第97話 SAVE


 龍崎の血によって徐々に六芒星が生成される中、サイレンの音がこちらに近づく。

 そして龍崎が死んだ事によりゆーちんを閉じ込めていたバリアは解除された━━。



「黒羽くん!」



 解放されたゆーちんは涙を浮かべながら俺に走り寄って抱きしめた。



「助けてくれてありがとう......っ......」


「無事で良かった......変なことに巻き込んでごめん......」


「良いって......そんなの......」



 ぎゅぅぅぅっ......。



「ああ......。あの......悪いんだけどそろそろ離して貰っていいかな......」


「あっ、ごめんなさい......!」



 ゆーちんがパッと体を離すと後ろから邪気のようなオーラを感じ俺の背中に冷や汗が流れる━━。



「アイラァァァッ......!」


「さ......さぁてさっきぶん殴っちまった元カノを回復させないとなぁ.....!」




 俺にぶん殴られて気絶していた万季も回復魔法によって無事に意識を取り戻した━━。



「あれ......私......龍崎さんに囚われて......」


「良かった、無事に目を覚ましたようだね。記憶の方は大丈夫?」


「うん......あんまり覚えてないけど何か物凄い衝撃を顔に受けたような━━」


「それは..... 気のせいじゃない......? あっ......たしか龍崎に"噛めハメ派"を撃たれてたような......?」


「そう......かな......? でも真央が助けてくれたんだよね、ありがとう」


「いえいえ」



 思いっきりぶん殴ったけどな。すまん━━。



 そんな事を話しているうちに一台のパトカーが現れてその中からよく見た顔の刑事の2人が中から出てきた。



「やっぱりこの騒ぎはイケメンの仕業か、ったくお前は......とりあえず墓荒らしとして逮捕だな。御用改めである」


「うーわ出た......警察のクセになんか来るの遅くないですか? まさかエッチな部下にラブホで手錠プレイしていた所為で出動が遅れたんですか?」


「ちょ、ちょっとこの子は何言ってるんですか!? 鷲野さんなんとか言ってやって下さいよ!」


「そうだぞっ! 俺たちはそんなことしていない! ただ普通に署でお互いに捜査していただけさ!」


「キモォォォッ......! 俺が黒幕相手に熱い戦いを繰り広げている時にそっちは暗幕のオフィスで熱い戦いを繰り広げていた訳ですか。これだからこの国の警察は......警棒の使い所間違えてるだろ」


「馬鹿野郎! そんなことする訳ねーだろ。俺達は龍崎ゆりが何処に向かったか色々調べて身柄を拘束しようとしてたんだよ。まぁお前に先手を打たれちまったけどな━━」


「ふっ......最後の最後まで俺の勝ちみたいですね」


「ああどうせそうだよ。とりあえず話は署でゆっくり聞かせてくれ」


「......それはもしかすると無理かも」


「はぁ? そりゃどう言う意味━━」



 鷲野さんがそう言った瞬間あの六芒星は完成し、そこから純白の光が天に向かって放出された瞬間その光は俺とアイラにだけ降り注ぎ俺は思わず目を瞑る━━。



『時間だよ真央くん......』



 アイラがそう言うと俺達は光によってその場から姿を消した━━。



「此処は......」



 光の眩しさから閉じていた目を再び開けると、そこは黒い空間で足元をよーく見るとコードのようなものが無数に張り巡らされていた。



『此処は君の世界と僕の世界の間にある世界さ。と言っても僕も此処に来たのは初めてだけど......』



「そっか......それで一体これから何が起きるんだ?」


『君が倒してくれた"主人公"は途轍もなく強大な存在だ。奴は一度倒しても何処かのタイミングで必ず復活する、また同じようなループを繰り返すんだ。僕はそれを何としても阻止したい......僕や君のような辛い目に遭う者達を見るのはコレで止めにしたいんだ。だから......










 全てを無かったことにする━━』


「......え?」


『龍崎がこの世界に存在していた事実を消すんだ、僕の力を使ってね。そうなると君のお母さんが死んだという事実が無くなってお父さんも死ぬことは無い、そして龍崎へ私利私欲の為に力を貸していた人物......例えば"氷川"や"大葉"達はペナルティとしてこの世に存在していた事実も消えて無くなる』



 俺はアイラが言った奇想天外な説明に驚愕する。

 百歩譲って龍崎の存在を消すなら分かる。しかしこの世界に元々住んでいたはずの氷川達まで消えるってのは......どういう事だ?



「君は本当は一体何者なんだ......?」


『僕は......

 次世代の神なんだ━━』


「次世代の神......?」


『うん。実は母さんは魔王なんかじゃなくて先代の神でね、主人公に殺されたあの日は僕にその力を継承する日だったんだ......。あの世界は神である母さんが死ぬと無限にループする......その事に気がついた母さんはそれを阻止しようと僕に力を譲り、自分は彼女に殺されてその連鎖を止めようとした。しかしその瞬間、何故かこの世界に転送されたんだ。そしたらこんな悲劇が起こってしまった━━』


「......」


『君をこんな事に巻き込んだ事、本当に申し訳ない......。だからせめてもの償いとして、君の両親や大切な人は生き返らせて悪い奴は存在しなかった事にさせて欲しい』


「......わかった。でもリスクがあるんだろ? それは一体なんだ?」



『それは.......










 僕の力を受け継いだ"黒羽真央"という存在も、この世界で今を生きる人々全てのセーブデータ大切な記憶から消えて無くなってしまう━━』


「......そうか」


『この儀式が完了した後君の両親から生まれる子供は君では無い別の人物になる。しかしそうしないとパラドックスが起きて主人公はまた復活してしまう......それを阻止するには君には別の人間としてこの世界で生きてもらうしか無いんだ━━』



 みんなの記憶から消える.......か......。

 仕方ないよな、あれだけ人をブチ殺してきたんだ、リスクの一つや二つ背負わないと帳消しになんてならない......。



『これまで復讐というただ一つの目的を掲げて生きてきた君にはとても辛い選択肢だと思う、その根本の目的であるお母さんの記憶に君は残らないのだから......。それでも他に道はないんだ......同意してくれる......かな......?』


「ふふっ......俺はさっき言ったぞ? 復讐の達成のためなら何でもするってさ、母さんが生き返ってあんな奴らが居ない世の中になれば万々歳じゃないか......。俺は同意するよ━━」


『ありがとう......っ......!』


「泣くなよ僕っ子......君は神様なんだろ? だったらもっとシャキッとしろって」


『でも......でも君が......! あんなに自分を犠牲にして頑張っていた君がそれを理解するニンゲンが誰1人として居なくなる事を考えると......申し訳なくて......!』


「理解者なら君がいるじゃないか。神に理解されてる人間なんてそうそう居るもんじゃない、むしろ名誉な事だろ? だから気にすんなって━━」


『ありがとう......』


「それより......君のお母さんは元に戻るのか?」


『それは無理なんだ......。僕の母さんと僕が"あの世界"に存在しているとなると主人公もまた存在してしまうからね、だから僕は君とこの世界に居る......。君はどうする? もしこの世界が嫌なら僕と一緒に僕達のことを全く知らない異世界に転送できるけど......』


「......それは嫌だな」


『......どうして? この世界のニンゲンは異世界が好きな者が多いのに?』


「いや、俺は怖いよそういうのは.....。異世界とはいえ俺と同じ形した人間がいるとは限らないでしょ? 例えば股間が頭部にあって頭部が股間にある"存在モザイク"な身体の造りをしてるのがスタンダードかもしれないしさ。そんなやつに人の目を見て話せ! とか言われても目のやり場に困るし常に股間広げたヒロインなんて絶対可愛くないし━━」


『えぇ......。君だけだと思うよそんな発想で異世界行きたがらないニンゲンは......』


「まぁ......とにかく俺はここにいるよ。君も居るんだろ?」


『うん。君がここに居るなら僕も居るよ、君と同居人として生き続ける』


「わかった。じゃあよろしく」


『では......始めるね━━』



 アイラが眩い光を放つと俺はまた目を瞑る......。

 そしてその光が消えて再び目を開くとそこは先程まで居たあの霊園だった━━。


 辺りを見渡すとさっきあれだけ荒れに荒れた戦いの痕跡は綺麗さっぱり消え、のどかな霊園に戻っていた。

 そして俺の墓が建っていた所を見るとそこに墓は建っておらず、土地がポッカリと空いていた。



「......」



 俺は本当に黒羽真央という痕跡が消えたという実感が湧き、少しショックを受けて立ち尽くす━━。



「ごめんなさい......こんなことしかできなくて......」



 振り返るとそこには完全に実体化したアイラが俺を悲しそうな目で見ている━━。



「そんな目で見るなよ......もう決めたことなんだ。それより俺はどうなった? あの力とかはそのまま使えるのか?」


「使えるよ、僕が存在しているからね。ただ見た目は......この世から存在そのものが消えた黒羽真央にだけ・・はもうなれないんだ━━」



 アイラが空間から鏡を出現させるとそこには"明星亜依羅"の姿が映っていた━━。



「そうか......」


「君と僕は姿形も、そして絆も双子の兄弟みたいな存在になったんだ。そして僕の方はこの世界を見届けるよ......君はどうする? 月に向かって吠えるのも、また一から学校生活をやり直すのも全て君の自由だ」


「そうだな......でもとりあえずそれより先に見たいものがある━━」



 俺たちは転移魔法を使ってとある場所に移動した━━。



*       *      *



「この場所は......」


「月野社長が構えるオフィスのビルだよ」



 俺がお世話になっていたそのビルには巨大なポスターが貼られており、そこには紛れもなく俺の恋人だった月野レイとゆーちんがアイドルの衣装を身に纏い綺麗な姿で映っていた。

 そして隣のデカいモニターには彼女のインタビュー映像が繰り返し放映されている━━。



『今回は只今人気絶頂中アイドルの1人である月野レイさんにお話を伺っております。こんにちは』


『こんにちハ』


『今回発売される4枚目のシングルのテーマは"愛する人を失った悲しみ"という事なんですが、どのような気持ちで収録に臨まれたんですか?』


『実はこの歌を歌う時、以前片想いしていタ━━』


「あのお化けのお姉さんも無事にアイドルとして活躍してるんだね」


「みたいだな、あんなクズにぶっ殺されるよりよっぽど良いさ。レイには......あの時謳歌出来なかった分の人生を取り戻して、お姉さんと2人幸せになってほしいよ」


「そっか......。でも君はあの子のことが......」


「好きだよ......今でも......。でも......だからこそ彼女の本当の幸せを願うのが男ってもんだろ? それにもう俺と彼女は別世界の人間なんだ。さぁ行こう━━」



 レイと出会って過ごした日々が頭の中を駆け巡る━━。


 最初は見た時めっちゃ怖かったっけ.......。

 でも最後まで俺を信頼して好きでいてくれたんだよな、レイのおかげで俺は何度も助けられたんだ......。

 これからも、例え君が俺を認識していなくても、俺は心から君を応援し続けるよ......本当にありがとう......。



 俺達は路地裏で再び転移魔法を使用して最後の場所へ向かった━━。



「ここは......」


「ああ、俺が育ったアパートだ......」



 俺は懐かしさを胸にそのアパートを見つめると住んでいた2階の玄関の扉が開いた━━。



「さぁて出かけるぞ! 今日は俺が目一杯家族サービスするぜ」


「ふふっ......慎一さんったらそれ毎週言ってるわよ? どんな事件があっても土日は必ず休む刑事さんなんて貴方くらいじゃない? いい加減にしないと相棒の鷲野くんに怒られるわよ?」



 そう言いながら笑顔で出てきたのは紛れもなく俺の母さんだった━━。



「良いんだって、アイツはアイツで今日葵ちゃんとデートしてんだから。それに娘の"涼"ちゃんと妹の"紗羅"ちゃんも鷲野ちゃんのお母さん家に泊まり行ってるらしいしさ」


「えっ? 何で貴方がそんなことまで知ってるの? もしかして......デキTERU?」



 親父と楽しそうに会話をする母さんは俺との生活で見せてくれたあの笑顔と同じ、嬉しそうな顔をしながら親父と仲睦まじげに手を組んでいた。

 

 そして━━。



「そうそうそう、鷲野ちゃんと俺は昔から......ってそんなわけあるか! うちの姫から聞いたんだよ、なぁ......













 真緒━━」



「っ......!」



 扉から出てきたのは母さんにそっくりで可愛い見た目をした俺と同い年くらいの女の子だった━━。



「そうだよお母さん、涼と紗羅と私は親友なんだからね!」


「そっかそっか! お母さん勘違いしてたわぁ、慎一さんと鷲野くんは仲が良すぎるからすぐソッチ方面に考えちゃって」


「ったく......晴香にも困ったもんだよな」


「仕方ないじゃない口を開けばすぐ鷲野ちゃんって言うんだもの......ちょっと嫉妬しちゃうなぁ」


「いやいや、お母さんとお父さんも異常なくらい仲良いじゃん。ていうか娘の前で腕なんか組まないでよ恥ずかしいから......」


「これを恥ずかしがるようじゃお前もまだまだお子様だな。それじゃあ一服してから行くぞ」



 キンッ......! ボッ......。



「ちょっと慎一さん! 身体に悪いのでタバコは吸っちゃいけませーん」


「ちっ......分かったよ。それじゃシートベルトしっかり閉めてくれよな、出発するぞ」



 キィィィンキッキッキッ、ゴヮァァァァンッ! ゴアッ! ゴアッ━━!



「ねぇお父さん! 良い加減この車からファミリーカーに乗り換えてよぉ! 私後部座席でいつも狭いし音もブンブンうるさいしさぁ!」


「仕方ねーだろ? コイツは俺のお気に入りの車なんだ。それに真緒だって昔はキャッキャして喜んでたじゃんか! それから俺はファミリーカーにだけは死んでも乗らんぞ、豆腐の配達が出来なくなるからな━━」


「全く頑固親父なんだから。ふふっ.....」



 そう言って家族が乗り込んだ車は、俺がこの前親父から譲り受けた黒いボンネットに白いボディカラーの古いハッチバックスポーツカーだった。



「さぁて、夏名湖のレイクサイドホテルに出発━━!」



 その家族はみんな楽しそうな顔をしながらうるさい車の音を響かせて走り出した━━。



*      *      *



「おい、どうした晴香? お前━━」


「っ......なんだろう、今凄い幸せなんだけど何故か涙が止まらないの......。さっき家の前にいた綺麗な顔した男の子を思い出してからずっと━━」 


「お母さん大丈夫......?」


「そうか、晴香もか......。とりあえず晴香にはハンカチだ、せっかくの綺麗な顔がメイクの滲みで台無しになっちまう」


「そうだよお母さん......お母さんが泣くと私も悲しくなっちゃうよ......元気だして?」






「うん......ありがとう、マオ━━」



*      *      *



 車を見届けた俺はその場から動く事は出来なかった━━。



「そっかぁ、良かった......本当に良かった。母さんはあんな酷い目に遭わずに済んだんだね......っ......」


「真央くん......」



 母さんが辛い目に遭わず生きていたという安堵感を自分の心に言い聞かせるが、それと同時にもう俺の母さんではなくなったという現実を受け止めきれない寂しさが一気に込み上げてどうしても涙が止まらない━━。



「......本当にごめんなさい......」


「いや、良いんだって......。あんな最低な目に遭うよりこっちの方が母さんにとってずっと幸せさ......。親父とも上手くやってあんな可愛い娘も居る......人としてこれ以上の幸せは無いだろう......?」


「でも......君の幸せは......」


「仕方ないよ、浦島太郎ごっこには慣れてるさ......。これを承知で玉手箱を開けた俺が悪いんだ......」


「そんな事ない......! 本当なら......君が一番報われなきゃいけないのに......!」


「良いって......それに君も被害者なんだ。でもさ......少しだけ......もう少しだけ泣いて良いか? 必ず泣き止んでまた前を向くからさ......」


「僕は君が泣き止むまでずっとここに居るよ......」


「ああ......ありがとう......」



 俺は人目を憚らずその場に膝から崩れて涙を流した。


 覚悟はしていたが結構心に来るな......でも最後に母さんの幸せそうな顔を見れただけ良かった......。

 今までありがとう母さん......いつまでも元気でね━━。










「.....やっと見つけタ━━!」


「っ......!」



 俺が咄嗟に涙を拭いて振り返るとそこには見慣れた顔が大粒の涙を溢しながら俺に駆け寄り抱きしめる。



「えっ......? なんで俺を......!」


「ワタシがそばに居ル......"ずっと一緒だよ"ってあの時約束したかラ......」


「そっかぁ......俺も......そばに居る......ずっと一緒だよ......」



 俺もその気持ちに応えるように涙を流す彼女を愛情いっぱい抱きしめた━━。



*      *      *



「はーいみんな席に着いてー」



 とある学校では新任っぽい女性教師がみんなに着席を促すと1人の女子生徒が先生に声をあげる━━。



「春山先生今日は来るの早いじゃん。もしかして何かあったの?」


「えっへん! 流石現役アイドルの多田井さんは勘がいいね! 今日はなんと......転校生が来ています!」



 突然の発表に生徒たちはどよめく。



「マジ!?」


「どんな人かなぁ」


「イケメンだったら良いなー」


「いや、可愛い子の方が良いだろ!」


「俺は人妻が良いな......」


「私は銀髪ツインテールのエルフが良いな......」



 様々な声を口にする中先生が口を開く━━。



「はいはいみんな静かに! それじゃ入って良いわよー」



 ガラガラ......





 

 ガシャァァンッ━━!



「あっ......」



「「「「......えっ!?」」」」



「あれっ? なんかドア壊れちゃいました......ハハッ......。み......皆さん初めまして、俺の名前は━━」



 Fin

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