第26話ドニたちと楽しい昼餐にいたしましょう
朝餐の席でも疑問は晴れることなく、悶々とした気持ちのままイサゴから今日の予定を聞いていたのですが、それをマリッジブルーだと勘違いされたのでしょうか。老家令がこんな提案をしてきました。
「気晴らしに、芸人のパフォーマンスをご覧になるのはいかがでしょうか? ご結婚のお祝いの宴の座興に、伯爵様が芸人を呼んでおります。その者たちに、一足先に少しだけ芸を披露させ、奥方様を喜ばせた者には特別に褒美をつけましょう。
ただし――。奥方様がご覧になって、面白くないと思うものは宴に出さないと明言しておけば、彼らも張り切りましょうぞ」
「それは、宴に出演する芸人の選別のようなものですか?」
「お客人をもてなすのは、奥方様のお仕事でございます。どんな余興を披露するのかと、奥方様のセンスが問われる場にもなります。事前の下準備のついでに、少し楽しむくらいの余裕もおありにならねば」
わざわざそんな風に言ってくれるなんて。
毎朝豪快に朝餐を平ら……いえ、食する私が――ですよ。湯気を立てる美味しそうな皿を目の前にしてポケっとしていたら、それは心配も致しましょう。
「そうですね。では、その席に森の館の子供たちも招待したいです。正式に結婚の儀や披露の宴に招待したお客様は貴族の方ばかりですから、あの子たちは出席できませんでしょう。せっかく芸人たちが面白おかしい芸を披露するというのに、あの子たちが見物できないなんて可哀想ですもの。
そうだわ、今からだったら昼餐にも間に合うかしら。厨房のコルワートに相談して、支度が間に合うようだったら、素敵な昼餐も招待したいわ!」
「それはよいお考えですな。子らは大喜びしましょうぞ。
早速、厨房に都合を聞いてみましょう。大広間にテーブルを並べれば、皆が揃って食事ができますよ」
控えていたマルゴや侍女たちも一気に盛りがって、幸いコルワートからも可能の返事が来ましたから、あっという間に楽しい計画は実行に移されることとなりました。
そうとなったら悩んでなどいられません。朝餐をがっつりいただき、午前中の予定を早めに切り上げると、厨房へと足を運びました。料理長のコルワートには、私の気まぐれで突然の予定変更を押し付けてしまいましたからね。お礼を言わなくては。
途中、大広間へも寄り道して、テーブルを並べていた使用人たちにもひと言感謝を伝えます。
こういうこと、大事。突然の変更が大変だというのは、決めた本人より振り回される方がもっと大変でしょ。騎士として従軍していた時にそんなことを散々味あわされたから、骨身に染みて知っているの。だから、迷惑かけたお詫びと感謝はきちんと伝えないと。
貴族の奥方様が恐れ多いとか恐縮されたって、こればっかりは譲れない。お父様にだって、怒られちゃうわ!
そして、こちらは湯気とよい香りと喧噪に溢れた厨房。コルワートと下女たちが、いつも以上に忙しそうに働いております。もう、声を掛けるのもためらいたくなるくらい。
「――はぁ、お礼? そんなご心配は無用ですよ。お任せください。食材はたっぷりありますからね。どうとでもなりますや。
それに今日は、領地の巡回に出ていたダーナー隊長率いる騎士隊も帰館する予定でしょう。もとよりたんまり作らにゃならないってんで、朝から張り切って仕込んでたんです」
コルワートは、ドンと胸を叩きました。ああ、そういえば朝餐の時にイサゴがそんなこと言っていましたっけ。
ダーナー隊長には、まだお目にかかっておりませんでしたが、どんな方なのでしょうね。
「ああ、そりゃそうと。今日もあのマス売りが来ますぜ。あの女も列座させてやったら、どうです?」
フラビィが?
もちろんそれは願ってもないことですが、あれ、今日は定時連絡の日でしたっけ? 彼女はタビロ辺境騎士団の団長と私の間を取り持つ、秘密の連絡係でもあるのです。
緊急の連絡でもあるのでしょうか。などと頭を捻っておりましたら、
「持って来たわよー」
あの声はフラビィです。
「もぅ、ここの料理人、人使い荒いんだから。ほら、ご注文のウナギよぉ」
柳で編んだ篭を抱えたフラヴィが、勝手口から顔を覗かせました。今日も、物売り女の扮装で。っつーか、段々サマになってきたじゃん!
フラヴィは私がいることを確認すると、他に人間には悟られないようにサインを送ってきました。やはり、なにか緊急に伝えたいことがあるようです。
「ご苦労ね。コルワート、お代金は弾んでやってね」
「まいどぉ~!!」
「ウナギですって。私大好きよ。活きはいいの?」
それっぽい話題と好奇心を振りまきながら、厨房を横切りフラヴィの元へ。
なんたって貴族の奥方様が下々のことに興味を示すなんてあまりないことですから、物売りの女に近づくにも、コルワートと下女たちに怪しまれないもっともらしい理由をひねくり出すのが大変だわ。
止めようとするマルゴの腕を素早く擦り抜け、困った奥方様は大釜の横を通り、勝手口近くまでどんどん進んでいくの。
そして前回同様、周りには会話の内容を悟られぬように、やれウナギの調理方法だとか捕獲はどうするのだとか、差し障りのない会話の合間に小声で伝言を交換をしたりするのです。
「ギャレルが、あんたの旦那と接触したわよ」
「伯爵様に?」
どーして妻の私より、ギャレルの方が先に会うのよ。ぷんすか。
「ガランダッシュ宰相が、裏であれこれ企んでいるらしいわ」
ですよね~。私に、潜入捜査を命令するくらいですもの。注意を怠るなと云うことですね、キャンデル団長殿。
「もひとつ。その宰相閣下が、あんた達の結婚の儀に、国王陛下の名代って名目で乗り込んでくるって」
へ!? 嘘でしょ。あのお方が直々お出ましになるの?
驚いて、スカートの裾を踏んづけそうになったわ。
と、ここでちょっと声量を大きくしてウナギの話題を入れて、周囲の目を誤魔化してから。
「ねえ、フラヴィ。ギャレルの奴、伯爵様のこと、なんか言っていなかった?」
お喋りな
「見た目は優男なのにレイピアの腕は立つし、とんだ食わせ者らしいわよ」
「な……なに、それ。
「あたしじゃない、言ったのはギャレル・ダルシュだっての」
ここでチラッと後ろを確認すると、マルゴたちがオロオロした顔でこちらを見ていますから(コルワートたちは料理の支度でそれどころではない状態に突入!)、またウナギの話を盛り込んだりして。
ふたたび小声で。
「ほか、他にはなんか言っていなかった? 髪の色とか、背格好だとか。なんでもいいから、伯爵様の
「ん~、金パのロン毛。
え!?
ライオンのたてがみ……。
伯爵様はライオン――なんですか!?
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「エムこん」は異世界物語ですが、おおよそこのくらいの時代でと文明の発達程度や生活水準・ファッション等の参考に想定している時代はあります。
長く伸ばした豊かな金髪は、その時代のお洒落な男性のトレンドだったそうです。
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