第71話 相棒と絶望と希望
「
「そこでノビてる警視総監様の手下がしっかり教えてくれたよ。少しばかり手荒な真似させてもらったがコイツが先に公務執行妨害してきたんだ......正当防衛だよな?」
ぶっ倒れている氷川の部下を見ると口や頭からかなりの血が流れており、恐らく天使がコテンパンにしたのだろうと予想する事が出来た━━。
「......まあ良い。だが君1人だけが此処に来て何が出来る? そもそも我々は君を始末するために待っていたんだよ」
「へぇ......そうなんですか反社さん?」
「その通り......。それより君は20年前から我々侠道会と氷川君の行動を怪しんで張っていたが我々の力で一度手を引いたよな? その君が何故今になってこの刑事と再びタッグを組んでいるんだ?」
「はっ......やはり何も分かってないなお偉いさんは」
キンッ......ボッ......。
侠道会会長田所のセリフに天使はニヤリと笑い、ポッケから取り出したタバコにライターで火を付ける━━。
「ふぅ......何故だって? そもそも俺は捜査の手を止めちゃいない。20年前鷲野ちゃんの結婚相手に手を出し、これ以上捜査をするなら俺の家族ごと手に掛けるとお前らが脅してきたあの日からな━━」
「っ......」
「いつかお前らをしょっぴく為......そして家族を守る為に俺はあの当時苦渋の決断をした。あの頃から既に上にいたお前らにもし家族を始末されるような事があっても当時の俺にはそれに対抗する術は無かったからな......だから俺は俺で力をつけ、現場では鷲野ちゃんに動いてもらってたんだ」
「ふん......ノンキャリの君が我々に対抗する為とはいえ警視監にまで出世するとは大したもんだな」
氷川は鼻で笑う━━。
恐らく自分がキャリア組の最高峰にいる余裕とノンキャリをバカにしているからこそ出来る態度なのだろう。
「そりゃあ努力もするさ......結婚した男は家族のために死に物狂いで働くもんだ。だがそんな努力も虚しく陰から見守っていた俺の愛する元妻は2年前、お前らが関わる人間に突然殺されたがな━━」
飄々としていたその表情が悪鬼のような顔に変わり場の空気は一変する━━。
「......!」
「天使......それはどう言う事だ......?」
「そうか......鷲野ちゃんには俺の妻や子供の名前を教えてなかったな。俺の元妻の名前は天使晴香、離婚して戻った姓は黒羽......もう分かるよな?」
「おい......それって捜査が打ち切られた例の"アイス"が現場から発見された......!」
「そう......あの事件の被害者、黒羽晴香は俺の元妻なんだよ━━」
* * *
氷川と田所もその事実を知らなかったのか驚愕の顔を浮かべる━━。
「なに!? まさかアレがお前の......!」
「過去にあれだけ人を脅しておいて名前すら知らなかったようだな、お前らが何故その事件を捜査打ち切りにしたのかと言う理由も知っている......。そしてもう一つ、お前の息子......氷川勇樹だっけ? アイツが俺の息子を虐めるように周りの連中に指示出してた事も調査済みだ━━」
氷川の顔に一瞬焦りが見えた━━。
まさか......黒羽真央のイジメと黒羽晴香殺害に関してやはり何か繋がりがあるのか......!?
「くっ......何のことだっ!」
パンパァンッ━━!
「うぐっ......!」
「ぐぁっ......!」
天使は銃弾を田所と氷川に1発ずつ浴びせると田所は撃たれた太ももから赤い血を流し、脛を撃たれた氷川は何故か青い体液を流していた━━。
おかしい......その違和感は氷川の青い体液じゃなく天使が放った銃弾の命中した場所だ。
アイツの銃の腕は警察組織の中でも俺が知る限り史上最高の腕前だ......足を狙ったのは動きを鈍くするためだろう━━。
だがそれなら何故天使は田所と違う箇所を氷川に当てたんだ......?
「下手クソな惚け方しちゃって......お前から溢れ出る化学工場から出てそうな青い汚染水が何よりの証拠だろ? お前が息子共々『アレキサンドライト』の手術を受けたのも知ってる。ただ俺が最近知った"最高傑作"とは違うようだな━━」
「......それは今まで過去2例しかその最高傑作が成功していないからだよ。私のモデルは定期的に"アイス"の摂取をする必要無いが、あの領域のモデルは適合しなかったんだ。だがそれであってもこんな銃弾程度私にはなんとも無い......」
氷川右胸にめり込んだ銃弾は不自然な形で体から排出され、傷口みるみる修復されていく━━。
なんなんだ......あの青い体液といいアイツは本当に人間か......!?
「やはり効かないか......ならこれで少し足止めさせてもらうよカブトガニ━━」
天使が内側の胸ポケットから取り出したのはさっきまで持っていたハンドガンとはまた別のハンドガンだった。
「何を持ち出すかと思えばまた
「それはどうかな━━?」
パァン━━! バチバチバチッ......!
「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ......!」
「文字通りシビれるねぇ〜。残念ながらコイツはただの銃じゃない、お前の血液で蠢くナノロボットを一時的に機能停止させる特製のテーザー銃なんだよ。優秀な人間ってのはすぐ自分の能力を過信するから油断が出る......じゃあなっ!」
「ク゛ソ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ━━!」
「待て天使! 貴様逃げるのか!?」
「逃げるに決まってんだろカイチョー。流石に俺1人で手負いの同期を背負って戦うのは分が悪すぎるからな。どうせお前らは今日までの命だ......にんじんジュースでも飲んで今を楽しめっ」
バシュッ━━!
天使が手榴弾のようなものを投げつけると辺りは煙が立ち込め目の前が見えなくなる。
そして俺を縛り付けていた手足の枷は天使によって外された━━。
「さて逃げるぞ相棒。全く無茶しやがって......お前らしくないぞ焦ってコイツらに攫われるなんてよ、おかげで計画が狂ったぞ」
俺は天使に肩を抱かれてレイクサイドホテルの会場から脱出を図る━━。
「悪いな天使......葵の手掛かりを掴んだら居ても立っても居られなくてさ。俺とした事が見事に踊らされたよ」
「そうか......まあ気持ちは分かる、だが冷静な判断をしてこそ本物の警察官だ。俺みたいにポーカーフェイスを作る修行が足りてないな、帰ったらババ抜きで鍛えろ」
「うるせぇ......確かに俺でも見抜けなかったよ、お前の元奥さんがあの被害者だったとはな。だが一言でも言ってくれれば力になったのに」
「ふっ......自分の監視が行き届かずに殺されたんだ、そんな情けない話誰にも言える訳ないだろ? それに息子だって━━
「黒羽......真央君の事か?」
「ああ......俺は情けない父親だよな全く......。アイツの息子が原因でイジメに遭っていた事を真央が死んでしまった
後に知るなんてさ━━」
「そうか......だがお前は家族のために......」
「いや、結局家族なんて誰も守れやしなかった。俺は権力に負けたただの敗北者だ......ゲホッ......!」
天使が少し息苦しそうにその場に足を止める。
その顔色はかなり悪く真っ青になっていた━━。
「ゲホッ.....! ゲホッ......! ほらな......こんな時にもう来やがった......」
「おいどうした......お前その血はっ!」
天使の口からは咳と同時に吐血しており、口を抑えた手のひらは真っ赤に染まっていた━━。
「お前......まさかさっき氷川への弾道を少し外したアレはわざとじゃなくて......!」
「ああ......すまんな鷲野ちゃん、実はもう俺は長く無いんだ。医者からは君が何故今生きていられるのか分からない状態だってさ......今は痛み止めを全開にブチ込んでなんとか身体を動かせてるんだがそれもそろそろ限界らしい」
「馬鹿野郎......! なんでそれをもっと早く言わねぇんだよ!」
「そりゃ昔から人に弱みを見せるのが苦手だからさ......。それより鷲野ちゃんはこのホテルを出て右手にある駐車場まで走れ、そこに俺の車がキー刺して止まってる」
「走るったってお前......俺の身体もボロボ━━」
グサッ......!
「うっ......! 痛ってぇ......何すんだよ......!」
「速攻で効く痛み止めだよ、まだ市販されてないが効果は俺の身体で実証済みだ。早く署に帰って部下の女を安心させてやれ......俺はホテルに残ってるアイツらを殺す━━!」
「何言ってんだよ......お前も一緒に逃げるんだよ!」
「逃げたところでどうせ俺はもうすぐ死ぬ......。なら俺は妻と息子の殺しに関連した奴を始末してその裏にいる本当の黒幕にダメージを与える」
「お前......黒幕の正体を知ってるのか......!?」
「ああ......予想はついてる......。それと......もし明星亜依羅に会うことがあったら一言伝えてくれないか?」
「......なにを伝えれば良いんだよ」
「今まで本当にすまなかった......ってさ━━」
「っ......馬鹿野郎......そういうのは自分で言うんだよ」
「ふっ......厳しいねぇ相変わらず......」
「その言葉は俺は伝えない。お前がここを生き抜いて直接伝えろよ、分かったな?」
「分かったよ......じゃあまたな」
「ああ......またな相棒。直ぐ助けを呼ぶから生きろよ......! 死んだらブチ殺すからな」
痛み止めが効いてきた俺は天使の意志を汲み取ってホテルの出口から駐車場を目指す━━。
「クソッ.......東海林ちゃんにこの傷なんて言おうかな......?」
俺は足に鞭を打って全力で走り、天使が昔から乗ってるあのうるさい車が停まっている駐車場に到着したが━━。
「......これは......一体どう言う事だ......」
「ごめんなさい鷲野さん......私......」
そこに居たのは銃をこめかみに突きつけられ、手を上げている東海林ちゃんと氷川の手下であろう男が複数人天使の車を取り囲んでいた━━。
「鷲野獅郎君。天使慎一同様君には此処で消えてもらう」
「おいやめろ......その子には手を出すな、その子はこの事件について何も知らないんだ!」
「そうか、なら我々の指示を素直に従え......出来なきゃこの女を殺す」
「鷲野さん逃げてください! 私の事なんてほっといて良いですから奥さんの仇を!」
「馬鹿野郎......! おじさんが女の子ほっといて逃げれるかよ。さあ撃てよ黒服......碌に武装してない俺を撃つ事なんて簡単だろ?」
「良い度胸だ、君のような男に再起不能のダメージを与えるには他の手を使わせてもらうよ━━」
「えっ......」
「さよならだお嬢さん━━」
パァンッ━━!
放たれた弾丸は東海林ちゃんの脇腹に貫通し、彼女はその場に倒れた━━。
「てめぇら......何やってんだぁぁぁっ━━!」
俺は相手が銃を持ってる事なんて忘れ血を出して倒れる東海林ちゃんへ駆け寄った━━。
「おいしっかりしろよ東海林ちゃん......なぁ返事してくれよ東海林
「やっと......名前で呼んでくれましたね.......」
「馬鹿野郎......! 今それどころじゃないだろ!」
「えへへ......最期に......言わせてください......。私.....鷲野さんが好きでした.....だから......もし出来たら毎朝カップ麺食べてる鷲野さんのためにお弁当作ったり、夜は一緒にテレビ見て馬鹿話したり......鷲野さんとこれからずっとずっと......」
「ああ......そんなの今からいくらだって叶えさせてやるよ......だから最期なんて言うな。お前に小言言われて怒られないと俺はこれから本当に何もかも出来なくなっちまうんだ......な......? だから死なないでくれ......もう誰かを失うのはうんざりなんだ......頼む約束してくれ......! 」
東海林は朦朧とした意識の中小指を鷲野に近づける━━。
「約束.....します......よ......獅郎さ......ん......」
彼女の手はだらりと地面に落ち、静かに目を閉じた━━。
「おい......おいしっかりしろ! 頼む......目を開けてくれ紗羅!」
「さて次は君の番だ鷲野君。愛しい部下と同じ場所に送ってやる━━」
グシャッ......!
* * *
レイクサイドホテル内━━。
「残念だったね天使君。我々の息が掛かっている人間達の目を欺くために君は単独で行動したようだが、それが逆に命取りになった。君が気を利かせて今鷲野獅郎を向かわせた場所には既に我々の部下達が待機している」
「へへっそうかよ......会話の途中で悪いが最後の一服を吸わせてもらうぜ━━」
キンッ......ボッ......。
「君には昔から手を焼いたよ、今もこうして氷川君は使い物にならない......流石優秀な警視監だ。その病さえ無ければ我々を完全に壊滅出来たのかもな......だがそれも無駄な足掻きだった━━」
「ふぅ......そうやって得意になってりゃ良いさ......。お前らがその腐った意志を自分達の子供へ継がせたように俺にもとっておきの切り札が残ってるんだよこれが。最後に笑うのは俺達だ━━!」
* * *
湖駐車場━━。
「はが.......ぐぉ.......」
ドサッ━━!
「なんだ貴様ぁっ! 俺たちゔぉぇっ......!」
俺と東海林ちゃんを襲った男達は一瞬で次々と倒れる━━。
なんだ......!? 何が起こった!?
「こんばんはー。安いメロドラマ始めてるところすみませんねお二人さん、悲恋フラグをぶっ壊しに来ましたぁ。とりあえずその人の傷を直ぐに治しますね」
「お......お前......!」
そこに立っていたのはあの日ムーンバックスでくだらないやり取りを交わした時と同じふざけた表情......そしてどこか俺の相棒に似た雰囲気を醸し出すあのイケメンと小さい女の子だった━━。
「よくも俺の仲間を......お前は誰だっ!」
「僕ですか? 最近他の連中の恋愛エピにイラついてる主人公です。チャームポイントは澄んだ瞳と詰まった動脈......死後よろしくね━━」
「おいおい、おっかないこと言うなよイケメン高校生。そこは死後じゃなくて以後だろ......」
なんだろう......ただの高校生のはずの彼が放つこの絶対的安心感は......。
狂犬か悪魔だと思っていた俺の予感はこれから違う意味で的中しそうだ━━。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます