第29話 秋山恭子


 翌日━━


 結局昨日アイラ君から私のスマホに返信はなかった。

 昨日は忙しかったのかな、全く私のLIZEを無視するなんて良い度胸ね......朝会ったら彼を問い詰めてやろうかしら━━。



『昨日未明、身元不明の男性の遺体が発見されました。警察の発表によると━━』


 ピッ......


『富田医院長一家の件といい最近怖い事件が立て続けに起きてますね......近隣住民の皆さんは最大限の警戒と防犯を━━』


 ピッ......


『おーはー♪』


 プツンッ......



「何が怖い事件よ、そんなの殺される方が悪いんだから。さてそろそろ行きますか」



 私はマンションを出て学校に向かった━━。



*      *      *



「おはようございます秋山先生!」


「おはよう、元気なのは良いけど廊下は走っちゃダメだよ」



 私は今年の4月で教師として働き始めて3年になる。

 正直こんな仕事を選んだことを後悔しかしていない......生徒は我儘だし面倒臭いし保護者もクソみたいな事しか言わない人間ばかりだ。

 クラスにイジメなんてあれば私の責任になるから見て見ぬフリが一番だと思っていたが、黒羽真央が自殺した件で私の立場は一時期最悪だった。

 まぁ最終的に学校側がイジメの否定と根回しをしてくれたおかげで私に火の粉は降りかからずに済んだから良かったけど、たかが・・・イジメで自殺なんて余計なことをしてくれたもんだと思ったしもっと言えば今でも彼を憎んですらいる。


 でもそんなクソみたいな学校生活を私の副業・・と今目の前を歩いている1人の高校生が変えてくれたのだが━━。



「おはようアイラく━━」


「おっはようアイラ!」



 私の後ろからアイラ君に声を掛けたのは人気iTuber兼ウチの生徒の多田井由美さんだった。



「おっはよう! じゃないよ、いきなり後ろから声掛けるなびっくりするだろ? 朝からテンション高いよゆーちんは......サンシャイン○崎かよ」


「いや私ダンボールで作ったデカい剣とか持ってないから。それより昨日電話した通り今夜のライブ配信よろしくね。今回はとある場所への夜ロケだよっ」


「とある場所ってどこだよ? まさかロー○ンド様が社長やってるTHE CL○Bで『ロー○ンド様とアイランド君がコラボしてみた!』とかじゃないよな......?」


「そんな訳ないでしょ! そんな事したらロー○ンドに今度こそ怒られるから、そもそも未成年はホストクラブに入れないし!」


「おい! ロー○ンド様だろうが! 様をつけろ様を! でも良かったぁ......家でシャワー浴びる前に誹謗中傷浴びるのだけはマジ勘弁だったからホッとした━━」


「ねぇ......ちょいちょいロー○ンド様語録挟むの辞めてくれる? もしかしてめちゃめちゃファンなの?」


「今ので語録って理解してるゆーちんこそめちゃめちゃファンだろ......」



 この2人こんなに仲良かったんだ......多田井さんがこんなに人と話すのなんてあまり見たことがないな━━。

 それと話を聞く限りアイラ君はこの子の動画に出演してるんだね......。



「しかし夜ロケか......出張費及び残業代は別見積りになります」


「ケチだなぁ......まあ良いけど。それと改めて昨日は夜遅くまで電話に付き合ってくれてありがとね、楽しかった」


「うん、俺も色々話せて楽しかったよ。また電話しよう」


「うんするする! それであのことなんだけどさ━━」



 電話!? 私のLIZEは無視してこの小娘とずっと話してたってわけ......? そんなの許せない......!



「アイラ君、ちょっとこっち来てくれる......?」


「っ......! 先生おはようございます......」


「おはよう多田井さん。アイラ君ちょっと━━」


「はぁ.....分かりました」



 私はイライラと悔しさを募らせながら彼の手を引っ張り校内の人が誰も入らない準備室へ入った━━。



「ねぇアイラ君。どういうつもり?」


「と言いますと......?」


「あなた......彼女と付き合ってるの?」


「え? 付き合ってませんよ......?」


「ならなんで昨日彼女とばかり電話をして私に返信してくれなかったの!? 電話する時間はあっても返信する時間無いって事!? ねぇ、私ずっと君の事待ってて寂しかったんだよ!? あっ......」


 やばい......つい言いすぎた......!

 私が声を荒げると彼は少しシュンとした顔に変わり少し申し訳なくなった。



「ごめんなさい先生......先生からのLIZEに気が付いたのがゆーちんと電話が終わった後で夜遅くて......。寝てる時に送って先生起こしちゃうのも悪いと思って返せませんでした」


「そう......なら良いの.....声荒げてごめん。そこまで気遣ってくれてると思ってなくて.......先生が悪かったわ━━」



 私は彼の落ち込んだ子犬のような顔を間近で見て思わずキュンとしてしまい、怒りよりも可愛さが勝りさっきまでのイライラが少し収まった━━。



「謝らないで下さい、早い時間に返さなかった僕も悪いので。それに僕が先生の事を無視する訳無いじゃないですか」


「そっか......ありがとうね」


「それよりさっきのプクって怒った顔......ちょっと可愛かったです」


「なっ......あんまり大人を揶揄っちゃダメだよ!」


「そんなつもりは......。先生は僕の中で勝手に峰不○子みたいなスカートの下に銃を隠して男を振り回す小悪魔系だと思ってたんですけど......そのリアクションだとそれは違うみたいですね。ちょっとギャップ感じちゃいました」


「そ、そう? 私そんなにモテないし小悪魔のつもりもないけど━━」


「そうなんですか? モテそうなのに意外です。僕はその......ギャップがある人がタイプなので......」


「それってどういう......」


「なんでもないです......! そろそろ時間なんで教室戻りますね!」


「あっちょっと待って! ええっと......そうだ! 多田井さんのチャンネルに出てるってホント!?」


「はい、今夜ライブ配信します。良かったら見に来てくださいね!」


「ありがとう、じゃあまた連絡するから今度はちゃんと返してほしいな......」


「はーい、ではまた!」



 彼は爽やかに部屋から去っていった。



「怒ってる顔が可愛いなんて初めて言われたかも。しかしリアクションがまだまだお子ちゃまね......ふふっ」



 やっぱり男って単純......あの調子なら完全に私に気があるし私の思い通りになって彼らに━━。



*      *      *



「ふぅ......まあこんなもんだろ」



 秋山のリアクションは俺の想定通りだった━━。


 昨日のメッセージを無視してゆーちんと電話していた会話を敢えて聞かせ、俺が昨日スマホを見れていた状況だと気付かせて怒らせる。

 ああいう小悪魔を履き違えてるメンヘラは自分は相手を無視する癖に無視される事を極端に嫌う我儘なヤツが多い。

 そして今まで受けた事の無い扱いをされてプライドを傷つけられた事により余計に相手を思い通りにさせたがる......さっきの怒りがまさにそれだろう━━。


 そして後から自分のことを考えての行動と知らされた上でトドメに自身の嫌いな所を敢えて褒められる事により相手への申し訳なさと欠点を認めてくれた嬉しさの感情を同時に与える。

 そうすると俺に対するネガティブな感情を初めから持っていないのが前提だが感情をコントロールしやすい。

 後は不安という鞭と偽りの好意という飴を交互に与えれば......。

 それとこれは俺の勘だがあの女は俺に対して何か裏がある━━。



「今頃向こうは俺が惚れてると絶賛勘違い中だろうな━━。まあ勘違いサ○コは一旦置いといて今夜はゆーちんの配信に集中するか。夜のロケって一体どこ行くんだ......?」



*      *      *


 18:00PM



「はい、ここが今回配信するロケの場所だよ」


「マジかよ......ここで何すんの━━?」

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