第27話 オジサン刑事鷲野の勘


 月曜日━━



 この土日は宗教施設の爆発と殺人事件の話でテレビやネットの話題は持ちきりだった。

 施設の破壊はゆーちんの家に残党が来ないようにする為と同じような他のカルト教団への牽制の為にやったので狙い通りだったが......恐らく被害者の痕跡を調べてあの刑事がまた学校に来る可能性が高い。

 もしかしたら今回不参加だったゆーちんの母親の事も調べ上げてゆーちんに直接聞いてくるかも知れないが、ここで下手にゆーちんへ助言しても怪しまれるしな━━。



「はぁ......仕方ないとはいえ変な意味で目立ったなぁ。これが 《〜冴えない俺が宗教施設ダンジョンに行って瀕死の人気配信者助けたらバズってモテモテに〜》とかだったら良かったのに......現実ってそんな甘く無いよな━━」



 あの事件で俺が身バレしない為に変身した姿はメディアでは化け物だの悪魔だのドローンだの宇宙人だのと散々の言われようだった。

 フィクションの世界じゃ最強の主人公がみんなに崇められて接点無い女にもモテモテ! とかの展開がつきものだけど現実じゃそんな化け物・・・は畏怖の目で見られるか、迫害されるか捕獲されて人体実験されるのどれかだろう。

 人間は出る杭を打ちたいものだからな━━。



「アーイラっ! おはよっ!」



 校舎の廊下を歩いている俺に後ろから元気な声を掛けてきたのはゆーちんだった。



「おお、ゆーちんおはよう。旅行は楽しかった?」


「うん! お陰様でねありがとう。今度お礼を兼ねてアイラを何処か連れて行ってあげるよ!」


「マジ!? じゃあ徐々炎行きたい」


「徐々炎!? それは平日でも連れていけるから観光地的な所で考えて欲しいなぁ」


「あー......今思いつくのは本○湖か四○連湖、後はま○いの牧場くらいかな」


「それ全部ゆる○ャンの聖地じゃん......そんなにゆ○キャンが好きなの?」


「いや......ナレーションの声が好きなだけ。あの渋い声で"松ぼっくりぃ"って言うのがギャップあって最高なんだよね。興奮してきたな......今から松ぼっくり取りに行こう━━」


「ちょっと何言ってるかわからないよ......まあちゃんと決まったら改めて言ってね。それより今週金曜の放課後空いてる? 社長が会いたい会いたいってうるさいんだよね......」


「その社長西野○ナみたいだな......まあ震える程予定空いてるから良いけどね」


「ありがとう、じゃあよろしくね。またお昼一緒に食べよう!」



ゆーちんは小走りで自分の教室に戻って行った。



「ゆーちん......俺が来るのを待ってたな。ニュースの件で何か聞きたかったのかもな━━」



*      *      *



「突然のアポにも関わらず対応して頂き感謝します。前回に引き続き事情聴取をさせて頂きたく参りました━━」



 俺と東海林は再び例の高校を訪ねると校長が出迎えてくれたが予想通りあまり良い顔はしていなかった。



「いえ、それで何故また我が校の生徒に事情聴取を?」


「それが今回は生徒だけじゃなく先生方にも事情を伺いたいのです━━」



 校長の顔が一瞬固まる。

 やはり何か隠しているのか━━?



「教師にですか......それは一体......?」


「前回の事件と今回の事件の被害者には共通点があります。捜査に関わる内容なので詳しくは言えませんがこの学校に以前 《黒羽真央》と言う生徒が居たのを覚えていますか?」


「黒羽......はい覚えてます。秋山先生が担任していた生徒の1人ですね」


「そうですか、では後で秋山先生に黒羽真央に関する詳しい話を聞きたいのですがよろしいですか?」


「承知しました、ではまず先に事情聴取する生徒を教えて下さい。放送しますので......」


「わかりました。その生徒は━━」



*      *      *



「失礼します━━」


「初めまして多田井さん、刑事の鷲野です。それとこっちは刑事の東海林です」


「東海林です、よろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします」


「そんな堅苦しくならずにリラックスした状態でそこに座って下さいね、すぐ終わりますから」



 その女子生徒は椅子に腰をかけて緊張した顔で俺の前に座った。



「では多田井さん、少しだけ訪ねたい事があって呼び出したんだけど幾つか質問に答えてもらえるかな?」


「はい、なんでしょうか?」

















「サイン貰って良いですか━━?」


「はい?」


「いやぁウチの娘が貴女の大ファンでして、会うって話したらサイン貰ってこいってうるさくてうるさくて......」



 俺の発言に隣のスーツ美人から般若のような殺意が籠ったオーラが感じた。



「しゅ・う・の・さん? ふざけるのも良い加減にしてくださいね? これは紛れもない職権濫用ですよ......?」


「ま、待て! そんなおっかない目で見るな!」


「そりゃ見ますよ! そもそも鷲野さん独身でしょ!? そんな小っちゃい嘘ついてまでこの子のサインが欲しいんですか!?」


「じょ、冗談だよ! 俺は少しでも刑事っぽさを抜いて柔らかいオーラを出そうとだな......」


「絶対嘘......サインについでに握手してもらおうとか考えてたでしょ!? 正直に言ってください!」



 バレてる......!



「そそそんなわけあるかよ! そんな事したらセクハラになっちまう! このご時世おじさんがチラ見しただけで通報される世の中なんだぞ!? おじさんが居なければ世の中は回らないというのに全く世知辛いよ......」


「そんな居酒屋で吐くような愚痴は良いですから早く聴取してください! ごめんねぇ......このおじさん根は良い人なんだけどちょっとだけ変な人なの━━」



 フォローになってないフォローを東海林が入れると多田井由美は少し笑った。



「ふふっ......お二人は仲良しなんですね、まるで夫婦みたい」


「ふふふ夫婦!? この人は上司であって私達は夫婦じゃないよ!?」


「お前何焦ってんだ......?」


「焦ってませんよ! 早く話進めましょう!」



 東海林は顔を真っ赤にして反論し話を逸らそうとした。

 全く最近の若いやつは困ったもんだな、女子高生の揶揄いにまんまと振り回されやがって━━。



「それよりも鷲野さん、私の緊張を解いてくれてありがとうございます。それで質問とはなんでしょうか?」



 この数少ないやり取りで俺の意図を完全に理解しているのか......すごいな━━。



「ああ、すまない。答えたくなかったら答えなくても良いんだが先週の土曜日は何してたか教えてくれるかな?」


「土曜日は......母と旅行に行ってました」


「そうか......それは良いね!」


「もしかしてそれだけですか?」


「いや......おじさん達ちょっとだけ君の事調べたんだけどお母さんって土曜日にニュースになった宗教に入信していたよね?」



 俺の発言に多田井由美の顔が少し強張る。

 やはり俺の狙い通りか?



「はい......確かに入ってました......」


「言いにくい事を言わせてごめんね......。それでその日その施設で大規模な集会があったんだけど、今回何故わざわざ旅行の予定をその日に入れたのかなって思ってね。まあ本来はお母さんに聞くべきなんだろうけど入信してた宗教が壊滅したんじゃ精神的に不安定かなと思って君に聞くしかなくてね━━」


「そうでしたか......実はその前の日に同級生から旅行のチケットをたまたま貰ってそれで━━」


「そうなんだ、めちゃめちゃタイミングいいねその同級生。差し支えなければその子の名前を教えてもらっていいかな?」


「はい......彼の名前は 《明星亜依羅》です」



 来た......!



「そかそかあのイケメン高校生の明星くんか......。彼にそのチケットを貰った時に何か他に言ってなかったかな?」


「彼は......実は私のお母さんが宗教にのめり込んで困っている事を相談したらその日の内に家に来て必死に宗教をやめるように説得してお母さんの暴走を止めてくれました。それでその時余ったチケットをあげるから2人で行ってきてって気遣ってくれて━━」


「なるほど、彼が多田井さんの家庭を救ってくれた訳か......教えてくれてありがとうね。もしまた何かあったらオジサン達に協力してもらえるかな?」


「はい、出来る限りの事は......では失礼します」



 多田井由美は部屋から去っていった━━。



「またもや明星亜依羅ですか......流石鷲野さんの勘は鋭いです。しかし明星君は行動も心意気もイケメンですね、同級生のお母さんを説得してカルト教団を辞めさせた上に旅行券をあげるなんて━━」


「ああ......その一連の行動も凄いが普通ああいった洗脳は単に説得しただけじゃ簡単に解けないはずなんだ、それすらぶち壊すとはやはり只者じゃない。しかしあのイケメンが人の為にそんなに必死になるなんて......あの一瞬見せた悪魔のようなオーラからは想像がつかないな。彼に対する印象は俺の考えすぎか━━?」


「そうかもしれませんよ? 私はとっても良い子だと思います」


「うーん......だが多田井さんの件でタイミングが良すぎるのはどうも引っかかる。まあとりあえず黒羽真央の件を秋山先生から聞くか......」



 数分後、秋山という女性教諭を呼び出し俺たち2人は前生徒指導室で事情聴取を始めた。



「お忙しい所すみません。以前亡くなった黒羽真央という生徒の事をお聞きしたくてお呼び出ししました」


 

 黒羽真央という言葉に女教師の顔が一瞬曇る。

 このキツネ顔の美人は何か後ろめたい事があるようだな━━。



「そうですか......でも何故今更彼の事を? 彼が自殺した原因は学校にはありませんよ......」


「何故......そう言い切れるのですか?」


「はい?」


「何故自殺した原因は学校に無いと言い切れるのですか? 彼に対するイジメとかは本当にありませんでしたか?」


「イジメというより戯れ合いはあったかもしれません。それと......言いにくい事ですが彼は母親を亡くしていてその母親も生前は薬に手を出していたとか。あと自殺する前日に彼は女子生徒相手に痴漢をしていました。その罪の意識と複雑な家庭環境を苦にして亡くなったとしか思えません」


「そうですか......その戯れ合いは誰としていたか分かりますか?」


「それは......分かりません」


「そうですか......失礼ですが貴女は黒羽真央という生徒の声にしっかり耳を傾けていましたか?」

 

「......は?」



 俺の言葉に教師は眉間に皺を寄せる。

 プライドだけは一丁前に高そうだな━━。



「子供が自殺をするなんて相当心を深く抉る出来事でも無い限り起こりません......彼の表情や学校生活にもそれは出ていたと思います。貴女はその声なき声に耳を傾けていたのかと聞いているのですが」


「なんですって......? 私は教師として一人一人の生徒をしっかり見ています! 彼が痴漢をした時だって彼や女子生徒の事を想ってちゃんと叱りましたし!」



 いや、絶対想ってないなこの女━━。



「なるほど......では彼が痴漢をしたっていう証拠を見た上で叱った訳ですね?」


「もちろん! これを見てください! 証拠もハッキリしてます!」



 俺は彼女に複数枚の写真を見せられた。

 モザイクは掛かっているがそこには確かに男子生徒が女子生徒の胸やお尻を触っている画像だったが━━。



「なるほど.....これを貴女は信じたと言う訳ですね?」


「そうですよ! れっきとした証拠ですから!」


「はぁ......失礼ですがこの写真には違和感が複数ありますね。通常の痴漢なら満員電車でもない限り誰も居ない所で痴漢をしますよ、でもこれは明らかに違う。そしてこの撮影者も不自然だ.....普通ならわざわざ写真なんて撮らずに先に通報して犯人取り押さえれば痴漢が被害者に触らせる時間を短縮出来るのにそんな事もしている様子もありませんね」


「っ......」


「そして極め付けにこの瞬時に撮っているはずの写真......何故か全ての画像に一切ブレがありません、こんなの最新のiPh○neでも無理ですよ。私が思うにこれは......痴漢された人間と撮影者はグルになって黒羽君に無理やり痴漢するように仕向けたとしか思えませんね。でもまさか、これだけ怪しさ満点の画像を鵜呑みにして教師の貴女は彼を責め立てた訳じゃないですよね?」


「そ、そんな! 私はただ......」


「ただ、なんですか?」



 秋山の顔はみるみる赤くなり怒りの表情に変わっていく。



「私は悪くない! 彼は絶対に痴漢をした! 私の期待を裏切った女の敵なのよ! そんな彼を責めて何が悪いって言うの!?」


「その言葉が彼を死に追いやったのかもしれませんね......目の前にある情報を鵜呑みにして疑問を持たずに対象者を攻撃するなんて3歳児と同じ、いやそれ以下だ。今もそうやってヒステリックになってその場を取り繕おうとしてますが誰も貴女に同情なんてしません。それにもし貴女が彼に恨まれているとしたら......次に殺されるのは貴女かもしれませんよ?」


「ちょ......ちょっと鷲野さん......!」


「えっ......それはどういう......」


「次の被害者になるかもしれない貴女には教えますが今起きてるこの高校の生徒が殺害されている事件、被害者にはそれぞれ共通点があります。それは黒羽真央という人物......捜査中なのであまり詳しい事は言えませんが被害者は全員彼に死に値するくらい恨まれる事を行った人物だと私は考えています」


「そんなのありえない......だって彼はもう死んでるじゃないですか......」


「......ですが現場からは彼が行ったとしか思えない痕跡が出てきてます━━」



 彼女の顔は真っ青になり今にも倒れそうな表情で俯いた。



「そんな......じゃあ笛吹さんが亡くなったあの宗教施設爆発事件もですか......?」


「そうです。普通の人間には真似できないイリュージョンを可能にする人類史上最凶の悪魔に貴女は命を狙われているかもしれません━━」


「いや......わ......私まだ死にたくない.......! 助けてください刑事さん! お願いします!」



 この女......散々冤罪吹っかけといていざ違うとなったら命乞いか。

 こんなのが担任なんて黒羽君は可哀想だったな、君が恨みたくなる気持ちもわかるよ━━。



「その必死さを黒羽君に向けていれば彼は死なずに済んだかもれませんね、まあ捜査には全力で当たりますので何か変わった事があったら教えてください。ではありがとうございました」


「も、もう終わりですか? 私まだ死にたくないです! 何かアドバイスとかはありませんか!?」


「キッズケータイでも持っといてください。では━━」



 俺はキツネ顔美人を部屋から出るように促し退出させた後、東海林がびっくりした顔で俺を咎め始めた。



「ちょっと鷲野さんらしくないですよ!  私情を挟みすぎです! 最後なんて極秘の捜査資料をわざと教えて完全に脅かしてましたよね!?」


「悪い悪いつい腹が立ってさ。顔は美人だがただカーディガン着て気取ってるアホだったな......俺が黒羽君の立場なら確実にアイツも殺してるよ。すぐに冤罪だと分かる写真でアホ教師からも責められ何処にも居場所が無くなったんだ、彼の心境を考えるだけで胸が張り裂けそうになる......」


「そうですね......それに今の話じゃ生徒にも虐められてるって話ですもんね」


「ああ......戯れ合いと言っていたが東海林ちゃんの言う通りあれは嘘だな、ただあの顔を見る限り担任も黒羽真央が誰にイジメられていたかちゃんとした事は分かってなかった。さて、最後の締めにあのラーメンつけ麺僕イケメン君を呼び出すか」


「鷲野さん......狩○A孝ごと滑らせてます、謝ってください」


「えっ......ごめんなさい......」


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