第11話

 しばらく、くっついて。理解できたことがある。


 彼は、すでに心が壊れている。


 赤信号で止まらない。高低差が分からない。挙げ句のはてには、夜から朝まで一切眠らずに3日間起きていたりする。

 人間が通常持ち合わせている危機感覚を、まるごと喪失してしまっているらしい。


 彼。

 台所で料理をしている。

 ほとんど壊滅的な危機感覚喪失なのに、ごはんを作るのは尋常ではなく上手。本当に美味しい。


 通信端末。彼の。


「はい」


『ゔっ』


 切れた。秘書の女の声だった。


 また、通信端末。


「はい」


『なんであなたが出るんですかっ』


 切れた。切れんなよ。


「どうしました?」


 彼。朝ごはんのパンを持ってきた。美味しそう。


「着信。秘書の女のひとの声だった」


「あっはい」


 通信を入れる。


「ぉわぁ」


 秘書の女の声。なにやら捲し立てている。


「大変だな。警邏担当さん」


「いえ何も。今日も町は安全だっていう定時連絡ですよ」


 と言いつつ、ごはんを食べようとしない。


「おい。忘れてるぞ、食うの」


「あ、ああ。そうですね」


 パンを口に突っ込んでやる。食わなかったらしぬんだから、食えよ。

 彼。おとなしく突っ込まれたパンを咀嚼している。


 町のほうは、嵐の前の静けさだった。対立していた組織同士のトップが、急にくっついたわけだし。双方衝撃が大きかったらしい。


「そろそろ荒れるな」


「何がですか?」


「うちのところのもんと、そっちの警邏のやつらがさ。そろそろぶつかる頃だと思って。闘争になるぞ」


「なりませんよ」


 パン。美味しい。


「なんでだよ。こうやって火種がここにあるじゃん。わたしたちが同じところにいるという火種がさ」


「数人撃ち殺せば済む話です」


「は?」


「警邏担当の対応に当たった人間。そちら側の殴りかかってきた人間。互いに何人か死ねば、それで終わりですよ」


「本気で言ってんのか?」


「この平和ぼけした町には、多少血で洗うぐらいでちょうどいいでしょう。大きな殺し合いに発展する余地は皆無です。誰も殺し合いに慣れてないし」


 本気。

 本気なのか。


「そう。誰も殺し合いに慣れてないのが問題なんですもそもそも。見栄だけで反目しているだけの人間が」


 そこで、彼の口にもう一度パンを突っ込んだ。


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