半年間の禁煙

惣山沙樹

貴方の好みになったのに

 禁煙して半年が過ぎた。

 初めはタバコのことばかり考えてしまい、コンビニに行く度、ライターを買ってしまおうか悩んだものだ。

 僕は一人暮らし。誰も咎める人が居ないから、自宅で吸ってしまうのは簡単だ。それをしなかったのは、隼人はやとへの想いがあってこそだった。


「俺、タバコの煙とか苦手なんだよね」


 飲み会の席でそう言っていたのを耳にして、僕はたちまち禁煙を決めた。

 隼人は同じ大学のゼミの生徒だった。つり目に細い眉、すっと通った鼻筋。少し長めの黒髪も、彼によく似合っていた。

 恋に落ちるのに時間はかからなかった。僕は慎重に隼人との距離を詰め、親友の座を手に入れた。

 隼人は何でも話してくれた。両親は離婚していて、母親と二人暮らしであること。犬に噛まれたことがあり、それから動物が苦手だということ。


睦月むつきの隣は何だか安心するなぁ」


 そんなことまで言わせた。そのとき隼人は俺の部屋に居て、ソファに座って二人で宅飲みをしていた。

 まだ、まだ想いを告げる時じゃない。早鐘を打つ胸を抑え、僕は誤魔化すように缶ビールを飲んだ。


「ふわぁ……俺、眠くなっちゃった」


 ことり、と隼人が僕の肩に頭を乗せた。クーラーは効いているはずなのに、じっとりと汗ばんだのがわかった。


「隼人。ベッドで寝かせてやるから」

「マジで? 悪いね」


 大きなあくびをして、隼人は俺のベッドに飛び込んだ。数秒して、すうすうと寝息をたてだした。

 ああ、タバコが吸いたい。

 でも、そんなことをしてしまえば、今までの努力が水の泡だ。僕は空き缶を片付け、ソファに寝転がった。

 背中に隼人の存在を感じながら、俺は眠れない夜を過ごした。二人っきりになって先に寝てしまうほどだ。彼には十分信頼されているだろう。

 いつ想いを伝えようか。失敗すれば、もう今までのようにはいかないかもしれない。それを思うと息が苦しくて、僕はそっと立ち上がった。

 深呼吸して、隼人に近付いた。本当によく眠っている。

 俺は隼人の唇を奪った。

 いけないことをしているのはわかっていた。けれど、止められなかった。隼人はまるで気付いていないようで、規則正しい呼吸をしたままだった。


「なあ、睦月! 報告があるんだ!」


 宅飲みから三日ほど経った頃だった。大学のカフェテリアで、俺は隼人の報告とやらを聞いた。


「俺、彼女できた」

「……えっ?」

「えへへ、ゼミ内。律子ちゃん。昨日告白されたんだ」

「律子ちゃんって、タバコ吸うよな?」

「うん。それが?」


 ぽやんと首を傾げる隼人に俺は詰め寄った。


「隼人って、タバコの煙嫌いだろ?」

「んー、でも好きな子が吸うのは別。そういや睦月も吸ってたよね? 指先とか綺麗だしカッコよかったのに。何でやめたの?」

「……なんとなくな」


 それから隼人は、彼女がどう告白してきたか、どんなところが可愛いかをペラペラと喋り始めた。俺は「親友」として笑顔を交えながら、彼の話を聞いてやった。


「早く誰かに話したかったんだよね。ありがとう、睦月。俺、律子ちゃんのこと大事にするよ」


 もう限界だった。俺は立ち上がった。


「僕、コンビニ行ってくる」

「そっか。またな、睦月」


 コンビニに行き、ライターを掴み、レジで銘柄を叫んだ。店員の若い女の子がまごつくので、舌打ちまでしてしまった。

 俺はカウンターに置かれたタバコを引ったくると会計を済ませ、灰皿も無いのにコンビニの外で火をつけた。

 不味い。

 久しぶりの喫煙は、重く肺を圧迫した。

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半年間の禁煙 惣山沙樹 @saki-souyama

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