第72話 衣繍夜行


「イケメン......お前何故此処に居るんだ......?」


 明星亜依羅、そして片手にフライパンを持って如何にも料理してたような格好をした褐色の女の子はまるで東海林ちゃんと俺を守るように背を向けて俺達の前に立つ━━。



「......僕は僕で色々事情があるんですよ。とりあえず逃走○のハンターみたいな格好したコイツらをなんとかしないといけませんね」



 そう言うとイケメンは黒服の奴らを睨みつける。

 この状況でそんな目を出来るのか......大した高校生だよお前は━━。



「ガキが舐めやがってぇ......お前らガキも全員皆殺しだ!  おい! コイツら始末するぞ......みんな出てこい!」




 俺と東海林ちゃんを余裕ぶった態度で殺そうとしていた黒服が仲間を呼ぶと連中は隠れていたのかゾロゾロと物陰からやってくる。

 しかし説明不可能な現れ方をした2人の奇襲により男の表情には少し焦りが見えていた━━。



「おー怖っ、2000円とIC○CA渡すんでそれで今日の所は勘弁してもらえないっすか? あっ......でもそれだと帰りのタクシー代が━━」


「ふざけんなよクソガキ......!」


「もしかしてSui○aの方が良かったですか? ここ西じゃないですもんね。それとも2000円が気に入らない? すいません昨日家にいるメイドが勝手に通販で電マ買って財布から金が消えたんですよ......」


「おい、それ以上くだらない戯言を口にするなよガキ......。こっちは国の為に働いてんだ、お前のふざけた態度に付き合ってる暇は無いんだよ」



 カチャッ.......。



「おい! これ以上そいつらを挑発するな! 本当に殺されるぞ!」



黒服は銃口をイケメンに突きつける......しかしイケメンはそれに対し動揺するどころか平然とした顔でほくそ笑む━━。



「はっ......国の為とか笑わせんなよ、お前らが言う国の為ってのは被災地で炊き出し食ってボランティアした気になってるパフォーマンス目的のiTuberや政治家と同じで当事者にとっちゃ"迷惑"でしかないんだよ。そうだ刑事さん......今から警察官としての仕事を少し放棄してもらって良いですか?」


「おい......そりゃどう言う意味だ......?」


「今からコイツらを全員殺す......だから少しの間目を瞑ってて欲しいんですよ━━」



 その顔はおふざけなど一切無しで確実に目の前に居る人間を始末しようとしている、狂気に満ちた悪魔の目だった━━。


 俺はその雰囲気に思わず息を呑むが、高校生にそんなことさせる訳にはいかない......。



「ダメに決まってんだろ!? 法律が云々じゃねぇ......綺麗事かもしれないが子供に人を殺す業を背負わせたく無いんだよおじさんは。それに人を"殺す"なんて言葉子供が簡単に使うんじゃねぇ」


「わかりましたよ......じゃあ今から殺人ころんちゅして良いですか?」


「馬鹿野郎。言い方変えたからって許されると思うなよ? それになんだころんちゅって海人うみんちゅみたいに言うな」


「そうですかぁ、でももう遅いんですよ......人を殺さない選択肢なんて僕にはね━━」



 そう言うと明星アイラは東海林ちゃんの脇腹に手を当てて緑色の光を放つ━━。



 シュゥゥ......。



「っ.....」



 信じられない事に東海林ちゃんがさっき受けた傷がみるみる塞がり始め、内部に留まっていた弾丸がポロッと脇腹から落ちた━━。



「なんだこれ......お前本当に何者なんだ......!」


「うぅ......あれ......私......」


「っ......! 東海林ちゃん大丈夫か!」


「はい......でもこれは一体......私はさっき撃たれて......。ってあれ明星君? なんで君が此処に居るの!?」


「こんばんは東海林さん。ほら女性はしっかり守らなきゃダメじゃんイケオジ......そんなんだから女の人にモテないんだぞっ?」


「うるせぇ......おじさんってのは急に動くと関節痛くなったりして機動力が落ちるんだよ。それで......さっき言ったもう遅いってのはどういう意味だ?」


「......今僕は東海林さんの傷を治しましたよね? って事は東海林さんにとって僕は命の恩人な訳ですよね?」


「どうした? 急に恩着せがましくなって。お前はそういうタイプじゃないだろ?」


「まあいいから.......僕が簡単に彼女の致命傷を治せたって事はその逆も簡単に出来る、この意味わかりますよね━━?」












「お前......俺を脅してるのか?」


「僕は知っての通り警察様が嫌いなんでね......おじさんの事は別だけど一応保険のために言ってるんです。そもそも僕は正義のヒーロー気取りでここへおままごとしに来た訳じゃない......その事は貴方達はこれまでの事件で嫌と言う程見てきた筈だ━━」


「お前......まさか......!」


「ふっ......それじゃあ始めるぞ涼。とりあえずコイツらは東海林さんを撃ち殺しかけた罰として僕が始末する、だから涼は━━」



 ヒュン━━!



「えっ......?」








 ガンッ━━!



「ぎゃぁぁっ━━!」



 褐色の女の子が回転しながら宙に舞い、手に持ったフライパンは1人の黒服の男に目掛けて思いっきり振り下ろされた━━。



「あははっ♡ おじさんのくせに悲鳴とかきも〜いっ♡」



 褐色の女の子はあっという間に黒服の男を1人倒し、めちゃめちゃ人を馬鹿にしたような顔でソイツを覗き込んでいた━━。

 それにしても似ている......髪型は違うがあのバカにした顔といい健康そうな肌といい幼い頃のアイツに━━!



「おじさん達はなんでそんな黒い格好してるの? マチアプ? 街コン? 婚活のため? 無理無理♡ 涼よりもよわよわなおじさん達が女の子なんか落とせるワケないじゃんっ♡」


「な......なんなんだこのガキ......!」


 男達は幼女が大の大人を簡単に倒す光景に唖然としながら狼狽えている。

 俺もその見た目からは想像もつかない強さと口の悪さに驚き一瞬思考が止まったが、俺よりももっとビックリしてる高校生悪魔が目の前に居た━━。



「えっ......ななななにコレどゆこと!?」



*      *      *



 ガンッ━━!



「あははっ♡ おじさん達よわすぎ〜♡」



 女の子はその小さな身体を最大限に生かして蝶のように舞いながら黒服達を次々と倒していくがそのギャップと手際が鮮やかすぎて状況が飲み込めないが━━、



「えっ......待って......ちょ待って......? 全く状況が飲み込めないんだけど!?」



 どうやらその元凶・・を連れてきた奴も状況を飲み込めていないようだ......だがそんな俺達の思いを他所に女の子は男達を蹂躙していく━━。



 ガンッ━━!



「うぎゃっ......!」


「ふふっ♪ うぎゃ! だってぇ〜、だっさぁ〜い♡」


「おいちょっと待てぇ......!」



 ガンッ━━!



「ぐぇっ......!」


「ふふっ......そんな声しか出せないなんてまじきもい♡。おじさんたちって人を殺すためにその歳まで努力してきたんだよね? それが1人のちっちゃな女の子に簡単に潰されるなんてその努力無駄じゃんかわいそ〜♡。ねぇ努力が無駄になって今どんな気持ち? 涼にいっぱいおしえてほしいなぁ♡」


「.......」


「あれ? もう気絶しちゃったんだ情けなぁ〜い♡」


「くそっ......なんだあのガキ! なんの手品を使いやがった!?」



 強い......!

 あの黒服達も相当鍛え上げられている筈......なのにそれを赤子の手を捻るかのように簡単に倒していくあの強さは最早別次元の存在だ。

 だがそんな活躍にイケメンは何かが気に入らないようで、青筋を立てて身体を震わせながら声を荒げる━━。


 

「ちょっと待てって言ってんだよクソガキ! テメェなにやっちゃってくれてんの!?」


「なにっておにーちゃんの話長くて待ちきれなかったんだもーん♡。やっぱりあれかな? 歳をとると話がくどくなるのかなぁ? おじさんくっさぁ〜い♡」


「その薄汚れた口に銃をブチ込むぞクソガキ! 僕が思い描いていた未来予想図を簡単にぶち壊してんじゃねぇよ!」


「なにそれ? おにーちゃんどゆこと?」


「僕がなんであんなカッコつけて敵である刑事さん達の前に登場したか分かるか!? ここで大活躍して『おおー凄いね明星君』『キャーッ! さすが主人公!』って崇め讃えられる存在になるためだったんだぞ! それがお前の無駄な大活躍で全部パーじゃねぇか! 僕がこのためにどれだけの照明とメイクアップを施したと思ってんだ! 主人公の席返せよ!」


「ちょっとなに言ってるか分からないよぉ♡。そもそも私に復讐の機会をくれたのはおにーちゃんじゃん、涼はそれを実行してるだけだよ♡? あぁすまんっ! また身体勝手にっ!」


「うるせぇ! こっちはもうその二重人格にも飽きてんだよ! 主人公を置き去りにした挙句調理器具片手に大活躍してんじゃねぇ! ちっとは空気読めよバカ野郎!」


「な、なぁ......2人とも落ち着いてくれ......東海林ちゃんを撃った敵があと1人残ってるぞ」


「ちっ......涼お前家に帰ったら今日の夜食抜きだからな。冷蔵庫に眠ってるブラックヨンダーは僕が食う」


「そんなぁ......うぅっ......分かったよぉ......。でも涼を虐めたっておねーちゃんに言いつけちゃおうかなぁ━━♡」


「ふざけんな! おま......僕がアイツに勝てないの知っててわざと脅してるだろ! クソッ......! 変に同情してこんな奴拾ってくるんじゃなかったよチクショウ!」


「おいお前ら......何ベチャベチャ喋ってんだ? まだ俺が残ってるぞ! この銃で確実にぶち殺して━━」



 ヒュン━━!







「なぁ......今僕が生きるか死ぬかの大事な話してんだよ。雑魚は黙ってろ━━」


「なに......!?」



 ザシュッ......!



「ぐぉ......」



 一瞬の出来事で何が何だか分からなかったがイケメンの腕が黒服の脇腹、つまり東海林ちゃんを撃ち抜いた箇所を貫いて宙に持ち上げていた。

 そして男の体から大量に漏れ出た血がイケメンの腕に伝っているがイケメンは眉ひとつ動かさない━━。



 ドサッ━━!



「うぉ......ぐ......」


「うるさいんだよさっきから......アンタ殺す殺すって言ってたけどそう言うなら殺される事も覚悟の上だよな? プロなんだからさ」



 イケメンは先程腕を引き抜いて地面に叩き落とした男に近づく━━。



「うぐ......やめ......で......ぐれぇ......」


「はははっ......今頃命が惜しいのか? 大丈夫......直ぐに死にたいと思わせてやるよ━━」



 グチョッ.......! グリィッ......!



「ウ゛キ゛ャ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ━━!」



 男は脇腹に再び腕を突っ込まれ、人の声とは思えない悲鳴をあげる。

 その悲鳴を無視してイケメンは腹の中を掻き乱すように手でグリグリと文字通り内臓を抉っていた━━。



「ははっ......痛いでしょ? 今アンタが僕の手で弄られている部分は膵臓の近くだ、ここの周りって太〜い神経があるから圧迫されると想像を絶する痛みが発生するんだよね。下手すりゃモルヒネを打っても効かないんだとさ━━」


「ク゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ━━!」


「おいおい、もっと腹に力入れて花○夏樹みたいな透き通った良い声出せよ。あっ、そんな腹じゃもう腹筋は使い物にならないか......悪いな」



 ニヤニヤと傷口を抉りながら黒服の男に問いかけるヤツはまさに悪魔だった━━。



「うっ......あれが本当に......明星君......?」



 イケメンの狂気じみた行動に東海林ちゃんは口を抑えて吐き気を我慢している......。



「ああ......俺達はヤツの見ちゃいけない一面を見ちまったらしい......」



 俺は最初彼の行動を止めようとしていた......だが彼がどんな辛い目に遭ってきたのか背景を想像すればするほど側から見れば凶行とも言えるこの行いを止める資格が無いと俺は気付かされた。

 俺も同じ立場だったら......いや、葵はコイツらに消されたんだ......俺だって葵を攫って殺した奴が目の前に居たら同じことをしてやりたい。

 それは警察官がどうのこうの法律がどうのこうのって話の前に愛する人間を殺されたら誰だって......"普通の人間の感情"として必ずそう思う筈だ━━。



「なるほどね......警察官という職業を少し放棄しろって言ったのはそういう意味だったのか━━」



 俺がそう呟くとイケメンは全て聞いていたようでこっちに振り返った。



「ふっ......少しは分かってくれたみたいだね刑事さん。コイツらは法律に従ってちゃなんのダメージも与えられない......なら僕は僕の力を生かして僕自身・・の手でコイツらを皆殺しにする。でもとりあえずコイツの体液の汚さに限界だからそろそろ周りのやつ含めて灰にしていい?」


「やめ......ろ......。なぁ......アンタら警察官だろ......コイツを止めて......くれ......」


「分かったよ......」


「助か......る......」







「お前には東海林ちゃんの命を人質に取られてるしな......横向いてっからもう存分に始末しろよ━━」


「そん.....な......」


「鷲野さん......!」



 俺の言葉にイケメンはニコリとし、黒服は逆に絶望の表情を浮かべていた━━。



「さすが物分かりの良いイケオジ刑事ですね。ちょっと中世じみた時代に逆戻りした気がするけどまぁ許されるよね......。それじゃ始めまーす」



「待ってくれ......! アンタ......刑事なら......コイツを逮捕しろよ......!」


「知らねーよ。お前が仮にこの場から生き伸びたとしてもそこのイケメンより先に捕まるのはテメェの方だよ馬鹿野郎」


「ふっ......そういう訳だからさっさと死んでね。今回はサービスで火葬場要らずにしてやるよ、じゃあねバイバーイ」



 ボッ......!



「うぅ......やめろ......やめてくれ......! 悪かった......俺が悪かった!」



 ヤツは男の言葉を無視し、さっきまで内臓を掻き回していた腕は紫色の炎に包まれる━━。



「自分達が悪いのを自覚してるんだ。なら余計に死ね......お前は灰すら残さない━━」


「う゛き゛ゃ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛━━!」



 紫色の炎は一瞬にして黒服の全身を燃やし尽くし、炎が彼の腕に収束した時はもう既に骨どころか宣言通り灰すら残らず消えた━━。



「さて、そろそろホテルに向かわないとまずいな━━」


「少し待ってくれ......」


「どうしました?」


「君が連れてきたフライパンの女の子......もう少し顔をしっかり見せてくれないか━━?」


*      *      *


作者より⭐︎が1500を突破したことをお礼申し上げますm(_ _)m!!

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