第28話危険は忍び足でやって参りました
そうでした。自分のことにかまけて、肝心なことを忘れてしまうところでした。
「ナムーラ隊長。傭兵連隊の方々は、皆ペンデルまで行ってしまうのですか?
傭兵連隊が留守、騎士隊の帰着も遅れるとなれば、その間この館の警備が手薄になります。結婚の儀を控えて人の出入りが多い上に、子供たちを館に招待していることもございますし、幾ばくかの部隊を警護に残してはもらえないでしょうか」
「ええ。それはもちろん」
そう話す
私は一歩隊長に近寄ると、声を潜めて尋ねました。
「なにがあったのです?」
ナムーラ隊長が唇をへの字に曲げたので、渋いお顔つきがしかめ面に見えます。
「不安要素を増やすようで誠に申し訳ないのですが、奥方様には隠さず申し上げた方が面倒は減りましょうな」
なんです、その回りくどい言い方。下手に隠してまた暴走されたらたまらない、とお顔に描いてありましてよ。
確かに先日の(南の森まで芦毛のデヴィで駆けつけた)一件はございますが、私とてむやみやたらと突っ走るわけではございません。
もう! 失礼な。
けれど、鼻に皺が寄るのは隠せませんでしたわね。ごめんあそばせ。
――ああ、そんな些細なことより不安要素の件ですわ。
さりげなく隊長が視線を左右に走らせ、周囲の様子を窺ったので、これは気が重くなる内容だと察しました。同時に、まだ状況をマルゴたち館の使用人には伏せておきたい素振りもみえます。
そこで外の様子を眺めるふりをして窓際に寄り、努めて自然に彼女たちとの距離を拡げました。彼女たちも気を効かせ、無理に近寄ろうとはしません。この辺は信頼関係のたまもの!?
ですが六月の庭の美しさを語るような素振りで、それなのに潜めた声色でナムーラ隊長が語り出したのは、とんでもない一大事でした。
「海賊たちが騒ぎ出しました。ペンデル港に入港していた三隻の偽装船が動きを見せたので、諜報部隊の者たちに動向を探らせていたのですが、内一隻がペンデル港の南にあるカルマンという小さな漁村沖に移動し……」
ここで隊長は層一層声を落とし――。
「十数名の乗組員が数隻のボートに分乗して、浜に上陸いたしました」
海の上が本領という彼らが、陸に上がるとは!
なにが特別の目的があるとしか思えません。先ず考えられることは村を襲い、略奪。村人たち……特に子供や若い女性を捕まえ、奴隷として船に連れ帰ることでしょうか。
「なぜ、そんなことに」
「伯爵様のご命令で、ダーナー隊長率いる騎士隊が、ペンデルにある海賊たちの隠れ家を片っ端から検挙致したのですよ。その腹癒せでしょう。そんなこともあろうかと、こちらも対策を講じていたのですがウラをかかれました」
ナムーラ隊長が言うことには――。
海賊というのは、「組織の長」である船長を頂点とし、その下に段階的に「支配される階級」が末広がりに構成される階層型の階級組織構造の集団だそうです。
その辺りは軍隊とよく似ているので、組織内の絶対的上下関係は、辺境騎士団に所属していた私にもすぐに理解が出来ます。命令には服従。上から下へときちんと命令が行き渡らないと、
ただし彼等が行なうのは、略奪や暴行など海上航行の安全を脅かす行為なので、そこが厄介なところ。
彼等の仲間意識は強いのですが、それは同船する身内に限ったこと。それ以上に強い
マウント合戦が激しい社会に君臨したい
ところが。単独行動が本領の海賊たちが、どうしたことか三隻で連動作戦を採ってきたのだとか。ペンデル市街、港、そしてカルマン村と同時に騒ぎをおこし、レンブラント騎士隊の分散を図ったのです。
もちろん伯爵様の誇る優秀な騎士隊は、すぐさまそれに対応し、応戦にでました。湾内に残っていた一隻は、拿捕。ですがあとの二隻は姿を消し、そのうちの一隻が翌日カルマン村を襲撃したのだそうです。
「それで、村人たちは無事なのですか?」
「近くを巡回していたパトロール隊が交戦し連絡を受けた別働隊が駆けつけたのですが、遺憾なことに犠牲者が出ました。子供も数名連れ去られたとの報告も上がっているのです」
「なんてこと!」
婚姻の儀も近いというのに。いいえ、それに乗じて騒ぎを起こそうというのでしょう。伯爵様が、なかなか館へお戻りにならない理由がわかりました。我が夫となる方は、結婚の儀の前に人身売買組織を領内から、少なくともペンデルの街から一掃するおつもりのようです。
これでは祝いの儀式だの宴だのと、浮かれているわけには参りませんわ。
「では、ナムーラ隊長たちはダーナー隊長たちの応援に――」
ナムーラ隊長は小さくうなずきました。私の背後にいるマルゴたちには、やはり聞かせたくない話です。にわかに慌ただしさを見せる傭兵連隊の動きに、すでに彼女たち使用人はとても不安そうなのですもの。
「気を付けて、お役目を果たしてくださいませ」
「結婚の儀までには、全て片付けることをお約束いたします」
「もちろんですわ。早く
と、ここで嫌みたらしく溜め息をひとつ。さっきの意趣返しです。
「左様ですな」
ニヤリと、頬の筋肉を持ち上げるナムーラ隊長。
クオバティス沿海の海賊どもを蹴散らした男は、こんなことじゃ動じないのよね。はいはい。
「それから。使者は、伯爵様からの伝言も運んで参りました。心配はせぬように、と。それと館のことは、奥方であるあなたにお任せすると仰せです」
ひゃああ! 伯爵様ったらーー!
まだ正式な妻ではない私に、どうしてそんなに信頼を寄せてくださるのでしょう。心臓が飛び跳ねました。
まあ、実務のほとんどはベテラン家令のイサゴが取り仕切ってくれますから、私の仕事は
そうはいっても。
ここはしっかりとお留守を守らねばなりませんね。
「承りましたわ。その代わり、
あ! 新妻として、ここは「
すでにナムーラ隊長は踵を返し、兵舎の方向へと歩いておりました。
更に更に、ですよ。立ち去る頼もしい背中を見送ってから、肝心なことをお願いし忘れたことに気が付きました。私も海賊に動揺しているのでしょうか。
子供たちを迎えに行く馬車の手配、足りない御者の手配を隊長に相談しようとしていたんでしたわ。
あちゃ~。
結局家令のイサゴを見つけ出し、彼にお願いしてことなきを得たのですが。
それはそれとして。
先程の話、どうしてか、いつまでもモヤモヤと胸につかえていたのです。
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