第44話 クスリ

 

 水木と名乗る褐色のお姉さんは自分の身体と身上について話し始める━━。



「俺は物事ついた時から組織のサンドバッグでさ、実験と称したあらゆる拷問のテストをされたよ。まるでモルモットのように......本当に逃げ出したい毎日だった。でも俺には生まれた時から両親も居ないし他に行く場所なんて無くて......とにかく毎日を生き抜くことに必死だった━━」



 生まれた時からこの人に人権なんて無かったのか......酷い話だ。



「そして俺がこんな体になったのは10年前の9歳の時だ。ある日組織の連中に医療室みたいな部屋に連れて行かれたんだ......その時に見たのは透明に近い白い粉と変な液体を混ぜている白衣を着た連中の姿だった━━」



 お姉さんは苦しさを思い出したように一回呼吸を止めて再び話し始める━━。



「その混ぜた液体を注射器にセットして俺は早速打たれたよ。最初の実験台として早く効果を見たかったんだろう、打たれた直後は子供の俺には耐え難いほど強烈な快楽で気が狂いそうだった......記憶がふっ飛ぶくらいにな。アレは世間に出回ってるクスリなんかじゃ到底太刀打ちできない快楽と依存性だったよ。それを何回も何回も投与されていく内に身体の変化に気が付いたんだ━━」


「それがあの青い血って訳か......そして驚異的な身体能力を手に入れてウル○ァリンごっこしてたんだな━━」


「そうだ......。白衣の連中が話してたのを聞いたんだが液体の方にはナノロボットが入っていて、そいつが白い粉の成分を分解して新たな物質を生成し、それを人間に投与し続けると血液をあの色に変えるらしい。つまり液体と混ぜるまでは強烈な快楽を生むただの白い粉と言うわけだ......」


「なるほど、アンタ達の血には鉄じゃなくて銅が入ってるのかと勘違いしてたよ。それで......?」


「それで......実は俺に投与された薬とナノロボットはまだ試作段階のもので所謂失敗作なんだ。研究員の連中が言ってたんだよ『実験はまた失敗だ、デメリットが解消出来ていない』ってさ━━」


「デメリット......?」


「......それは生殖機能の著しい低下と激しい薬への依存症、そして最悪の副作用だ。ナノロボットを入れるのはいいアイデアだったらしいんだが、そいつが悪さをして薬を定期的に投与しないと宿主の身体を食い殺して内側から死ぬんだとさ。2年前遂に完成したモノは血の色も普通で副作用も無いとの事だが━━」


「なるほど......遂に臨床試験を終えた安全な・・・コ○ナワクチンはいよいよ出荷されるって訳か。反ワ○チンの連中がそれを聞いたらアルミホイル頭に巻いて発狂しながらポストしてそうだな」


「いや、残念ながらこのワクチン・・・・は軍事用若しくは上流階級のみに与えられるモノだから俺達下民には届かないよ。このワクチンはあらゆる免疫やケガに効果を発揮して病気なんかしなくなるし、仮に銃で撃たれても脳天と心臓を撃ち抜かれる若しくは全身を焼かれなければ死ぬ事はないんだ」


「いやはや......ハイソサエティ連中が貰えるワクチンは副反応も無しの上にキズ○ワーパッドすら買わずに済むのか、そんなに凄ければ首相の演説は今後ボディガード不要だな。それで試作の薬の定期的投与ってのはどれくらいの頻度なんだ?」


「頻度としては8時間に一回......そして今は5時間目だからあと3時間で死ぬかな。まあそもそもこの手足じゃ薬は打てないしそれに......俺はどのみち廃棄処分される━━」


「っ......!」


「元々殺される運命だったんだ。さっきアイツらが言った通り俺は人を殺したことなんて無いし、そんなヤツ使い捨てカイロみたいなもんさ。仮に生きて帰ったとしても薬投与の費用に対して利益を産まない俺は処分される━━」


「そんな酷い話があるのかよ......」


「警察や政治家と繋がったヤクザなんてそんなもんだよ、行政を味方にしたヤクザはやりたい放題さ。最近知った事だが俺の母親もこの薬の実験で殺されてるんだ━━」


「えっ......!」


「君がさっきレバ刺しにした奴らから言われたんだ。お前の母親は組織に誘拐され、この実験の初期に被験者として死んだ哀れな母親だってな。ヤツらはクスリの快楽と副作用で死ぬ寸前の母親を全員でマワしたとも言ってたよ......」


「アイツら......それを先に知ってたらもっと残酷にアイツらをハンバーグしてたぞ......」


「ありがとう......俺もアンタみたいにヤツらを嬲り殺してやりたかった! でも人とまともに戦ったことがない俺には奴らに勝てない......。だから必死に歯を食いしばって耐えていたんだ......下手に動けば組織に殺されるしな」


「そっか......そんなの僕には想像を絶する辛さだよ......。話は変わるけどお姉さんの名前って一体誰がつけたんだ?」


「名前は誘拐される前に両親で決めてたらしい。誘拐した後に妊娠していると分かった組織は、母親の唯一の願い聞き入れたんだと......でも結局母親は殺されて両親の形見はこの名前だけになってしまったけどな。父親が誰なのか今も分からないし━━」



 父親か......この綺麗な横顔を見てるとなんか見た事あるような......ダメだ全然思い出せない━━。



「......そんなにジロジロ顔を見てどうした?」


「いや、綺麗な横顔に生クリームついてるからつい見惚れてただけだよ」


「なっ......! また冗談か......? そんな事より俺の頼みを一つ聞いてくれないか?」


「どうしたの......?」



 お姉さんは下を向いてポツリポツリと話し始める━━。



「どうせ俺は後3時間もすれば死ぬ。さっきまで命を狙ってた人に頼むのは申し訳ないが俺を......君の手で殺してくれないか━━?」


「......」


「俺を殺してこの組織や腐った警察の連中、政府をぶっ潰して世の中を変えてほしい。そして俺の分の人生まで背負って生きてほしい。君にならそれができる気がするんだっ! 殺された俺の母さんの為にもこれから死ぬ俺の為にも、ヤツらに復讐を果たしてくれ頼む......この通りだ!」











「重いよ......」


「......え?」


「話が重すぎる......僕1人じゃ抱えきれませんて......」


「......なんでだ......?」


「だって僕の過去よりエグい気がするもの......。この小説のタイトルを余裕で超えるエピソードトークされても困るよ......」


「なんか......すまん......」


「別に良いんだけどねお姉さんは全く悪くないからさ。でもそんな過去を話されたらめちゃめちゃ殺し辛いって......。それとなに『俺の分まで背負ってくれ!』って、そんな大袈裟な荷物背負えるか! 始〜めたろか〜天○観測〜じゃないんですよ!」


「そんな......! じゃあ俺はここで野垂れ死ぬだけなんだ......ううっ......ふぇぇ......うわぁぁん......!」



 お姉さんはそのクールな見た目とは裏腹に目にいっぱい涙を浮かべて泣きながら地面に突っ伏してしまった━━。



「泣いちゃったよ......なんかケンカして彼女泣かせた彼氏の気持ちみたいだ......。えっ......これ僕が悪いの?」


「うううぅっ......! 俺はもうおしまいだ......誰からも愛されないんだ......どうせ俺なんかダメな女だよね。ひぐっ......ううっ......」


「もの凄く面倒臭い女の典型みたいになってるよ......。あーもうわかったよ! 殺す事は出来ないけど復讐はするから泣くのやめよっ!?」


「うぅ......え! それは本当かっ!?」



 お姉さんはケロッと涙を拭いて顔を上げた。


 なんじゃコイツ━━。



「やるよ、奇遇だけど僕もそいつら全員に恨みがあるからね。実は僕も母さんを殺されてるんだ......その時に白い粉が部屋に落ちててさ━━」


「それってまさか......」


「ああ、多分お姉さんが打たれた薬と何か関連があるんだろう......液体の方は部屋に無かったけど良い手掛かりになったよ」


「そうか良かった......じゃあ俺はここでゆっくり死んでいくから君はこの場から逃げてくれ。恐らく死体は組織が処理するだろう......最期に話を聞いてくれて本当にありがとう━━」


 

 お姉さんは涙を溜めた目を閉じて全てを悟ったような顔をしていた━━。



「そんな顔をするのはババアになって棺桶に入る時にするんだね。お姉さんを死なせやしない━━、《レインカルナティオ》 」


「なっ......!」



 眩い光が涼さんの体を包み込みその体は徐々に小さくなっていく━━。

 そして光が消えるとそこには褐色で髪が長い幼女がキョトンと座っていた。



「アレ......? コレは一体?」


「薬を投与される前の体まで体を巻き戻ジャ○ー様したんだ、そうすれば死なずに済むし後遺症も無いと思ってね。ついでに記憶も消そうと思ったけど薬の件やお姉さんの親父を探すのにアレだから消さなかったよ━━」


「そんな......コレがホントに涼? あの強さに加えてこの力......おにーちゃんなにもの?」


「いや、ネットで女性声優にポストしまくってブロックされるのが趣味な弱者男性さ......。ていうか涼? まさか一人称名前呼び......?」


「うん涼。涼は涼のこと涼って言うんだよ」


「涼々言いすぎて訳わかんないな。とりあえず一人称が『我』で語尾が『〜じゃろ』とかじゃなくてホント良かった。自分の名前一人称はかなりイタいけど━━」


「なんか言った? でも......涼はコレからどうすれば良い? こんな姿じゃなんも出来んし......」


「まあスクラップになるよりは良いでしょ。とりあえず僕の家に来なよ幽霊は居るけど組織より安全だし。それにどうせそっちは戸籍も住む家も無いんでしょ?」


「うん......」


「とりあえず親父さんの件と侠道会を潰すまでは住んでいいから一緒に帰ろう」


「分かった。ありがと......よわよわおにーちゃん♡」


「......は?」


「ああすまん! なんか身体が急に反応して言わずには居られなくて......一体どういう事だコレは......!」



 もしかしてこのスキルって使った相手は全員メスガキになる副作用なのか!? だとしたら最悪の副作用じゃねーか畜生!


 だがそれならあの殺し屋も生意気なメスガキになったのにも頷ける、もう今後はこの技使うのやめて普通に始末しよう......。



「ねぇ涼お腹すいた。おにーちゃんなんか食べさせて♡」


「あ!? アンタが小さくなって何も出来なくなったから死体の処理すんだよこっちは......だから待っててくれ」


「え〜涼待てないなぁ♡ 早く終わらせちゃえ♡。ああ......本当にすまんっ!」


「いや......なんかその......ごめん......」



 俺は死体を全て粉々にして現場の痕跡をゼロにした後、転移魔法で海まで移動し母なる大地に全てを撒いて処理した。



「これなら良いだろ......みんな魚の餌だ」


「......本当に大丈夫?」


「ああ、組織に追われる可能性はあるが殺し屋は行方不明で殺された決定的な証拠は無いんだ。それに海原は僕という一般のガキを殺せと突然依頼したんだろ? そんな怪しい依頼を受けて殺し屋が全員神隠しにあったら......」


「依頼した側の罠だと思って組織の矛先が依頼主に向かう━━」


「そういう事、このモルモットは世間には絶対バレたく無いはずだ。そんなヤツらが忽然と消えたとなれば普通は子供の僕じゃなくて依頼主の海原に疑いを掛ける。ヤツらを攫って組織を脅す、若しくは交渉するんじゃないかってね」


「なるほど......おにーちゃんよわよわのくせにあたまいーんだね♡。クソッ! すまん!」


「......それに薬の副作用によって残り3時間で実験体は死ぬけど脅しの道具には使えるし、仮に海原が薬を持っているとしたらより良い条件で交渉の材料には使えるしな」


「でもさ、仮に追われてもおにーちゃんなら簡単に返り討ちにできるでしょ?」


「出来るけど僕は正体をバレずに行動したいんだよ。今僕の力を知ってるのは涼さんか養母くらいだからね。あと幽霊......」


「そっか......え? ゆーれい?」


「そうだ。それと僕の事を他の誰かに話したらその瞬間殺すから覚えておいてね」


「わ......分かったよ、というかチビっこにそんな脅しをかけるなよ容赦無いな。もしかしておにーちゃん涼に怯えてるのぉ? なさけなぁ〜い♡ 。涼がよしよししてあげよっか♡? ああすまん! また身体が勝手に!」


「はぁ......このジキルとハイド年上メスガキと暮らすとかこの先ストレスで僕が死にそう......僕子供苦手なのに━━」



 俺達は転移魔法で家の部屋に帰った━━。



*      *      *



「よっと......」


「あ、おかえりなさイ。今日は魔法で帰ってきたんだネ」


「ただいま、ちょっと色々あってね......」


「あっ! スーツ姿超かっこいい♡ 私のメイド服に合わせてコスプレしたノ? 今すぐ襲って子作りしても良イ?」


「ダメに決まってんだろ! それは別サイトでリクエストしてもらえ! それにこの人も住むことになったし......涼さん挨拶して」



 後ろで幽霊にビクついている涼を俺は無理やり引っ張り出してレイの前に立たせる。



「はわわわわ......みみみみ水木涼です......よよよよよろしくおねがいします!」


「あら可愛イ...... 私が見えるのね♡。もしかして私がアイラの子供を産めないからこの子を引き取って3人で家族になろうとしてくれたノ? もうっ♡ アイラ大好き♡」


「いや違うから! レイも関連する例の組織に狙われてるから匿ったんだよ。それに涼さんはこう見えて19歳だしね━━」


「.....ハ?」



 19歳と言うセリフを発した途端部屋の温度は一気に下がりレイの顔は悪鬼のようになっていき、周りのものが宙に浮き始めた━━。


「ふーん、19歳......子供だと思って油断したナ。アイラにつく悪い虫は始末しないとネ......呪い殺してあげル......」


「ぎゃああああああああ! おねぇちゃん怖いおねぇちゃん怖いおねぇちゃん怖い.......! あわわわわわわわ......」



 涼さんはその場にうずくまり体をガクガクとさせて耳を塞いでいた。可哀想に......。



「フフフ......冗談よ涼チャン。仲良くしましょウ?」


「あんま脅かすなよ......それよりそろそろ海原を始末する。レイの仇に関連するヤツとその息子を殺して俺達の復讐を果たすんだ━━」


「わかっタ、その時は私もついていク。服を脱いであのワンピース姿になれば透明だし迷惑はかけないヨ」


「了解。とりあえず風呂入ってくるわ、浄化魔法でスーツと身体の汚れは落としたけど気持ち悪いからさ」


「ねぇねぇ♡、涼がクソザコおにーちゃんの背中洗ってあげよーか♡? すまない! 涼は1人で行くから気にしないでくれ!」


「ネェ......あの子本当に大丈夫?」


「ちょっと色々あってね......まあ青い舌出してオーバードーズするよりまだ良いかな......?」


「青い舌? まあ良いわいってらっしゃいイ━━」



 さて......組織の奴らは行方不明且つ俺が平然と生きてる事を海原親子が知ったらどう反応するかな━━。



*      *      *



「会長ダメです! 5人とも見つかりません! ナノマシンの反応も全くありません!」


「何をやってるんだすぐに探せ! アイツの依頼を受けたからこうなったんだ......もしや我々を陥れる為の海原の罠か? 汚れ仕事ばかり我々にさせて裏切ったとなればその落とし前はキッチリつけさせてもらうぞ海原!」

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