第62話 心の傷と思春期ながらの複雑な思い


 万季はしどろもどろな動きで俺に『久しぶり』と言うと溢れんばかりの涙をこぼしていた━━。



「.....そんなに泣いてると明日目が腫れるよ」


「あっ......うん......」



 万季は急いでブレザーの裾で涙を拭いて怯えた顔で再びこっちを見た━━。



「そんなに怯えるなよ、俺の事お化けとでも思ってるのか?」


「それは......」


「まぁ普通はそう思うか......俺も戦○迷宮とかお化け系は苦手だから気持ちは分かるよ」


「ううん......そうじゃなくて......。もう二度と真央と会えないと思ってからびっくりしただけだよ......」


「そっか......そんな事より今彼とは色々あったようだね、そこで死んでる奴にも酷い事されてたとは知らなかったよ。まあ俺がその分コイツのケツが消えるくらいお尻ぺんぺんしといたから少しはスッキリしたろ?」


「うん......でもあの優しい真央が人を簡単に殺すなんて......」


「人は様々な経験を経て変わる生き物だからね。そもそも俺はもう黒羽真央じゃなくて明星亜依羅として生きてるし今は陥れた全員へ復讐するために存在してるからな━━」


「......私もその復讐のリストに入ってるよね......」


「さぁ......まあどんな事情があれ君をキッカケに俺がイジメに遭ったのは確かだからね」



 俺の言葉に万季は再び顔を下に向けて申し訳なさそうな表情になる━━。



「......そうだよね......。真央......私の話を少しでいいから聞いてくれる......?」


「ああ......少しだけなら聞くよ。ただその話を俺が信じるとは限らないが━━」


「......でも私はもう現実から目を逸らしたくないの......」


 

 万季は俺の目をまっすぐ見つめて話し始めた━━。



*      *      *



「私と勇樹は小学生からの幼馴染でね、中学2年生の時に勇樹から告白されて付き合ったんだけど彼の独善的な所や強引な所が嫌ですぐに別れたの......。そこではすんなり別れられたんだけど私が中学2年生の頃にある事が起きて━━」


「......何があったんだ?」








「......私の両親が自動車事故で意識不明になったの━━。その日は部活の合宿最終日で現地まで迎えにきてもらう途中に起きた事故でね......事故の後のことはパニックになりすぎてあまり覚えてない......。ただ唯一覚えているのは色んなチューブを身体に刺されて眠ってるお母さんとお父さんの姿だった━━」


「......そうか......」



 そんな話付き合ってて一度も聞いたことなかったな。

 そもそも万季の家にも行ったことなかったし、お父さんやお母さんの話が会話に出てこなかったのはそういう訳か......。


 まあ俺そこに関しては俺も人の事言えないけどな━━。



「実はその事故には相手の人が居たんだけど合宿所へ向かう途中の林道で相手はこっちの車線に飛び出してきて、それを避けきれずぶつかったウチの車が林道脇の崖に真っ逆さまに落ちたんだろうって警察に説明されたの。そして最悪な事にウチの車にはドラレコが無くてさ、警察は車の破片とかを元に相手の車を捜査してたんだけど結局月日が経っても犯人は見つからなくて━━」



 ......それなんかおかしいぞ? 

 俺が海原親子を攫った時には林道で転移魔法を使ったとはいえNシステムが無い場所でわざわざ行動に出たんだ。

 そんな事も考えていない当て逃げの死亡事故で未だに犯人が捕まらない事なんてあるのか?

 ドラレコが無かったとはいえこれは検挙率が90%を超える種類の事故なんだ、タイヤ痕や車の塗装の剥がれ、部品の破片でどの車種か特定して付近のNシステムで撮られた車を照合すれば一発で分かるから年数を掛けなくても逮捕されるはず......。



「......それで?」


「それで......1ヶ月経ってもお父さんとお母さんは意識が戻らなくてその事を周りには隠してたんだけどやっぱりみんな察するよね、遂にみんなに知られたある時勇樹にこう言われたの......『お前の両親をウチの親父なら救ってやれるかもしれない』って。私はその言葉に縋ることしか出来なかった......両親を突然失っておじいちゃんもおばあちゃんも既に居ない私は家に帰ってもずっと一人ぼっちでさ......意識が戻らない両親を取り戻してまた3人で笑ったり喧嘩したり、そういう当たり前の幸せをどうしても取り戻したかった━━」


 

 救いという甘い言葉につけ込まれた訳か......。

 しかし病院の人間なら分かるが警視総監が両親を救えるかもしれないって何ともおかしな話だな━━。



「それですぐ勇樹の家に行って勇樹のお父さんに会ったの。勇樹のお父さんは優しく笑いながら『この契約書にサインすれば君の両親は助かる』って言われて私はそれを碌に見ずにサインした━━」


「そしてすぐに私の両親は勇樹のお父さんの知り合いの所に転院したの。でもその病院はまだ公になってない治療の研究所も兼ねた極秘の病院だから面会は治療が完了するまで出来ないって言われて......。それから月に一回の経過資料だけ貰って私は両親にいつか会える事を願いながら中学を卒業して真央と付き合ってあの日勇樹に私は......」


「そこから先は言わなくて良い、氷川の口から直接聞く━━」



 俺が少しキツイ口調で言葉を遮ると万季はその場に正座で座り込み━━、



「真央......本当にごめんなさい......!」



 俺に対して頭を擦り付けて土下座をした......。



*      *      *



「真央が私の事を許せない事は分かってる......。私にどんな事情があれど真央を裏切って氷川にキスをして......その後真央が酷い目に遭ってる事を知っていながら何も出来なかった......。それに真央はイジメの矛先が私に向かないように別れを告げてくれた事も分かってたのに結局私はそれに甘えて......うぅっ......ごめんなさい......」



 万季は泣きながら謝罪をする姿を見て彼女が辛い目に遭ってきたのは恐らく間違いないだろう......。

 しかし俺はまだ万季の言葉を......冷たい言い方になるが俺の今の・・本心を打ち明けるしかない━━。



「......ごめん。そんなに頭を擦り付けられても正直今までの事を考えると氷川にこれから尋問してから得る話と君の話を照合しないと全てを信用出来ない。もしかするとその言葉は同情を引いてる可能性もあるって考えられる......」


「......そんな事するわけない......!」


「いや、俺にはもうそんな事すら分からない......君は現時点で曲がりなりにも氷川の彼女だし、ヤツに弱みを握られているなら尚更だ。それにアイラ=真央という事実を知ってる生存者・・・は今のところ君だけなんだ、今殺されないだけありがたいと思ってくれ......」


「そんな......それ本気......だよね......」


「ああ本気さ......。俺は色々な仕打ちを受けて人間のクソな部分をこれでもかと思うほど見てきた......だから生きてる人間・・・・・・が発する言葉なんて今はもう信用出来ないんだよ━━」


「っ.......真央......」


「俺なりにあの時は頑張ったよ.......言いたい事伝えたい事をグッと堪えてさ......だが何もなかったフリなんて出来やしないんだ......やり過ごせないよこの先もずっと。万季がすごく後悔してるのも、辛い思いをした事も分かってる。でも俺は......母さんが殺され、たった一つの拠り所をあの出来事によって全て失ったんだ。あの後起きたイジメでどれほど打ちのめされたか......万季もこっち側の立場になった事があるならわかるよな? 今更簡単に水に流すことなんて出来ないんだよ━━」


「......私はどうすればいい......」


「やれる事か? 無いよ━━。もう2度と付き合ってた時の俺達には戻れない所まで来てるんだ、俺なんて今じゃ殺しを楽しんでる最早人間とは遠く離れたただの化け物・・・だしな。それに恋愛関係において上下関係が生まれるのは御法度なんだよ、恋人ってのは対等じゃないと絶対に上手くいかないんだ━━」


「私は......真央と付き合えなくてもいい......。ただそばに居たいだけなの......見てるだけでもいいから......」


「もう少し現実的に考えようよ、君は両親を盾に氷川に脅されてるんだろ? それなら俺なんかに構ってないで全てを犠牲にしてまで守りたかった両親が帰ってくるのを待ってたほうがいい......。最後の情として両親の件の調査と君の記憶は消さないから今後俺の事はただのクラスメイトとして関わってくれ。それと明日からクラスで会っても俺に真央って言わないでくれ、その瞬間もう殺すしかなくなるからさ......」


「っ......」


「最後に彼氏として今まで御両親の事気がついてあげれなくてごめんなさい......。俺が死んでからアイツらにオモチャにされてた事も.......あんなクズたちに振り回されて辛かったよな......本当に申し訳なかった」


「......っ......真央......」


「じゃあ......さよなら万季さん......。これからはまた明星亜依羅としてよろしく......」



 俺は少し涙が溢れそうになるのを堪えながら転移魔法で万季を家に送った後、俺とレイは万季の痕跡を消すために一旦現場に戻った━━。


 やっぱり俺はまだまだ子供だ......。

 万季が今『勇樹に脅された』とか言い訳の言葉を敢えて使わずに正直に言おうとしている事は俺にも分かっていた......。

 そしてそんな万季が辛い目に遭ってた事を知ったのであれば全て受け止めるのが本当の正解なんだろう。

 でも万季の顔を見るとどうしてもイジメの事や氷川と万季のあの事が蘇って全てを許す事が出来ないし今まさに俺の頭の中はぐちゃぐちゃになってる......。

 それとああいう言い方はしたが、万季が辛くなるのを分かって敢えて記憶を消さなかった俺は意地悪な男だ━━。


 多分こういう時に鷲野のおっさんならジョークの一つでもかまして女の全てを受けとめて丸く収めるんだろうな......でも俺にはそんな真似出来ないよ━━。


 あと大葉や万季の話を聞く限り、万季の始末を先につけるより氷川を先に文字通り八つ裂きにして全ての真実が明るみになってから冷静な頭で考えたい......。

 万季の両親の話はおかしな所だらけであの『アレキサンドライト』に関わっていそうな気配がプンプンするし万季が氷川にされていた事に気が付かなかったせめてもの手向けだ━━。

 


「レイ......俺は一体どうすれば良かったのかな......」


「それは......アイラのお墓を見てから殺すべきかどうか判断すれば良いと思ウ━━」

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