第22話 言葉巧みに......


「君を招待した目的、それは多田井由美君とキミの2人でこの 《ユニハピ》の広告塔になってもらいたいんだ━━」


「......はい?」


我々ユニハピは政界で活躍する先生方や各業界の様々な方と繋がりがあるが今の若い人達にはこの良き教えが中々浸透しなくてね......多少居るとは言っても殆どが2世信者達ばかりなんだ。そこで今若者に人気の由美君とキミに広告塔として活動してもらってユニハピの凄さを若者の間に広めてもらいたい」



 要はあらゆるコネを使って将来的には若者を含めた国民を入信させて私腹を肥やす腹積りか?

 正に見た目通り太々しいヤツだな━━。



「それならゆーちんだけ素直に勧誘すれば良かったのに何故僕まで? 僕はそんなに有名でもないし、口が達者なくらいしか取り柄なんて無いですけど━━」


「実は由美君はお母さんからの勧誘にも乗らなくてね、まあ最終的に今週末儀式をして素直になって貰うから良いんだが━━。しかし彼女だけ勧誘しても得られるのは恐らく男性信者ばかりだ......そこで突如彼女の動画に現れて人気者になっている色男の君も加わってくれれば女性信者獲得に繋がると思ってこうして頼んでいるんだよ」


「そうですか。もしその色男が断れば......?」



 教祖の歪んだ顔がニヤリと笑い、更に醜悪な顔に変わる。



「断れば君の大事な友達の家は間違いなく崩壊するだろう。彼女のお母さんの心は修行を経て既に我々のモノになっている......この意味分かるよね? 君の所為で彼女は家族を失うことになるんだ━━」



 修行を経てか......奴らは何らかの手を使ってゆーちんの母親を洗脳を施している可能性が高いな。

 もしそうなら俺が洗脳を解けば本来の姿に戻れるかもしれない━━。



「ねぇイケメン君......もちろん答えはYESだよね?」


「......もちろん! ちょうどイカれたした教団に入りたいと思ってたんですよ。それで僕は何をすれば良いんです?」


「簡単だ。今週末の集会で由美君の儀式終了後に2人で広場の祭壇に立ち、正式に入信する事と新しく設立するデジタル広報部宣伝部長の就任式を行う。そして前日に我々だけでそのリハーサルを行うからその時にまた此処に来てくれ」


「分かりました。では僕はこれで」


「ああ、よろしく頼むよ。それともし君が良ければ入信後に娘の瑠衣子と付き合ってくれないか? 君には何か底知れぬ魅力を感じる......私の後を継げそうな気がするんだ━━」



 付き合うだって? こんなヤツと付き合うくらいならヘドロの海を全裸で泳ぐ方がマシだ━━。



「無理ですね、僕のタイプは瑠衣子さんの様に穏やか・・な性格ではなく右手に鞭、左手に花束を持ってケツをぶっ叩く激しい・・・人がタイプなんで━━。ではまた」


「そ、そうか......。それはすまなかった」



 教祖は困惑した表情で俺から目を逸らし、クソ女は対照的に頬を膨らまして悔しそうにしている。



「ねぇ! 私フラれたんですけどぉ! イケメン君めっちゃタイプだったのになぁ......。パパ鞭と蝋燭今すぐ買ってきてよぉ!」


「......瑠衣子悪い事は言わん、やめとけ━━」



 俺はその部屋に笛吹を置き去りにしたまま施設に停まっていたタクシーに乗って帰った。



「まあ何はともあれ上手く行った、よくやったぞ瑠衣子。週末が楽しみだ......教団は彼らによって更に繁栄すると思うとワクワクするよ━━」



*      *      *



 翌日の昼休み━━。



「ゆーちん顔色悪いぞ? ちゃんと寝れてるのか?」


「う、うん......大丈夫ちゃんと寝てるよ。だから心配しないで」



 ゆーちんは明らかに疲れた顔をしていた。

 恐らく今週行われる例の儀式と母親の事で精神的に限界に来ているんだろう━━。


 こうなったら無理やりでも母親に近づくしかない......。



「いいやダメだ。ゆーちんがぶっ壊れてからじゃ遅いんだよ......! なんでもいいから話してほしい」


「ごめん......っ......」



 ゆーちんは涙を溢して肩を振るわせながら俺の胸に頭をうずめた。



「もう限界......あの宗教の所為でお母さんはおかしくなっちゃったし私はもう......!」


「一体何があった......?」



 ゆーちんは今まで起きたことを少しずつ話し始めた。

 


「幼稚園の頃に私の両親は離婚して私はお母さんに引き取られたんだけど、お父さんはその後病気ですぐ死んじゃってさ......。後からお父さんの親戚に教えてもらったんだけど死期を悟ったお父さんは悪い男を演じて私達に世話を掛けない為に敢えて突き放してたみたい。最初は信じられなかったけど保険金の受け取りがお母さん名義のまま変わって無かったからそれで確信したの。でもお母さんはそこからおかしくなっていった......」


「お母さんはお父さんのこと大好きだったから病気に気が付けなかった事と離婚する時に演じていたお父さんをなじってしまった自分を責めてたみたい。ある日私が夜中に目が覚めてリビングに行くとお父さんが写ってる写真を持って泣いてたんだ......それを見た時に私がお母さんを笑顔にしなきゃって思って始めたのがiTuberなの」



 そんな経緯があったとは......。

 子供ながら親の事を気にかけて元気を取り戻させようとしていたんだな......自分も辛かっただろうに━━。



「でも実はそれだけの理由じゃないんだけどね」


「そうなの? どんな理由?」


「幼稚園の頃そんな事になる前に初恋の人に言われたの、『君は可愛いから動画になったらみんなのアイドルになれそう』ってね。まあ結局その子は私が離婚して姓を変える前に転校して居なくなっちゃったけど......」


「そうなんだ、なかなかませてるなその子」


「確かにね......それから少しずつ人気になっていって中学3年になったある日、私の家に宗教の勧誘が来たの。普段のお母さんならそんなの断ってたんだけどその日は何故かその勧誘に乗って何処かへ行っちゃってさ。今思えば心の拠り所が欲しかったのかもね......」



 そう言うとまた少しゆーちんの顔が曇る。



「でもそこからおかしくなっていったの......。その日帰ってきたお母さんは凄い元気で昔のお母さんに戻った様に思えて凄い嬉しかったんだけど、気が付けば変な札や壺が家に置かれるようになったの。あとは教祖の写真を毎日拝んでたり炊飯器に変な調味料入れたり......。そしてお母さんが突然持って帰ってきた宗教の本が気になってネットで調べたら......その本300万もする代物で━━」


「300万......一体どこからそんな金が」


「お父さんの保険金から崩して買ってたみたい......。私がそれを問い詰めたら『由美のためにやってるの』って言って全くこっちの話が通じなくて仕舞いには私の動画収益のほとんどを宗教に貢いでて.......」


「それを止めても全く聞いてくれなかったと......」


「うん......でもそのお金をヤツらに渡す時だけお母さん凄い喜んでくれるの、『由美本当にありがとう』ってね。そんな顔で言われるとどうしても強気に出れなくてズルズルここまで来たんだけどいよいよ母から入信を強制されたの......。母が言うには儀式を行なって入信になるんだけどその儀式って言うのが━━」



「教祖に身を捧げる」



「何故......それを知ってるの?」


「インチキ宗教の教祖が考えてることなんてどこも一緒さ。結局のところ金・権力・若い女っていうお決まりのパターンなんだよ」


「そうなんだ......でも私好きでもないあんな怪しい男に身を捧げるなんて嫌! もう家に帰りたくないの......!」


「大丈夫、奴らの好きはさせない。ゆーちんが安心して家に帰れる環境にしてあげる━━」


「えっ......それってどういう......」


「まあ僕に任せて。じゃあ今日早速ゆーちんのお母さんに会わせて欲しいんだけど良い?」


「......良いけどお母さんを説得してくれるの?」


「うん、平和的に説得して解決させるよ」


「ありがとう......」



 こんな高校生の俺の言葉を信じてくれたようでゆーちんは疲れ切った顔から安心した表情に少し変わった━━。



*      *      *



 放課後━━。



「ただいま......」


「お帰りなさい由美、そっちの男の子は?」


「こんにちは、由美さんの友達の明星亜依羅です。由美さんにはいつも動画でお世話になってるのでお母さんにも挨拶したくて伺いました」



 俺が頭を下げるとゆーちんの母親は少し頬を赤らめて返事をしてくれた。



「あらそうなの? 御丁寧にありがとう、由美が男の子を連れてくるなんて初めてだからびっくりしちゃった。ちょっと散らかってるけどどうぞこっちに座って」



 確かに母親の言う通り宗教絡みの物で散らかっているリビングのテーブルに俺は座る。

 ゆーちんの母親は俺達にお茶を出してくれた後対面に座った。



「改めまして由美の母の優子です。由美とはいつから?」


「僕が転校した初日に由美さんから話しかけてもらったのがきっかけで仲良くなりました。それを機に動画に出演したり一緒にお昼を食べてます」


「ふふ......この子強引な所あるから大変でしょ? まあゆっくりしていってね。私は部屋に戻るからそれで━━」


「ちょっと待ってください、僕は貴女に話しがあって来たんです。もう少しだけここに居てもらえますか?」



 俺は立ちあがろうとする母親を止めて再び座らると雰囲気を察したのか母親は少し真剣な目で再び向かい合った。



「私に......なんの用があるの?」



 俺は声の音波に魅了スキルを少しだけ乗せ、洗脳が解けるか試してみることにした。



「......率直に言います。由美さんを貴女が今入信している宗教に入信させないで頂きたい━━」


「......どういう事? 何故初対面の赤の他人の貴方に言われなきゃいけないわけ?」



 母親の顔は先程までのゆーちんに似た綺麗な顔とは正反対な醜悪な顔に変貌し、その顔に少しムカついた俺は思っていたことを全部言ってやろうと決めた。



「その初対面の他人にここまで言わせるくらい由美さんは追い込まれているんですよ。失礼ですがお母さん、そこに飾ってある薄汚い教祖の写真よりも由美さんの事をしっかり見ていますか?」


「は? そんなの当たり前じゃない私は━━」


「なら一生懸命リスナーの声に耳を傾けて必死に作っている彼女の動画も当然見ていますよね? 家で由美さんがお弁当を必死に作っている時は? お弁当を作って残ったおかずの味は覚えていますか? アスパラベーコン巻きで繊維が残らない様に工夫して頑張った結果火傷した手を少し庇っている事を貴女は知っていますか?」


「アイラ......なんでそれを......」


「わ.....私はしっかり見てるわよ! 動画だって欠かさず━━」


「でしたら......最近の動画に映っているはずの僕に対して『そっちの男の子は?』なんて初めて見た人のように何故言えたんですか? 貴女......しっかり動画見てるんですよね━━?」


「それは......」


「お母さん、由美さんがどんな表情で貴女に大切な収益を渡しているかしっかり見ていますか? 貴女に入信しろと言われた時......由美さんがどんな表情だったか見てましたか? まさか赤の他人・・の僕ですら容易に見て分かる事を肉親・・であるお母さんが分からない訳無いですよね━━?」


「......」



 僕の言葉に母親の表情は曇り下を向く。

 洗脳はそんなに強く掛かっていないのかもしれない......雷魔法と魅了スキルの組み合わせで脳にダメージを与えての強制的な洗脳解除はしなくても良さそうだな━━。



「先程由美さんから昔の話を聞きました......お母さんが旦那さんを失った気持ちは子どもの僕には想像つかない程辛いと思います。でもそれは娘の由美さんだって同じだ......貴女を笑顔にする、たったそれだけ為に動画を始めて視聴者からの罵詈雑言や世間の冷たい目にも挫けずにここまで積み上げてきたんですよ。それに比べ貴女と言えば怪しい宗教にハマり、由美さんが必死に稼いだお金だけじゃなく由美さん自身も貴女のエゴで奴らの生贄にして全てを崩壊させようとしているんですよ。このことに関して言い訳なんてさせません、ここまでの家族の崩壊を招いたのはインチキ教祖に洗脳された所為でも亡くなった旦那さんの所為でも何でもない! 家族や現実とまともに向き合うのが怖くて逃げ出した貴女の責任なんだっ!」


「.......っ!」


「それでもまだ現実から目を背けて愛する娘さんを苦しめるつもりですか......? いい加減目を覚まして下さいよ、自分の子どもと同い年の人間にこれ以上情けない言葉を言わせないで下さい。お願いします━━」



 俺の言葉にお母さんだけじゃなくゆーちんも涙を流していた。

 どうやら洗脳は俺の半ば八つ当たりの口八丁とスキルで完全に解けたみたいだ......マジ良かったー。


「ごめん......なさい......由美.......」


「お母さん......」


「私のせいで......本当にごめんなさい! 貴女に心配を掛けさせないつもりで始めた事がこんな最悪な事態になるなんて......」


「もう良いよお母さん......目を覚ましてくれて良かった......!」


「ごめんなさい、でもなぜあんなにハマっていたのか今は全くもって理解できないの......。どういうことかな......」


「それは恐らくお母さんの意思と由美さんの気持ちがヤツらが貴女に施した洗脳を解いたんですよ」


「洗脳.......?」


「はい、多分あの施設には何かしら仕掛けがあったのかもしれません。なんにせよ解けてくれて良かったです」


「はい......でもまだ解決はしていません。私のせいで週末娘はヤツらに......! 私が直接行って由美の件をなんとかしてきます!」



 母親の顔は不安と決意の表情に変わる━━。

 そりゃそうだ、洗脳されていたとは言え自分で蒔いた種だからな。

 

 だが、ここからは俺の仕事だ......邪魔はさせない。



「いや大丈夫ですよ。由美さんから相談を受けた後、知り合いの警察に報告しておいたんで恐らく何らかの対処をしてくれます。なんせ警察は正義の味方ですから」



 もちろん嘘だ......奴らは事前に始末してこの件が全て終わった後に警察は出動する事になる━━。


 俺の警察という言葉に安心したのか2人は胸を撫で下ろしていた。



「ありがとうございます。何から何まで本当にすみません」


「アイラ、本当にありがとう......」


「まあ僕はゆーちんの下僕だからね、それじゃ僕は湿っぽいのが苦手だからこれで。あ、そうそうこのチケットあげるから今週の金土は2人とも会社と学校休んで朝から温泉旅行でも行って下さいよ」



 俺は瑠奈さんから事前に手配を頼んでいた2人分の温泉宿泊チケットを2人に渡した。



「え!? でも良いのこんなの貰っちゃって......」


「良いって、2人とも疲れてるだろうし久しぶりの親子水入らずで楽しんできなよゆーちん」


「ありがとう......優しいよねアイラって本当に......」


「よせやい! 褒められると顔色がパプリカになっちまうんだ。それじゃお邪魔しましたー」



 俺は早々に玄関の扉を開けて家に帰った。



「本当にありがとうアイラくん......。しかしあの子の声.......凄い聞き心地が良かったのはなんでだろう.......?」


「私もそれ思った。いつもはそんなこと感じないのになんでだろう......?」












「さて......これで2人は安全だ。週末は心置きなくカルト教団にこの世からの解散請求をしに行けるな━━」

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