第70話 鷲野獅郎と水木葵
27年前の5月━━。
「ろーちゃん! ねぇろーちゃん起きて! 幼馴染の葵ちゃんが直々に迎えに来たよ!」
「ぁぁ......なんだよかーちゃん、今日は日曜だぜ?」
「今日は水曜日! それに私かーちゃんじゃないし! ほら学校行くよ!」
「分かったよ、着替えるからちょっと待ってて」
整った顔立ちにポニーテールと少し褐色な肌をした《水木葵》は俺の部屋に乱入し、俺の適当な態度に少し怒っていた。
俺と葵は隣同士の幼馴染で幼少中と同じ学校に通い、高校も一緒だった。
そして気が付けばどんな時でも一緒に登校していた━━。
「ねぇねぇ、ろーちゃんは進路決めた?」
「まだ決めてねーよそんなの。どうせウチは金ないし高校卒業したらどっかで働くからさ」
「ええー!? もう高三なのにまだそんな適当なの!? ていうか大学行かないんだね」
「まあな。大学でやりたい事なんてないしそもそも勉強嫌いだしな」
「そっかー......成績は別に悪くないのに勿体無いね。まあろーちゃん運動はめっちゃ出来るからそっちで何か活かせるモノにすれば良いんじゃない?」
「なるほどねぇ......」
確かに運動は誰よりも得意だった。
サッカーや野球などあらゆるスポーツは部活に入部してる連中より遥かに出来たし、柔道や剣道も得意で市の大会の時に剣道部の部員が足りずヘルプで駆り出されるなんてこともザラにあった━━。
この能力を活かせる職業か......。
「少し考えるわ。ていうか俺にばっか聞いてるけど葵はどうなんだよ、将来こうなりたいとか考えてるのか?」
「それは......私はろーちゃんの━━」
「おいおい朝から熱いもん見せんじゃねーよ鷲野。今日こそお前を叩きのめして葵ちゃんを俺のモノにする━━!」
「またお前かチンピラ野郎、もういい加減動物園に帰ってお前にお似合いのメスゴリラでも探せよ」
たどり着いた学校の校門で俺の目の前に対峙する男。
そいつはいつも葵に付きまとうストーカー且つ、学校一評判の悪い不良だった。
「なんだと......!? テメェのその減らず口を二度と叩けなくしてやる! うらぁぁぁぁっ!」
「ったくしょーがねーなぁ」
向かってくる不良の襟と袖を掴み体を反転させて俺の肩に奴の体を乗せる━━。
「せいっ」
ドスッ━━!
「うっ......!」
不良は俺に背負い投げをされた勢いで地面に叩きつけられ、息苦しそうに呼吸をしながらその場でノビていた━━。
「全く......人が話してる時に邪魔するなよ。それで葵はなんて言おうとした?」
「それは......あの......」
葵が何かを言い掛けようとしているとジャージ姿の奴が俺に向かって走ってくる。
「コラァーッ! またお前がやったのか鷲野! 全く校内での暴力行為はダメだって何度言ったら分かる!」
「ええーっ......僕はただコイツに絡まれたんですよ四条先生。コイツ葵に付き纏ってるチンピラだし」
「あーホントだコイツチンピラだ......俺もコイツ嫌いだから行ってよし」
「早っ! 先生があんまり私情を挟まない方が良いですよ。でもサンキューです先生」
「まあ女の子を護るのが男の役目だからな。それにコイツは他の生徒にも幾度となく迷惑行為をしてて散々警告した挙句のコレだからもう退学だ。水木も大変だったな、こんな変なのに好かれてさ━━」
「はい......でもどんな時も鷲野君が守ってくれるから大丈夫です」
「......鷲野......今独身おじさんの俺にクリティカルヒットする一言を呟かれたからさ、とりあえずお前を叩きのめして良い━━?」
「先生......それそこでノビてる不良と同じセリフです」
「すまん......ついお前にイラッとして口が滑った。そうだ鷲野、早く進路希望出して欲しいからこの後職員室に来いよ」
「分かりました。じゃあまたな葵」
「待って! 私も行く!」
「なんで!?」
「ろーちゃん1人だと変な白い粉などを取り扱いそうな所に進路決めそうじゃん。不安だから私も付き添う!」
「なんだそれ......わかったよ......」
俺と葵は職員室に向かった━━。
* * *
「なぁ鷲野、お前なりたい職業とか本当に無いのか?」
「特に無いですね。貧乏我が家に金を入れられればなんでも良いですよ」
「そうかぁ......お前って見た目とは裏腹に意外と正義感強いから警察の仕事とか向いてると思うんだけどなぁ。柔道とか武道も強いし、頭も悪くないし━━」
「良いね警察官! ろーちゃんが刑事とかになったら似合いそうだしかっこいいじゃん! ナイスアイデアです四条先生!」
警察だって!? あんなダサい制服着た偉そうな連中になりたいなんて一回も思ったこと無かったよ。
「えぇ......い、嫌ですよ俺警察嫌いだし。アイツら身内の事になると甘い処分しかしないじゃ無いですか」
「お前っていつも着眼点が捻くれてるよな。だがな鷲野......今このご時世これから『公務員』ってのはモテるようになるんだぞ?」
「ま、マジすか先生! やっぱ俺なります! 警察官になります! 警察官になって股間の警棒を━━」
「ろーちゃん......? そうやって貴方は形振り構わない女たらしになるの......?」
隣からドス黒いオーラを感じ、俺の背筋はバッキバキに凍った━━。
「水木......お前可愛い顔しておっかないな......。だが将来の旦那がモテるのは良い事だぞ? 魅力のない男に惹かれる女なんて居ないからな......お前だって鷲野の顔と男らしさに惚━━」
「先生......それ以上余分なこと言うと校長先生にセクハラで訴えますよ?」
「すまんつい口が......。と......とにかく俺は警察官を勧めるぞ鷲野、お前なら良い警察官になれそうだ」
「ありがとうございます。でも先生、公務員がモテるなら......なんで先生は未だに独身なんですか?」
「おいおい、そういう勘のいいガキみたいな事言うと次のテストで幾ら点が良くても赤点に領域を展開しちゃうぞ☆」
「職権濫用だ......」
* * *
放課後━━。
俺と葵はいつもの帰り道を2人で歩いていた。
「なぁ葵......いつものあそこに行かないか?」
「え? うん行きたい!」
ウチの近くには小さい山があり、その山に敷かれた険しい角度の石階段を登った頂上に神社があった。
俺と葵はそこで昔からよく遊んでいて夏には境内に建つ社の大きな屋根の日陰でアイスを食べながらくだらない話をしたり、受験の時にはここで絵馬に合格祈願を書いて奉納した思い出もあった。
そういえば生まれて初めて酒飲んで吐いたのもこの神社で葵と過ごした正月の時だったっけ━━。
「2人でよく来たよねこの神社。ろーちゃんて此処でおみくじ引くといつも凶だったよね」
「それはここで運を使い切らないように敢えて抑えた結果なんだよ。それより葵、こっち見てみ━━」
「ん? うわぁ.......!」
階段を登って境内とは反対の方向に振り返るとそこには真っ赤に染まった夕陽が俺達を照らしており、石畳の階段は夕陽に反射しまるでその夕陽に向かう光の一本道のように見えた━━。
「綺麗......!」
景色に感動している葵の綺麗な横顔に俺は思わずハッとしてそのまま見つめ続けてしまった。
その視線を感じたのか葵は俺の方を向いてお互いに見つめ合う━━。
「......どうしたの?」
「いや......別に......。それより葵は今日誕生日だろ? ほら......コレやるよ」
俺は包装された小さく長細い箱を葵に渡す。
すると葵は瞳を潤ませながらクシャッと目が無くなるくらいの笑顔でそれを受け取ってくれた。
「ありがとう! ろーちゃん誕生日覚えててくれたんだ! すごい嬉しい!」
そのかわいい笑顔に俺はなかなか素直になれない......。
「そりゃそうだろ......幼馴染なんだから......。とりあえず開けてみろよ」
でも早く言いたい......俺は葵の事が好きだって事を━━。
「うん! なにが入ってるんだろう? あっ!」
葵が箱を開けると中に入っていたのはハートリング型の小さなペンダントトップに誕生石が埋め込まれたネックレスだった。
「ろーちゃんこんなに可愛いネックレス買ってくれたんだ! 大切にするね! ありがとう!」
葵の嬉しそうな顔に逆に恥ずかしくなった俺は目を逸らす━━。
とりあえず良かった......店員さんに色々聞いた甲斐があったよ。
「良いって......それよりちょっとつけてみようよ。フックが小さくてやりづらいと思うから俺に貸して」
「うん! でもその前に制服のリボン取らないと━━」
目の前でリボンを取ってワイシャツの上のボタンを外して少し見えた胸元に俺は思わず凝視するがすぐに我に返ってネックレスを受け取り、葵の背後に回ってネックレスをつけた。
「ねぇねぇどう? 可愛い......?」
胸元で光るネックレスを嬉しそうに見せる葵の目を俺はまっすぐ見つめる━━。
「可愛いよ。でもそのネックレスより俺は葵の方が可愛いと思う......」
「え? それって......」
「俺......葵の事好きなんだ。幼馴染でいつも一緒に居たから中々言えなかった......この関係が壊れると思うと怖かったんだ。でもそれじゃこの先後悔すると思ってどうしても葵に伝えたかった。この気持ちは俺の本気だ━━」
俺は今、人生で1番緊張していると思う......。
震えながら言った告白が葵にどう届くかなんて気遣う余裕も無く唯々自分の想いを言ってしまった......。
その事を後悔しながら少し俯くと━━。
チュッ......。
「ありがとう。私もろーちゃんの事大好きだよ」
「えっ......それって......!」
「だって私の将来の夢は.......ろーちゃんのお嫁さんになる事だもん」
そうか......今日の朝言いかけていたのはそれだったのか。
我ながらいつも気がつくのが遅いな.......。
「そっか......俺も葵に相応しい旦那になるようにこれから頑張るわ」
「うんっ。ねぇろーちゃん......この後ウチ来る......? 今日誰も居ないんだよね......」
「え......? 行く......もちろん......」
「じゃあさ.......ここからは手を繋いで帰ろうよ」
「あっ、それ俺が言いたかったセリフ......」
「ふふっ......私の勝ちー♡」
俺達はこの日初めて手を繋いで葵の家まで帰った━━。
その後葵の家を出たのは辺りがすっかり暗くなった夜で、家に着いた俺は自分のベッドに横たわると今日の1日を振り返る━━。
『お前って意外に正義感強いから警察の仕事とか向いてると思うんだけどなぁ。柔道とか強いし』
『ろーちゃんが刑事とかになったら似合いそうだしかっこいいじゃん』
『どんな時も鷲野君が守ってくれるから大丈夫です━━』
決めた......俺は警察官になる━━。
世の中には愛する人を危険から遠ざけたい人が沢山いるんだ......そんな人を少しでも多く守りたいしそんな仕事や自分に誇りを持って生きて行きたい。
だが何よりも悪い奴から葵を守れるように.......この笑顔を一生守れるようになりたいんだ━━。
「鷲野君......そろそろ時間切れだ」
「っ.......」
今のは夢か......俺は......意識を失っていたのか......。
「君の最後の頼みの綱である
「なん......だと......」
そんなはず無い......あの男は何があっても死なない筈だ......!
愛する家族を守るために家族と離れ、コイツらを叩き潰すために全てを犠牲にして追いかけてきたあの男が死ぬ筈は━━!
「アイツはお前らに殺されるようなタマじゃ無いんだよ......アイツは......」
「戯言はあの世で彼に話すんだな。バックボーンの存在も君の口から聞く前に死んでくれた......もう君は用済みだ鷲野君」
葵......もうすぐお前に会えるかもな━━。
パァンッ━━!
「ぐっ......! 誰だっ!」
カランッ━━。
氷川が持った拳銃は誰かが撃った銃弾によって見事に弾かれた。
「死んだふりおじさん登場〜」
「お前......!
ドサッ━━!
「......」
「あなたが言ってた部下って言うのはこの人達の事ですかな? 氷川警視総監━━」
相変わらず飄々とした糸目でニヤリと笑いながら登場したそのスーツ姿の男はどうやって入手したのか分からないハンドガンを左手に持ち、反対側の肩には気絶したスーツの男をこさえて立っていた。
「遅れてごめんね鷲野ちゃん。急いでくるためにスピード出して運転してたら途中お巡りさんに捕まっちゃってさ」
「はっ......元レーシングドライバー現警視監のお前が捕まることなんてあるのかよ......」
「それが本当なんだよ......ホラ見てコレ青切符。また免停だよ」
ヒラヒラ......。
「うーわ......マジかよ......」
本当にコイツは掴みどころが無い......。
だが敵に回すと無駄に恐ろしい男なのは同期且つ友人の俺が1番よく知っている━━。
「ありがとうな......来てくれて......」
「無茶しやがって......死ぬ時は同じ場所同じ時間って約束してたろ? 俺は約束を守る男だぞ。家族は守れなかったけどな.......」
「天使......」
「さて暗い話は置いといて、俺の大事な同期を此処まで痛めつけてくれるなんてボッチおじさんは怒り心頭だよ。全員逮捕しちゃうぞ━━?」
* * *
おまけ━━。
「あれ!? ここは主人公の僕が颯爽と登場して敵である鷲野刑事を助ける所じゃないの作者さん!? 僕の出番は!?」
「うるさいなぁ、あるからちょっと待ってて! 私うるさい男は嫌いなんだけど! 2番目のくせに偉そうな態度取らないで!」
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