったから。江奈は違うだろ」
この学校は、ちょっと変わっている。権力者や力を持つ者の集まりと言えばいいだろうか。その中で、俺達みたいな一般人は逆にちょっと特殊なのだ。
常桜高等学校。日本でもかなり有名な、四大高等学校の一つ。そこに入れるのは、ある力を持った人物だけだ。
かつては陰陽術とも呼ばれていたその力は、今や世界でも知られる《エレメント》という力になっていた。だが、詳しく知るのは俺たちのような一般人ではない。
その力の一角、《火のエレメント》を操れる一族、南条グループの御曹司である怜央さんは、媒介を必要とせずに能力を使える《超人》だった。
普通は、能力を使うのに
「怜央さんが、どんな人なのか知ってて追ってきたのか?」
「ううん。だって、怜央さんが力を使ったところなんて見たことないよ」
「……南条、って聞いただけで分かるだろ。有名なんだし」
一般人でも、少なくとも一週間に一度は南条グループに関わる店に絶対行ったことがあると言われるくらい、怜央さんの家は凄いところなのだ。
ちなみに俺はそんなグループがあることも、怜央さんがその御曹司であることも、知り合ってから一年くらいは全く知らなかった。怜央さん、俺に教えてくれなかったし。
「うん、さすがにそれはね。でも……」
江奈は怜央さんが有名人であることだけは知っていた。でも、それでもなんの力もない一般人である江奈がこの高校に入学するには、きっと苦労しただろう。
少し言葉を切って、江奈は俺の方をまっすぐに見て言った。
「好きな気持ちに、能力もなにも関係ないよ。だから怜央さんも私のこと恋人にしてくれたんだと思うから」
その顔が、あまりにも優しかったから。俺にはこの二人を引き離すことはできないな、と改めて思った。
幸せになってほしい。二人がどんなに
怜央さんを待ち続けること、更に二十分。ふと廊下を誰かが横切ったかと思えば、教室の扉が開いた。
「あ、いたいた。須藤さん」
ふと、見知らぬ男が江奈に声をかける。上級生だ。俺は少し
「あ、部長。すみません、部室にも行かないで……」
「ううん。南条だろ?」
どうやら、写真部の部長で怜央さんの知り合いかクラスメイトらしい。誰だこの人、とまだ
「唯君。
だって怜央さんがいないのに江奈に男が近づいたと知られたら、後でこっぴどく怒られるのは俺なんだぞ、と思いながらも
「初めまして。三年A組、
やっぱり、怜央さんと同じクラスの人か。
「肥川先輩は凄い人なんだよ。県大会で佳作を取ったりして……風景写真で右に出る人もいないくらいなんだから!」
「須藤さん、
肥川先輩は苦笑していた。俺はふと意地悪な気持ちが浮かび上がってきて、思いついたことを口にする。
「怜央さんとどっちが凄いの、それ」
「それはもちろん、怜央さんだけどね?」
「そうだね。さすがに南条グループの
江奈に即答で返されてしまったことが悔しかったし、隣で立っている肥川先輩もその言葉に素直に同意しているしで、俺の
「それで、どうしたんですか肥川先輩」
「文化祭のことで集まってほしいんだけど、いいかな? 南条には伝えてるよ」
「あ、はい。それなら行きます。……唯君はどうする?」
怜央さんがいない今、江奈にまで立ち去られてしまうと行く当てもやることもないのだから、一人で待ちぼうけを食らいそうだ。
「よかったら、ついでにうちを見学しない? ええっと」
「澤田です」
「澤田君か。邪魔しちゃったし、君がよければ写真部に来てくれないかな」
肥川先輩が俺に助け
写真部は本館の三階、パソコン室を部室としている。
「
女子たちの言い争いらしい。巻き込まれるとめんどそうだが、四人と一人で対立している構図を見るからに、ちょっとしたイジメに発展しかけている印象だった。
「文化祭で恥なんて
一人でいる女子生徒が反抗するように言う。あれは確か、俺らと同じクラスの
「あんた達マジで下手だから」
真田さんは直球な物言いをするなぁ、と思っていると、多数派の方が
「そこまで。入部してから毎日毎日よく飽きないね」
「部長、だって」
多数派が声を上げるも、真田さんは知らんぷりだ。
「だって、じゃないよ。ほら、文化祭前だよ。作品出せなくなるのが一番困るんだから、仲良くして。ね、真田さんも」
「無理です」
またきっぱりと言い張るなぁ、と思っていると江奈は少し困ったような顔をして、ロッカーの方に置いてある一眼レフカメラ、というやつを取りに行った。多分、江奈のことだから真田さんのことが気になっている。でも、自分からどうにかすることも出来ないから悩んでいるのだろう。
「江奈ちゃん、こっちこっち」
多数派の方に
「……江奈、俺どうしたらいいの?」
「あ……。えっと、今日は見学の人を
「あ、そうか。じゃあそこ座りなよ。同クラの子?」
俺の方を見て、助かったと言わんばかりに江奈は安心した表情を見せる。俺は尋ねられたことに頷きながら、適当にパソコンの前に座った。
肥川先輩がホワイトボードの前に立ち、マーカーでなにやら書き込んでいる。これから打ち合わせを始めるのだろう。やや大きめの字で、「文化祭で撮りたいもの」と書かれている。
「とりあえずテーマ決めから。メインステージでは出し物が行われる。グラウンドの方では屋台、
江奈はもう演劇部の写真を撮ると決めている。正確には演技をしている怜央さんを、だが。だから、メインステージだろうなと思った。
「まぁ、撮りたいものを撮ってくれていいんだけど……」
「ここの展示の当番もありますよね?」
「そう。だから、例えばメインステージで撮りたいものが被っちゃうと人手が、ね。クラスの出し物によってはそっちの当番の人もいるだろうし。どうしても時間制限があって撮りたいものがある人、いる?」
手を挙げたのは、江奈。それと、真田さん。他の子たちは空いている時間に撮れればなんでも、と言った様子だった。
「じゃあ、二人の希望は聞いておこうか。真田さん、何が撮りたいの?」
真田さんは、初めから決めていたと言わんばかりにきっぱりと言った。
「演劇部の舞台」
え、と思わず声を漏らした俺の方を、真田さんは
「わ、私も演劇部の舞台、です」
「……まぁ、須藤さんはなんとなく分かってたけど」
「うちの高校のメインですよ? あの志間楓先輩の最後の舞台。腕に自信のある方が撮るべきです」
真田さんの意見はまぁ
「いや、この感じだと二人とも行っていいよ。人物写真の撮り方、練習しといてね。後、演劇部に
「は、はい」
別に、一人だけが舞台の撮影を
真田さんは、少しムッとした表情を俺達の方に向けたが、すぐにホワイトボードの方へと視線を戻した。
やがて、展示する作品などの話し合いも終わり、今日は各自で好きな写真を撮っていい、となったところで、ほとんど解散のような形になる。
「唯君、怜央さんのところに行こう」
「そういうと思った」
俺達も席を立ち、とりあえず演劇部が使っているであろう
「ねぇ」
扉の前まで来たのに、後ろから呼び止められる。真田さんだった。
「話があるんだけど」
眉間に
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