第16話 モブ令息Side

16 モブ令息Side



私の名前は、ミシェル・レイモンド。レイモンド子爵令息だ。

だが、私の名前を覚える必要などない。何故なら、私はモブだからだ。



ミシェルの家は、子爵家とはいえ裕福とは言い難い。先代の当主が、商いで失敗して

お家断絶は免れたが、先の戦争でも役に立てず仕舞いで家名は失墜の一途を辿っていた。

しかし、チャンスは訪れたのだ。



シャルロットの援助が欲しい、恩恵を授かりたい。そこで父上が言った言葉が

「何としてもシャルロット嬢を落とすのだ。」


急な父上の命令に従い、シャルロットの取り巻きをして早二年を迎える。

アーネストが学園に入学をしてきた事により、シャルロットは焦っている。

レオンハルトと懇意にしてきた筈なのに、全てをアーネストに持って行かれたからだ。



私は考えた。今がチャンスだと。

シャルロットと婚姻を結ぶ事がベストでは有るが、取り敢えずは恩を売るだけでも良いと。

家を支援して貰えるかも知れないし、他に良い条件の令嬢を紹介して貰えるかも・・・



「カメレオン令嬢は、本当に無礼ですよ。」とシャルロットに言ってみた。

ちゃんとレオンハルトに聞こえる様に。困った顔をしているが、内心はそうでは無いだろう。

私は空気を読んでいる筈だ。


この頃には私は覚悟を決めていた。シャルロットのお気に入りの駒になろう。

シャルロットの機嫌を伺い、シャルロットの心を読んで行動をする。それが近道だと。



ダンスパーティでは、シャルロットをダンスに誘った。結果、レオンハルトに取って変わられたが、それが効をを奏した様だ。

次にアーネストをダンスに誘ってみた。戸惑い気味ではあったが、踊って貰えた。

アーネストに探りを入れて、隙あらば貶めようとしたのだが・・・隙が無かった。でもアーネストとお近づきになれただけでも、儲けものだ。この後の対策の足掛かりになるだろう。


そっとシャルロットの顔色を伺って見ると、満足そうにしていた。

間違っていない。このままの路線で良いのだと思った・・・



ある日の夕方、アーネストが1人で歩いていた。軽やかな足取りだ・・・

高位貴族の令息達にチヤホヤされて、気分が良いのだろう。なんて軽薄な女だ・・・

でも此処は仕掛け所ではないか。予てよりの作戦を実行する時だ。


「アーネスト嬢、ご機嫌ですね。」

と声を掛けてみる事にした。


少し驚いた顔をしていたが、直ぐに笑顔になり「ご機嫌よう。」と返答があった。


「少し一緒に歩いても宜しいでしょうか?」


「ええ。」



2人で並んで歩きながら

「暑くなって来ましたね。アーネスト嬢は、今お帰りで?」

などと話しかけたが、よく覚えていない。それほど必死だったから。


学園内の庭園とはいえ、広大な敷地だ。少し人気のない所に差し掛かった時に襲う気でいた。


「あっ、アーネスト嬢。あそこに野生の小さな花が咲いていますよ。見に行きましょう。」

と手を取ろうとした瞬間・・・


???私は地面に倒れていた。どうして?


アーネストはヒラリと舞って、裏拳を決めていたのだ。


「あら、ゴメンナサイ。手が当たってしまったわ。大丈夫ですか?」

と、心配そうにアーネストに問われる。


言えない・・・人には言えない。か弱き令嬢の手が当たって、気を失いそうな程の衝撃を受けたなどと。

少しこめかみの辺りがクラクラする。しかし・・・


「大丈夫ですよ。」と強がりを言ってみせた。


「あぁ良かった。それでは、ご機嫌よう。」と言ってアーネストは去って行った。


何だ?!何だったのだ?!私は・・・所詮は、役立たずのモブと言う事か。

私は重い足取りで、帰路についた。


誰にも見られていない事が、救いであった。



   ***


誰にも見られていない事が、救いであった。それは、アーネストにとっても同じ事だ。

子爵令息に誘われて危機を感じたクルミは、レイカと入れ替わっていた。


「・・・馬鹿な男ね。」

レイカは吐き捨てる様に言った。




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