第68話 悲しき犠牲


「とりあえず外に脱出しましょう! まだ走れますか?」


「なんとか走れる......!」



 私は校舎2階の一番端にある保健室から校舎1階中央の玄関へ脱出を図るために廊下を走っていた。

 さっき明星亜依羅が起こした光景のショックから足の震えがまだ収まらないが、部下の 《奥山》が鼓舞してくれたお陰でなんとか走ることができた━━。



「はぁ......はぁ......アイツは......!?」


「居ません! 流石に死んだのでしょう......確実に心臓を撃ち抜きましたから!」



 後ろを振り返ると確かに明星亜依羅の姿は見えない。

 奥山の言う通り本当に死んだのだろう......少し惜しい気もするが自分の命と明星亜依羅なら迷わず自分の命を取る。


 私はまだこんな所で死にたくない━━!



「しかし訳の分からない力の持ち主でしたね、人間に対して背筋が凍る程の恐怖を抱いたのは生まれて初めてです。アイツは人の命をなんとも思ってない本物のサイコパスですよ......」


「私達なんて霞むレベルだった......あんな人間が何人も居たら堪らないわ。それよりもうすぐ玄関に着くよ! 早くそこから脱出しないと!」



 やっとここから逃げることが出来る......走っていてこんなにも時間を長く感じた事が今まであっただろうか?


 私は最後の力を振り絞ってドアに駆け寄りドアノブに手をかける。


 これでやっと━━!



 ガチャガチャ......ガチャガチャ......。



「あれ......なんで!? 開かない!」



 おかしい......ドアのロックは確かに解除されている。しかし扉は何かに弾き返されるように一向に開くことは出来なかった。



「奥山! そっちは空いた!?」


「ダメです! 開きません! なんでだよクソッ!」


「一体どうなってるの......!?」



 私......田所飛美たどころあすみは生まれながらにして普通の人間が欲しがるモノを全て持っていた。

 父親は大物ヤクザとして周りから畏怖される存在で、その娘として生まれた私はどんな物でも手に入れ、思い通りにならないものは色んな手を使ってねじ伏せてきた。


 同世代の人間に対してもそうだ......父というバックボーンがある私には誰も逆らわなかった。

 私好みの男は彼女持ちだろうがモデルと付き合っていようがどんな奴でも奪い取って自分のモノにしてきた。

 そしてそれが全て許されてきたんだ。

 

 今回もそうだ......私達侠道会は青い血液漏洩防止のため氷川の監視をしていた。

 海原や大葉達から処理を依頼された明星亜依羅を氷川の件に乗じて私のモノにし、そのルックスと人気を高校生活で独り占めしてやろうという安易な魂胆で彼が保健室に来るのを待っていた。


 今まで通り簡単に男をただ自分のモノにするだけだったはずなのに━━。









「やあ2人とも......まだ授業は終わってないぞ?」


「っ......なんで......」



 撃たれて死んだはずの彼、明星亜依羅は破けた服から一滴の血も流さずに平然とこちらに向かって来る。

 その恐怖に焦って再びドアノブをガチャガチャ動かすがやはり開ける事は出来ない━━。



「そんなに焦ってどうした? 僕と鬼ごっこしたかったんだろ?」



 そう言った彼の右手には誰かの生首が握られており、首の断面からおびただしい量の血がボタボタと流れ出ている━━。



「アンタ......それ......」


「酷いよ2人共......ここにはもう関係者以外誰もいないって言ってたのにさ。僕に嘘吐くなんて悲しいじゃん......そういう嘘つくから殺しちゃったよ.......








 教頭先生━━」



 ドサッ......。



「ひっ......!」



 私の足元に教頭の首が無造作に転がる━━。

 彼は私達の息のかかった人間で、今回の爆弾騒ぎを手引きした張本人だった。

 恐らく彼に自白させられて呆気なく殺されたのだろう......。


 そしてその生首をゴミのように投げつけた明星亜依羅の表情は今まで見てきたどんな人間極道よりも冷酷で悪魔のようなオーラを放ち、そしてまるで罠にかかった獲物を見るかのようにニヤニヤしていた。














「さてお二人さん......好きな死に方を選ぶドン」



 もしかすると彼をモノにしようと考えた時点で私は人生の選択肢を間違えたのかもしれない━━。



*      *      *



「お前......なぜ生きている......! 間違いなく心臓を二発撃ち抜いたんだぞ......?」


「はははっ、そんな水鉄砲じゃ僕は死なないよ本職さん。君達とは鍛え方が違うんだ......強くなりたかったら僕みたいに毎朝ミロでも飲むんだな」


「クソッ! 今度こそその生意気な顔面をブチ抜いてやる......死ねぇぇっ!」



 父に長年仕えていた部下は今まで見たことが無い程焦りながらも今度は脳天に確実に銃口を構え━━、



 パンパンパンパンッ━━!



 彼の頭を正確に撃ち抜いた。しかし━━、



「そんなバカな......今間違いなく俺は頭に当てたんだ! お前......









 何故銃弾をすり抜ける......!?」



 当たったはずの弾丸は彼の頭をすり抜けて廊下の壁にめり込み、煙を上げていた━━。



「ふっ......どうした? そんなクソエイムでフォート○イトしたら小学生に煽られるぞ? プロなんだからしっかりココ・・をヘッドショットしてくれよ」



 私達の焦りと恐怖をまるで嘲笑うかのように彼は頭にコツコツと指を当ててゆっくりと近づいてくる━━。



「アンタ......一体何者......人間じゃないでしょ......!」


「失礼な事言うなぁ.......今季アニメでMFゴー○トとウ○娘にハマった冴えない高校生だよ。あと曹操のフリーレンもだわ━━」


「ふざけてるの!? たった今どんなインチキをしたか早く言いなよっ!」


「おー怖っ、ヒステリックな女は男に嫌われるぞ? 実は僕幽霊と最近友達になって色々ワザを教わったんだ。君達も廃墟に行く事をお勧めするよ......まぁこれから君達が行くのは廃墟じゃなくて墓地だけどね」


「くっそぉ......! ガキのくせに舐めやがって......!」


「あーあ......そうやって人を馬鹿にすると足元を掬われ━━」



 パンパンッ━━!



「ちょっとちょっと......人が喋ってる時に撃たないでよ」



「クソッ! なんだよお前......その体どうなってんだ!」


「そりゃお前らヤクザと違ってこちとら壮絶な受験戦争を戦い抜いてきた身体だからね。そっちは碌に足し算も出来ない身体だろ? その違いだよ」


「なんだと!? 小僧......今度こそ撃ち抜いて━━」



 カチッ......カチッ......。



「しまった......!」


「ほらね、計算出来てないじゃん。アンタが持ってるそのM19ホニャララって銃は装弾数が7+1発、僕の心臓を撃った2発に体をすり抜けた6発の合計8発で今持ってる鉄の塊は薬室含めてカラッポだ。名探偵コ○ン世紀末の魔術師を観直してくるんだな」



 そう言った彼は部下の奥山が持っていた銃を素手で掴み━━。



 グニャッ......。



「っ......! 銃が......!」


「アンタにこんな世紀の発明を使うのは宝の持ち腐れだよ。来世では石と棍棒で戦うんだな」



 ザシュッ......!



「ぐぅぉっ......」


「......嘘......」



 ドサッ......。


 肉が潰れる音と共に奥山は明星亜依羅の腕で心臓を貫かれて無造作に床へ叩きつけられた━━。



「奥山......奥山ぁっ! ねぇしっかりしてよ奥山ぁっ!」


「すみ......ません......」



 うつ伏せで倒れている奥山に駆け寄るが既に虫の息で、流れている血の量や綺麗に空いた身体の穴を見て助からない事は目に見えて分かった━━。



「うぅ......おくやまぁ......返事してよぉ......!」


「お嬢......逃げて......くだ......」



 グシャッ......!



「フルコンボだドン♪」


「ひっ......!」



 顔を完全に潰した奥山を見下している彼は、まるで散歩でもしているように汗ひとつかかず涼しい顔をしていた。



「アンタ......マジでイカれてる......!」


「僕は普通だよ。なんなら今から2人でサイコパス診断でもやってみようか? まっ......今まで散々悪い事してきた君の方が悪い結果になると思うけど」


「ふざけるな! 堂々と人を殺しておいて何が普通よ! アンタここに警察が来たら終わりだからね!?」


「はははっ......ヤクザが警察に頼るとか笑わせんなよ。頭に大麻でも栽培してんのか?」


「明星......亜依羅......!」


「君だけ生き残るのも可哀想だからこの人と同じ場所に送ってあげる。今夜開かれるショーとか言う父兄参観の会場で全員のワイングラスにお前の血を注いでやるよ━━」



 殺される......こんなバケモノに誰も勝てるワケない......。


 私の心が絶望の色に染まる時、ソイツは現れた━━。



「よぉ明星ぇ.....お前もコイツのように嬲り殺してやるよ━━」



 ドサッ......。



 そこには右腕が再生途中でまだ少しフラついている 《氷川勇樹》と血塗れの状態で床に倒れた 《亜門司》の姿だった━━。



「っ......司......! お前逃げてなかったのか!」


「悪いアイラ......氷川にやられちまってよぉ......」



 明星亜依羅の表情は一変して力無く倒れる亜門司に駆け寄り、血塗れの体を躊躇なく抱き寄せる━━。



「氷川......! アンタまだここに......?」


「悪いな田所......なんか分かんねえけど腕が取れてさ......でもお前の作戦のおかげでコイツ以外にはアレを見られずに済んだよ。さぁ覚悟しろ明星......お前もこの親友の後を追わせてやるよ」



 助かった......氷川も顔だけのバカとはいえお墨付きの改造人間だ、いくら明星亜依羅がバケモノとは言っても氷川が居ればこの場をなんとか凌げるだろう。

 コイツを氷川が処分した後は私の合図で此処を爆破して証拠を消せば良いだけ......私はまだ生き残れる━━!

 


「逃げろ......アイラ......!」


「無理するな司! 絶対助けるから安心しろ!」


「まだ喋る元気があったのか......全くタフな奴だ。だが安心しろお前らはここで死ぬ、亜門の首に巻いた爆弾でな━━」



 それは本来であれば明星亜依羅を従わせるため、私が彼につけるはずだった起爆式の首輪だった。

 

 バカのくせに機転が効くのね、明星亜依羅の弱点はやっぱり友人だ......先程とは違って明らかに動揺してる。



「なんだと......! 今すぐこんなモノ外してやるからな!」


「残念、それは外しても中の液体が混ざり合って爆発するからどのみち死ぬよ」


「ダメだアイラ.....俺の事は良いから逃げろっ......!」


「ふざけんな! 何諦めてんだよ......お前らしくないぞ? ここから一緒に脱出するんだよ!」


「なぁ頼む......俺はこの身体じゃどうせ死ぬ......せめてお前だけでも生きてくれ......。そして龍崎に伝えてくれないか......? 俺は龍崎を......ゆりのことを心から━━」










「時間切れだ、じゃあなお2人さん」



 ボンッ━━!



「っ......」


 

 氷川によって起動した首輪の爆弾は明星亜依羅ごと亜門司の首を吹き飛ばし、近くの壁はひび割れて辺りに煙が立ち込める━━。


 流石に至近距離であの爆発を受ければ銃が効かない彼でも死は免れないはずだ......。

 そしてその衝撃を物語るように吹き飛ばされた亜門司の首は煙の中からゴロゴロと廊下に転がった━━。



「なにかと邪魔だった明星はこれで処分できたな.......。後はイカれたヤクザの自爆テロだと思わせるために田所が校舎を爆破すれば全て終わりだ」



 私達は再び玄関のドアに向かうと先程あれだけ開かなかったドアは簡単に開き、私達は校舎の外へなんとか脱出する事が出来た。



「今度こそさようなら......明星クン」



 ピッ......。



 ト゛コ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン゛ッ━━!

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